日東の脅威
昼食休憩となり、法名勢は全員控室に集合した。前田が口を開く。
「先ほどの三ツ橋戦は、幸運なことに7―0で完勝だった。この調子で午後も頑張りたい」
そう言うと、準レギュラー達から拍手が鳴り響いた。対角線上に三ツ橋のグループがいたため、レギュラー達も控えめに喜ぶ。「大教室だとこれだから嫌なんや」と清野が嘆いていた。
猿島は次の相手である日東のオーダーを見る。名前欄と成績を交互に見て、「はっはあ」と感嘆した。近くにいた達也もオーダーに目を通す。
「日東は最近力をつけている大学なんだ」
猿島が達也に説明してくれている。「なんでですか?」と質問すると、傍にあった椅子に腰をかけて話を始めた。
「奨励会っていうプロの卵がいっぱい居る組織があるだろ、そこを辞めた人が実はごろごろいるんだ」
「日東だけですか?」
「うん、おそらく学校の方針だと思うんだけど、将棋推薦があるんだよ。救済処置みたいなもんだね」
「じゃあ、勉強しないでも大学に入れるってことですかー」
「ホントかは知らないけどね。でも、将棋をここまで強くなったって人間性を評価しているんだと思うよ。普通の人とは並はずれて努力してるってことだし」
「スポーツ推薦と同じですね」
「ああ、彼らは底知れない才能がある。普通なら奨励会に入ることだってできないんだから」
「元奨のことですか」
前田が猿島と達也が座っているところへやってきた。
「うん、みんな強いよね。ほんと、次から次へと元奨が入ってきちゃって、参っちゃうよ」
「確かに元奨は、野球でいう助っ人外国人みたいな扱いですしね」
「そうそう。一番下の7級クラスでさえ、普通に強いしね~」
二人はやれやれといった顔でため息をついた。
「でも、勝つのはうちなんですよね」
「そうなんだよなー」
さっきとは打って変わって二人は楽しそうに笑った。
あれだけ奨励会員を評価していたのに……。この人達はどこまで強いのだろう。達也は恐ろしさでいっぱいになった。
田島は日東のオーダーを見て驚いていた。一年生の中に、奨励会に在籍していた人が三人も居るのである。特に一人、とんでもない実力の持ち主がいることがわかった。
「日東も要注意じゃないですかこれ」
「田島、学生将棋を舐めちゃアカンよ」
古屋がコーラを飲みながら田島の頭をポンポンと叩いた。
「東大はそいつらより遥かに強いんだから」
「えっ、元5級に、4級に、2級もいるじゃないですか!」
「そんなん東大の奴らなら軽く吹っ飛ばしちまうよ。他大でも、前田とか、藤本のほうが強いんじゃないのかな」
「マジですか……」
「強くなってきているのは確かだけどな。俺でも絶対勝てるとは言い切れない」
「大学将棋って、すごいんですね」
田島は天を見上げた。特に2級の人は、自分が小学生の時、大会で歯が立たなかった人だった。あれで東京の恐ろしさを知ったのである。今もこの会場にいるのだろうか。




