慶城の作戦会議
結局、日東戦は佐藤以外の全員が勝ち、6ー1で法名が勝った。
佐藤もチームの勝ちを知って元気になったが、次に不安を残す形となった。控室では下田がまだ怒っている。
「あいつさ、信じられなくない?みんなのアイドルみかちゃんに向かって『彼氏いないの?』だって。失礼しちゃうわー」
「とんだ変わり者がいましたな、こんな女に彼氏などできるわけないのに」
下田は麻生をスマホで殴る。鈍い音がした。
「アイドルは彼氏作っちゃいけない決まりになってるのよ~辛いわ~」
一斉に白々しい目を向ける。遠くから聞いていた長崎は心なしかホッとしているようだった。
「今のところいい調子だ。次の慶城戦もこのまま行くぞ」
そう言うと前田はオーダー表に目を通した。
「慶城はどうだ」
「ここは全く読めんな。毎回うまくオーダーを変えて、日東にも4ー3勝ちしている」
現時点で全勝しているチームが東大と法名と慶城だった。慶城は昨年三位の強豪チーム。全員がスーツを着用する伝統があり、安定してA級に残り続けている大学だ。
全員がスーツで、眼鏡が多いとなると、皆同じような人間に見えてしまうのだが、よく目立つほどの太った男がいた。
「次の法名に勝てば優勝狙えるね」
その男の前には、クリップボードとサインペンが二本置いてあった。
慶城は自軍のオーダーをボードの左側に書いた後に、右側に法名のオーダーを書き込んだ。
「法名は奥村と猿島が好調なんだよなあ、なんとかここを取りたいんだけどね」
トントンと下の辺りをペンで叩く。
「こう当ててみますか?」
「いやーそれならこうじゃないかなあ」
数人が赤ペンで線を引いていく。どれもしっくりこないようで、書いては消し、書いては消していた。
「ズバリ、法名の穴は戸刈なんだよ。ここを絶対取ったとして……」
戸刈の名前に大きくバツを書いた。
「前田をいかに外すかだな」
「わかりやすいっすよね。中央は絶対固定なんですよあいつら」
今度は佐藤、前田、増本の三人をまとめて丸で囲んだ。
「この中じゃ前田が一番きついか」
「佐藤はさっき負けたから、懲罰で出ないかもしれないですよ」
「東大じゃあるまいし、さすがに出るだろ」
「となると、奥村、猿島の下のとこは取っておきたいんだよ」
「清野もそこまで強くない」
「うん、ここは俺が取るよ」
「おお~っ!」
太った男が放った言葉に、スーツの男達は小さく拍手をした。清野の名前に大きくバツをつける。
「奥村と猿島を倒してどうかだな」
「前田は外しましょう」
「そうだね、佐藤と増本のほうが取りやすいし、ここで一勝を狙いますか」
さっさっさっとペンを動かし、納得のいくオーダーが出来上がると、今度は大きな拍手が起こった。
「清野の相手が浅田か。ここがきついかもしれん」
奥村が慶城のオーダーをじっくりと見た後、心配そうに呟いた。
「あの太った男ですか」
清野が用紙を覗き込む。
「ああ、浅田は慶城で一番の実力者だ。今年の個人戦もベスト8まで進んでいる」
「あの人四年生でしたっけ?」
「確かそうだ。非常に手厚い棋風で、前田も三年前の個人戦で負けていた気がする」
「あいつ、『手厚さなら負けませんから!』なんて言って腹をさすってくるんだ。対局前にそんなことやられたら、勝てるわけないだろう」
前田が会話を聞いていたようだ。奥村と清野は笑いを必死にこらえる。
「そこで清野が勝てば大きいな。まあ、うちは小細工するつもりはない」
「向こうはしてくるかもしれん。前田に当て馬を仕掛けてくるとか」
「それなら私がそこをきっちりと勝ち切る。それしか私にはできないからな」
二人はしっかりと頷いた。
「よし、法名行くぞ!」
前田の声に、レギュラー達は立ち上がり、対局室へと向かった。




