涙
「えっ、マジっすか!」
まさかの指摘に、戸刈が思わず盤面を覗き込んだ。
「そう、君の玉は、本当は詰んでいたんだよ。ツイてたねえ」
猿島がポンポンと戸刈の肩を叩いた。
「いやーラッキーだったっす」
法名勢が対局室に駆け込んだ頃には、もう対局が終了しており、感想戦が行われていた。
「結果は?」
長崎は両手で大きく丸を作ると、キラッと光る白い歯を見せた。それを見てレギュラー達は派手にガッツポーズをした後、続けてグータッチを交わした。対局室だったから声は出せなかったものの、ここがサッカーのピッチ上だったら、大きな雄たけびを上げていただろう。達也は長崎に駆け寄った。
「先輩の玉、詰んでたんじゃないの?」
「うん。でもね、相手も気付かなかったみたい。超ドキドキしたっ!」
長崎は達也にグータッチを求めてきた。達也もこれに応える。そういえば、昨日は敬語で話していたのに、いつの間にかずいぶんと仲良くなれた気がする。
「戸刈には、ほんとハラハラさせられるな」
「ともかくこれで二勝目だ。優勝の目は残ったんだ」
「今日は祝杯だな!」
「うえーい!」
長崎と達也が駆け寄ると、もう一度、全員でグータッチを交わした。
負けちまったか。
古屋は、法名生達のグータッチを、サングラスを外して、間近で見ていた。今年で大学四年目になるが、とうとう法名を抜くことができなかった。その現実が、主将である古屋にとっては痛いほど辛かった。今はただ、茫然と見つめることしかできない。
「古屋、オーダー書いてくれ」
山岡がオーダーの紙を差し出した。古屋には主将として、まだ仕事が残っている。自チームが負けたという事実を記載することだ。普段は明るくてチャラい古屋が、一瞬だけ悔しい表情を見せ、うつむき、3―4の文字を書き込んだ。
「さて、幹事長はどこだー?」
パッと顔を上げてそう言うと、それまでの重い空気をかき消すかのように、笑いが起こった。古屋も笑った。目には、どっちとも取れそうな涙があった。




