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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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佐藤VS神野


「神野は元奨2級、田井は4級、阿部は5級だ。神野に負けたとしても、残りの二人ならうちは勝てる」

「誰と誰が当たるんですか?」

「日東は気味が悪いくらいオーダーを動かしていない。おそらく、神野は佐藤、田井は私、阿部が増本だ」

「中央に固めてきたってことっすね」

「後はいつものメンバーだ。そこはきっちり潰す」

 前田が席を立つと、法名は続々と対局室へ移動した。



「大将戸刈、三年です」

「大将宮本、四年です」

 法名と日東のカードは、注目の一戦だけあって、オーダー交換の時からギャラリーが見守っていた。

「ふ~ん、どっちもフルメンバーか。元奨にもよるけど、ちょっと法名寄りかな」

 島与がメモ用紙を片手にオーダー表を覗き込んだ。

「先輩、どっちが勝つと思います?」

「元奨の三人が法名の三本柱と当たっているからな。佐藤なら神野くらい倒しちゃいそうな気もするし」

「田井、阿部もきつい相手ですよね」

「そんなことより島与、中邦の心配をしろ!」

「すいません!」

 今回は法名の奇数先で対局が開始された。注目の元奨三人がどこまで通用するかが、この一戦の最大のポイントだった。



――佐藤って佐藤健のことか? こいつなら僕のほうが強いもんね!

 

 昔の話だ。神野が小学二年生の頃、連盟の道場で対戦したことがある。当時神野はアマ四段。佐藤はアマ初段だった。通常これだけ実力が離れていると、平手では勝負にならない。そこで、神野はハンデとして角を駒箱に入れた。神野の角落ち。それでも結果は神野の圧勝だった。

その時のことを思い出して、神野は自信満々に駒を進める。

 

 俺はあの頃と違う。

 

 佐藤も覚えていた。三つも下のくせに、ずいぶん強い小学生がいるものだと当時は衝撃だった。だが、あれから自分は強くなった。もちろん、今日この勝負も勝つ気でいる。十年越しのリベンジだ。

 神野は得意の横歩取りに誘導すると、横歩取りの中でも、特に激しい将棋になる「相横歩取り」を採用した。昔、奨励会で研究していた手順で嵌めようと考えたのだ。

――相横歩取りか。

 この戦型は、定跡を知っていないとあっという間に勝負がついてしまう。佐藤は頭に手を当て、深くため息をついた。

――きついな。研究の差で負けるかもしれない。

 互いの駒台に飛車と角が乗った。佐藤は角を持つと、敵陣を目がけて打ち下ろす。それに応じるように、神野も角を掴み激しく振り下ろした。

神野が飛車を打ち下ろすと、今度は佐藤が飛車で対抗する。まるで、防具(ぼうぐ)無しで剣を振り回しているような、一触即発の展開だった。



 何回飛車と角が駒台に乗ったんだろう。

 達也も佐藤の将棋を見守っていた。一番激しい展開とあって、ギャラリーの数も一番多い。少し前まで猛スピードで指し進めていたが、神野の放った一手に佐藤が長考している。対局中にもかかわらず、神野の口が開いた。

「おい、これ知らないのかよ。なんか期待外れだなー」

 佐藤は顔色一つ変えず、読みに没頭(ぼっとう)している。

「ちょっとあっち見てこよ」

 神野が席を立った瞬間に、佐藤の手が動き、大きな駒音を立てて銀を打ちつけた。

「……ふーん」

 再び座り、にやっと佐藤に一瞥(いちべつ)くれると、すぐにその銀を取った。

「俺の勝ちだね。残念でした」

 佐藤の表情がみるみるうちに曇ってきた。駒台でからんと音を立てた銀を見つめる。

 シンプルに銀を取られてみると、手段が無いことに気付いた。完全に盲点であった。

 佐藤は力なく指し進めるが、対照的に神野は力強い手つき。誰が見ても、佐藤の非勢(ひせい)は明らかだった。

「池谷君、佐藤先輩はどう?」

 下田が肩にもたれかかる。達也は手を振りほどこうとしたが、全体重をかけてきたので、崩れ落ちそうになった。

「よくわからないです」

「ほんとだ」

 二人の目には優劣が付いていることなど、知る(よし)もない。しかしそんな局面で突然佐藤が投了を告げた。

 え? 二人は顔を見合わせた。隙ありとばかりに、下田が達也の頬をつねる。痛がる達也をよそに、下田が盤側に近づいた。

「先輩、もう終わってるんですか?」

 佐藤はうつむいて顔を上げてくれない。

「おっ、かわいい子だ!」

 神野が下田を指差した。

「何よあんたー」

「君って法名だったんだ! 名前なんて言うの?」

「悪いけど、頭白い人に興味無いんでー」

「いいじゃーん! 俺勝ったんだぜ!」

 佐藤はうつむいたまま席を立ち、対局室を後にした。その様子を達也はしっかりと見た。同時に、胸に込み上げてくるものがあった。声をかけたかったが、何も言えずに拳を握りしめる。そうすることしかできなかった。

「君彼氏いないの?」

「…………」

「ねえ」

 下田はひたすら無言を突き通している。

「ねえってば!」

「神野! うるさいぞ!」

 四将の田井がたまらず叱責(しっせき)した。そのまま「すいませんね」と、前田に頭を下げる。前田は腕を組んで目を閉じる、いつものポーズを取っている。

神野はつまらなそうに席を立つと、「控室戻ってるわ」と言い残し、対局室から去った。

「なんか盛り上がってるなあ」

 古屋が席を立った頃には、神野の姿はもうなかった。

「なんなのあいつ、小学生みたい」

 下田は頬をふくらました。



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