慶城戦決着
「前田さんの言ったとおり、▲3三桂でした!」
うおおおっと歓声が上がった。
「桂か。気付かなかった」
「奇跡的に詰んでますね!」
「見事に、増本が勝つようにできている」
法名はハイタッチをして喜びを露わにした。他大のレギュラー達も感心している。
――そんな手が。
あの歩も、あの歩も、全て都合の良いように配置されている。まさか、ピッタリ詰んでいるとは……ああ、終わった。
「参りました」
小川が投了すると、慶城勢はがっくりとその場に崩れ落ちた。何人かは涙を流している。
「すいません! すいません! すいません!」
小川は下を向き、声を荒げた。
「謝ることない! お前は精一杯戦ったよ」
何度も何度も小川は謝った。ぶるぶると肩を震わせ、膝に手をあて、ぐっと力を込める。
「さっ、控室に戻ろう」
席を立つと、小川は決壊したダムのように思いっきり泣いた。両手で顔を覆い、スーツの人達に抱えてもらいながら対局室を去る。
対局室からスーツが消えると、法名達は増本にハイタッチをした。慶城と入れ違いで検討陣がなだれ込む。
「よくやったぞ!」
「お前は最高だぜ!」
「まさかあれを詰ますとはな。増本の終盤力には恐れ入る」
四年生達が真っ先に増本に駆け寄った。
「さすがだな。増本らしいわ」
古屋も声をかけた。田島や島与達は尊敬の眼差しで見つめている。
「詰んでましたね」
増本は簡単に言ってみせた。運が良かったというニュアンスだった。
準レギュラー達もひたすら喜んだ。今日はお祝いだと、しきりにはしゃいでいる。まだ大会は残っているのに、優勝したかの騒ぎだった。
「ふん、馬鹿らしい」
遠くから霧江が、法名の喜びようを見て呟く。
あれくらい、俺だって詰ませた。まったく低レベルな争いをやっている。最終日はあの二校と当たるが、そこはきっちり潰しておかないと。
「霧江さん、帰りましょう」
「そうだな」東大部員の一人の声で霧江は歩き出した。
「そういえば、賞金っていくらなんですか?」
「ん? ああ」
やっぱりそんなこと言うんじゃなかった。こいつらは本当に強い。やはり、法名も慶城も、うちとは格が何枚も違う。
対局室は未だに歓喜に包まれている。その中で、一人事情を知らない男がやってきた。
「あの~」
達也が対局室に顔を見せたのは、神野が去ってから一時間後のことだった。
「どこ行ってたのですか池谷殿!」
「控室です。もうずいぶん人が集まってきましたよ」
「んにゃ~法名ピンチだったのよ~」
下田が首を絞めると、達也が苦しそうにタップした。
「面白い顔」
ハハハと笑いが起こった。
前田はオーダー表を提出すると、安心したかのようにトイレに向かった。
「いやあ、参りましたなー。法名さんには敵わなかったですよー」
前田の目線の先には、扇子をパッパッと広げて笑顔を見せている浅田がいた。
「法名さん、優勝目指して頑張ってください!」
浅田が握手を求めると、前田は快く応じた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」




