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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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神野登場!


 小柄(こがら)な少年がぐるぐる巻きに右腕を包帯(ほうたい)(おお)っている。それは決して怪我をしているわけではなかった。

「こうすると、かっこよく見えるんですよ!」

 元奨2級の肩書きを持ち、日東のエースである神野(じんの)が部員達に腕を見せびらかしている。だが、興味が無いのか、誰も相手しようとはしていなかった。唯一顔を向けてくれた宮本(みやもと)は、苦笑いを浮かべながら、「はいはい」と対応した。まるで子どもをあやしているかのようである。

「次は目元に傷もつけてきますから!」

「そんな危険なことしないの~」

「シールですよシール!」

「わかったわかった」

 神野は子どもみたいに幼い顔立ちだが、達也と同じ大学一年生になったばかりの元奨である。髪を白に染めており、ツンツンと立たせている。黒髪が多い大学将棋界にとって、異色の存在だった。

「そんなことより、今日は法名と東大と当たるんだから、しっかりしてくれよ」

「余裕余裕! 俺はただの2級とは違うんですから!」

「ああ、知ってるよ。神野って本当は奨励会初段くらいあったんだろ。それなのに、なんで奨励会辞めたんだ?」

「それはノーコメンツ!」神野は大きく手でバツを作った。

 奨励会の厳しい世界は神野には向いていなかった。奨励会の人間は目つきが鋭く、神野が悪ふざけすると、本気で怒られてしまっていた。殴られたこともあったし、対局室から追い出されたこともあった。やがて、神野は他の奨励会員からいじめられるようになり、そんな世界が嫌になって、奨励会を退会した。十四歳で2級という位置は、将来有望であったため、多くのプロ棋士から惜しまれていた。「ほんとに辞めるのかい?」最後に奨励会幹事から言われた言葉である。決して去る者を引き留めることはしない世界で、この言葉は神野がいかに大器であったかがわかるシーンだった。

 神野は頭を振る。もう思い出したくないとばかりに、目もギュッとつぶった。

「次の法名はどう来るかな~」

 レギュラーの元奨4級田井(たい)が、尻を突き上げてオーダー用紙を覗き込んでいた。田井は相当な肥満体形で、大学に入ってすぐに神野のおもちゃと化していた。そんな男が無防備にもこちらに尻を向けているのである。神野はむずむずした衝動に駆られ、忍者のようなポーズを取り、忍び足で近寄って、指を突き上げた。

「カンチョー!」

「いだあああああ!」

 痛がっている田井を見て「あははっ!」と言いながら神野は逃げていった。

「こらー神野!」

「田井、神野って昔からこうだったのかい?」

 尻をさする田井に宮本が声をかけた。

「いや、僕と在籍してた時期が違うんでわからないっす」

「痩せろよ田井ー!」遠くから神野の声がした。

「うるせえー!」

「宮本さん、注意しないんですか!」

 同じくレギュラーで元奨5級の阿部(あべ)が、宮本の肩をゆらゆらと揺すった。猫のような優しい目をしており、神野のように背も小さい。実力は神野ほど及ばないが、その分神野よりしっかりしていた。

「いや、神野はうちのエースだからねえ。部長の俺より強いんだから」

「優しすぎます!」

「とにかく、日東がここまで強くなったのは一年のお前らのおかげなんだ。今年は残留争いじゃなくて、優勝を狙える戦力がある」

 この言葉に、チームも引き締まったようだった。宮本の目に映る元奨三人が、急にかっこよく見える。神野も戻って宮本の傍に寄った。

「次はどこですか宮本さん」

「法名だよ」

「あそこっすかーなんか生意気なんすよねー女子二人もいて」

「そんなこと言ったら、東大なんか五人もいるんだよ」

「あーなんでうちには女子がいないんですかねー」

「将棋部に女子がいることのほうが(まれ)だよ。二人いるだけでも奇跡に近いレベルなんだし」

「じゃあ五人もいる東大は奇跡の中の奇跡ってことじゃないですか」

「うん、俺がコンピューターに勝つくらい奇跡だよ」

「あー女ほしーなー女ほしー」

 田井と阿部が神野の頭を叩いた。

「対局中、その包帯は取れよ」

「はいはい」


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