大勝負続く
「やっぱり私を外しにきたか」
「あらっ、読み筋通りでしたか前田さ~ん」
前田と浅田はオーダーを発表した後、軽く話した。二人は小学生の頃から知り合いらしく、仲が良い。浅田は扇子をバサッと広げ、副将の席に着いた。
対局の準備が整い、計十四人が礼をする。今回は法名の偶数先。さすがに連続で記録をとっていたためか、倉富、麻生、伊藤、合田の四人には疲れが見え始めていた。
「ここが大勝負だな」
古屋が自身の対局をそっちのけに、二校のオーダー表を見比べた。
「慶城も強いからなあ」
古屋は大将戦を覗いた後、自分の席に戻った。
四回戦を終了した時点で全勝が東大、法名、慶城の三チーム。二勝二敗で日東、一勝三敗で医科大と中邦、四敗で三ツ橋、米大となっていた。ギャラリーの間では、優勝争いよりも、降級争いに注目が集まっていた。日東まで降級の可能性があり、全てのチームに昇降級関係することになっている。早くもこの五回戦で三ツ橋―中邦、医科大―米大という、手に汗握るカードが組まれていた。下位同士の潰し合いが始まり、いよいよリーグも佳境に入る。
――こいつらが東大か、なんだこの威圧感は……
神野は霧江と対峙した途端、今までに経験したことのない重圧が襲ってきた。思わず身構える。
――噂には聞いていた。こいつらは奨励会の中でも上位に入る実力だってな。プロになるか、東大に入るか、そういう人間がごろごろいるんだ。こいつらは間違いなくアマチュア最強軍団だ。だが、俺だって!
「田井! ビビってんじゃねえ!」
膝がガクガクと震えていた田井を見て、叱咤した。
「田井、あいつらに元奨の力を見せてやろうぜ!」
それを聞いて霧江は、鋭い目を向けた。
「悪いけど、奨励会上がりの分際で、大きい口を叩かないでもらえないでくれるかな」
「なんだと?」
神野が睨み返す。
「奨励会程度の組織も抜けられないなんて、恥とは思わないのかい? 夢破れてのこのこ将棋界に戻ってくるなんてね。負け組君」
「……てめえ、ぶっ潰してやるからな」
「どうぞどうぞ」
霧江は余裕たっぷりに返すと、東大陣から笑いが起こった。その様子を見て、日東のレギュラー達はうつむき、肩をすぼめる。ただ、神野だけは黙って歯を食いしばり睨んでいた。
島与はうろうろしている。チームの危機に落ち着かないようだ。
「島与、どうしたんだよ」
「先輩、三ツ橋に負けたらもう降級すか?」
「いや、まだわからない。俺らは米大に勝ってるしな」
「でも、残りの相手が日東と慶城っすよ。正直厳しくないですか?」
「きついな」
「そんな!」
先輩は降級することに慣れているようで、落ち着いている。いや、動じてないと言ったほうが正しいか。
「今年の三ツ橋はめぼしいのが卒業で抜けたからな。お前知らないの? 降級候補は米大と三ツ橋だったって」
「三ツ橋じゃなくて医科大じゃなかったですか?」
「それは開幕前な。まさか田島と山岡が来るなんて思わないだろ」
「今日山岡さん来てないですけど」
「法名に三本取ってることが大きいんだよ。最終的に勝ち点が並んだら、勝ち数勝負になるんだし」
「そうなったらとにかく三ツ橋に負けてもらうことを祈るしかないっすね」
「ばか、チームが勝つことを祈れよ」
――米大には勝っておきたいんだよなあ。
古屋の相手は、アマ初段ほどの一年生だった。指導をしてあげるように優しい手つきで指し進める。そして事あるごとに席を立ち、周りを確認する。
このまま番狂わせさえなければ、うちは残留できる。やっかいなのは、三ツ橋が中邦に勝ってしまった場合だ。米大にもし負けたら、うちも米大も勝ち点一止まり。向こうも勝ち点一同士になったら、最終日までもつれちまう。
田島のほうから声が聞こえる。米大の副将にうっかりがあったようで、短手数の終局となった。田島の個人成績はこれで4ー1。唯一土をつけられたのが東大だった。
古屋の将棋も終局した。古屋は得意の中飛車を使うまでもなく、居飛車で圧勝してしまった。これで古屋の個人成績は4ー0。東大戦は1ー6だったのだが、そこで一矢報いたのが古屋だった。
慶城は全体的にレベルが高く、それでいて浅田というエースも存在する。法名と似たようなチームであり、オーダーやその日の調子によって勝敗を分けてしまう。
前田の相手は準レギュラーの中川。外されるのは覚悟していたが、実際戦いが始まってからはチームのことが心配だった。清野、佐藤、増本の相手が強く、スコアはどうなるか想像もつかない。
医科大―米大のデータを取っていた橋本が法名の観戦にやってきた。
“医科大終わるの早過ぎてヒマ”
“医科大が早くも四本取りました”
“米大の降級はほぼ決定的かと”
橋本はツイッターで素早く情報を書き込んだ。同時に、法名の戦況も発信する。
“四将戦は法名勝ちそうで、副将戦が慶城勝ちそう。いい勝負です”
「橋本、もう終わったの?」
下田が驚いた様子で橋本の傍に駆け寄った。
「大体データは取りましたよ」
「ずいぶん早いわね。法名どうよ?」
橋本は連盟の道場で初段で指している実力だ。下田よりも正確な形勢判断ができるので、判断を委ねた。
「いい勝負です。清野さんが負けそうですね」
「ほんとに?」
「清野さんが向かい飛車に構えたんですが、浅田さんはうまく指し進めて穴熊に組んでいます」
「まだ穴熊に組んだだけでしょ! 将棋は穴熊に組めば勝つゲームじゃないわよ!」
「そうなんですけどね……」
橋本も振り飛車党であり、よく穴熊を相手にするのだが、いつも痛い目に遭っていた。だからこそ、穴熊の怖さがよくわかる。もう一度副将戦を見ると、清野は苦しそうな表情をしていた。
「それよりさ、ながこと池谷君知らない? 差し入れ買ったっきり戻ってこないんだけど」
「自販機の場所がわからないとかじゃないですか?」
「うーん、一階にあるんだけどなあ、ちょっと見てこようかな」
下田は一階に向かった。




