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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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東大への意識


2日目




 

 二日目の会場が、初日と同じ米大ということもあって、今回は現地集合ということになった。

 達也は、駅前に立っていた長崎を偶然見つけ、会場まで一緒に歩いた。中に入ると、一階のロビー前に既に全員集合しており、それぞれが雑談をして、リラックスしている。

「よし、みんな来たな。これから控室に向かう」

 前田の声により、一斉に歩みを進めた。初日は小教室を独占できたが、今回はどうだろうか。

「よう、お先ー!」

 小教室を開けると、古屋が先着していた。

「医科大が取ってたか……」

 前田は残念そうな顔を見せて、大教室へと向かった。

「主将、もう一個小教室ありませんでしたっけ?」

「どうせ東大が先に取ってるからな。だったら大教室でスペースを確保しておいたほうがいい」

「なるほど」

 大教室を開けると、いくつかの大学が席に座って談笑していた。前田は大教室の一角に荷物を置くと、部員達も次々に座った。

「ちゅうもーく!」

 下田が大きな声を張り上げると、部員達の目線が下田に集まった。

「今回はみんなに勝ってもらいたいということで、こんなものを用意してきました!」

 下田が手にしている袋には、溢れんばかりの駄菓子が入っていた。

「これってビックカツか?」

「一人三つということで、二十一個買ってきました!」

 店の人も困惑しただろうな、と前田は気にする。そんなことなど知らぬと、早速猿島と清野が袋に手を伸ばした。戸刈も、「朝食代わり」と言って手を伸ばす。それを聞いて下田は、笑いながら「もう~」と言い、戸刈の胸の辺りを叩いた。

「下田さんの好意に甘えるとします。いただきます」

 増本がにっこりと下田を見ると、下田は小動物のような声を出して応えた。

「レギュラーはイケメン多いわ~惚れてまうやろ~」

 下田の目は、漫画で例えるならハート型になっていた。

「奥村殿、なんだか体調が悪そうですが、どうされましたかな?」麻生が差し入れに手を伸ばさないでいた奥村に声をかけた。

「昨日ちょっと嫌なことがあってな」

 奥村の顔は青ざめていた。昨日のじゃんけんで負けてしまい、猿島の部屋に入ることになったのだ。少し待っていたが、案の定残りのメンバーは入って来ず、完全に置いてかれた。入ってきたのが自分一人だけでは、猿島も物足りないだろうと思っていたが、それでも満足していたようで、延々(えんえん)と興味のないアイドルの話をされた。ああ、思い出すだけで、昨日食べたつまみの焦げたししゃもが出てきそうだ。もうサシ飲みは勘弁してくれ。

「おい、来たぜ」

 佐藤がドアの辺りを指差した。

「東大だ……」

 法名の会話が消え、視線は東大達に向いた。見るからに頭が良さそうな人達だが、中には変わった服装や、ユニークな人もいる。楽しげに会話しているのを見ていると、そこには絶対王者の余裕が感じられた。

「東大も左うちわだろうな。初日が圧勝だったんだし」

「今年こそは勝ちましょう」

 増本がいつもの穏やかな顔から、キリッとした表情になった。

「今年も頼むぞ。増本なら東大キラーとして、向こうも警戒しているはずだ」

「ええ、頑張ります。そのためには、今日負けることは許されません」

 その言葉に、レギュラーだけでなく、準レギュラー達も息を呑んだ。

 将棋指しは普段と集中した時とで、全然顔つきが違う。達也は大会を観戦してみて、そんな印象を抱いた。増本の真剣な眼差しは、男でもくらっと来るものがある。

「……頑張ってください」

 誰にも伝わらないような声で、達也は無意識に呟いていた。



(きり)()、今回も順調そうだな」

 大部屋にふらっと現れた古屋が、東大で一際目立つ高身長の男に声をかけた。隣には女性がおり、ペアルックだとわかると、つまらなそうに口を(とが)らせる。

「まあ、今年も全勝しますよ」

「霧江さんかっこい~」

 まーた女引っかけたのか、そう言いかけた矢先(やさき)、古屋のケータイが鳴った。

「おう、俺だけど?」

「もしもし、今暇?」

 古屋の電話の相手は女性の声だった。

「暇じゃねえよ。今日は大会だって言っただろ?」

 霧江はじっと動かずに見つめている。

「だから、そうじゃねえって! おい、マジで大会だから。いいよ、先にアミんち行ってろよ。……え? ちょっ、待てよ!」

「古屋さんはチャラいなあ」

 そう言うと霧江は古屋の傍から離れ、総勢三十人近くいる東大部員を集めた。

「霧江さん、どうしました?」誰かの部員の声に、霧江はにやりと笑って答える。

「今日勝った者には部費から賞金を出す。負けた者は罰金と、引き続き今回の団体戦出場権剥奪だ」

「おお!」

「よっしゃー!」

 はあ、団体戦ってのはつまらない。こうでもしないと、やる気が出ないんだからな。どうせ部員も、自分が負けてもチームが勝つって思っている。

 霧江は初日の14―0を思い出した。うちに限ってそれはないかと、取り消した。

「霧江さん! 俺出してくださいよ!」

「いや、俺が出ます!」

「賞金っていくらですか?」

 東大のテンションが一気に上がったのを見て、他大も東大へ目線を向けた。

「聞いたか? 俺ら賭けの対象にされてるっぽいな」

「ああ、舐められたもんだぜ」

「東大だからって」

「つえーチームはいいよなあ」

 あちこちからひそひそと声が漏れてきた。なんとか泡を吹かせたいが、相手は天下の東大である。当然実力で歯向かうことはできず、悔しがっているようにしか聞こえなかった。

「どうやら東大を意識してるのは俺らだけじゃないみたいっすね」佐藤が奥歯を噛みしめる。

「東大はもはやゲーム感覚だな。どっかしら一発入れてくれれば面白いのに」

「お前ら、東大の前に、三ツ橋、日東、慶城を倒さないとダメなんだぞ」

「任せてください!」

「もうあんなヘマはしないっす!」

無論(むろん)、勝つ気でいる」

 東大の相手は医科大、三ツ橋、日東の三校。初日の米大、中邦の二校に比べて相手はむしろ強くなっているのだが、楽しんでいる様子である。もちろん、霧江にも採算があった。初日で法名が5―2、4―3という成績だったから余裕を見せたのだ。仮に準レギュラー級の人間を出したとしていくつか負けても、勝ち数で最後は勝てばいい。そんなことより、法名に直接勝ってしまうのが手っ取り早いのだが。

「東大はメンバーを緩める可能性があるな」

 これを前田はチャンスと見て、今日一日は小細工せず、フルメンバーで挑むことを部員全員に伝えた。万が一勝ち点勝負になった時のことを考えて、できるだけストレート勝ちを目指す采配である。



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