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関東大学将棋物語  作者: るかわ
31/92

医科大の秘策


「おつー」

「古屋さん!」

 医科大は完全にお通夜モードだった。だが、古屋がふらっと現れたのを見て、皆のテンションが変わった。

「古屋さん、なんで初戦居なかったんですか!」

「いやーめんごめんご。次は出るから安心してよ。で、俺の相手誰になりそう?」

「奥村さんか増本さんですね。でも増本さんが初戦出てないということは、多分今日来てないです」

「マジか。まあ奥村にはなんとかなるかな。あとは?」

「さあ、川上が出てくるかどうかでしょう」

「ちょっとオーダー見せてよ」

 古屋は部員が書いてくれた法名のオーダー表に目を通す。

「確かに川上か奥村だね。なんだ、ぬるいなあ」

「先輩、なんで奥村さん相手に自信あるんですか?」

「そりゃ、あいつの弱点を知ってるからよ。それにしても普通にやったんじゃ四本取れないだろうなあ。しょうがない、俺の考えた秘策をしようかね」

 古屋はポンと手を叩くと、レギュラー達を自分の近くまで集めた。

「いいか、俺の作戦を聞いてくれ」



「みんないるな」

 店から戻ってきた猿島グループも手を上げる。

「次の相手は医科大だ。中邦と同じくらいの実力校だが、医科大には古屋がいる。そこで、今回は長崎を出す」

 控室にどよめきが起こった。名前を呼ばれた長崎もきょとんとしている。

「順当に当たるとすれば、古屋と当たるのは川上になる。さすがに二回も当て馬やるのは、法名の名に恥じる行為だ。古屋を奥村、もしくは私が倒す。後は大丈夫か?」

「この田島という一年は何者だ? 個人戦にも出ていなかったが」

 奥村が指差したと同時に、レギュラーが皆覗き込む。達也は自分が書き間違いをしていないか、人知れずびくびくしていた。

「さあ、よく知らないな」

「気にしなくてええんとちゃいますか?」

「ちょっと待ってください!」

 長崎が珍しく声を張り上げた。

「その人は二年前、高校の全国大会で青森代表になっていました。全国では予選落ちだったから目立たなかったけど、かなり強いです」

「ながこが全国行った時の話?」

「はい、覚えています」

「なるほど、警戒しておく必要がある。個人戦は相手が東大だったから実力が出せなかったのだろう」

「東大は本当に嫌やなー。県代表レベルを軽々とやっつけるんやで? こちとらたまったもんじゃないわ」

「ねえ、山岡(やまおか)君がいるんだけど、これは出るのかい?」

 猿島が太い指で山岡の文字を指した。

「山岡って四年のあいつか。確かここ二年、大会に姿を(あらわ)していない。出ていたら死ぬほどやっかいだが、慶城戦に出ていなかったし、名前だけだろう」

「もし来ていたらズレて主将と当たるな」

「そうなると古屋が長崎とだ。これは分が悪い」

「古屋さんってあんなにチャラいけど強いんですか?」達也が清野に声をかけた。

 達也には、先ほどの人物がサングラスをかけているチャラ男ということしかわかっていない。

「去年、前田さんに個人戦で土をつけたのがあの人や。ああ見えてめちゃくちゃ強いで。大会にあまり出ないだけでな」



「古屋、久しぶりだな」

「お久、よく来たな。お前ら、山岡にあいさつしとき」

 医科大の輪の中に、一際背の高い男が現れた。鋭い目つきに、90年代の頃に流行っていそうなロン毛を身にまとっている。噂にあった山岡正宗(まさむね)だった。

 後輩達は「おおっ」と声を上げた後、顔を見合わせてしきりに質問した。

「二年前医科大をA級に昇格させたあの伝説の山岡さんですか!」

「古屋さんとの医科大二枚看板って呼ばれてたあの山岡さん?」

 後輩達は、名ばかりで初めて見たレジェンドを前に、キョロキョロと落ち着かない様子だった。次々と質問をまくしたてられ、山岡は嬉しそうに白い歯を見せる。

「古屋、ずいぶんいろいろ後輩に話してるじゃねーか」

「まあなー」

 そう言うと、古屋が突然引き締まった顔で、山岡の前に向き合った。

「お前の席用意しといたぜ。相手はおそらく前田、燃えるだろ?」

「懐かしいな」

「よし、これで医科大全員集合だ。今年は二位になるぞ!」

「はい!」

 大きな声が響き渡り、周りに居た他大の視線が集まった。

「おい、あれ山岡じゃん」

「マジか、復活したのかあいつ」

「二日目には来ないでくれよな……」

 耳障りだなと感じた山岡は思わず立ち上がり、「なんだなんだ、そんなに俺が怖いのかよ!」と吠えてみせた。

 医科大に向けられていた視線は一瞬で消え、静寂が訪れる。山岡が再び座った。

「山岡、お前にも作戦を伝える」

 古屋から(みみ)(づた)いに情報を把握すると、ふふっと笑った。

「いいぜ。乗った」



「先輩、山岡って人がいるらしいですよ」

 ツイッターを見ていた橋本が口を開いた。

「どれどれ」

 レギュラー陣が一斉に橋本のスマホを覗き込んだ。そこには吠えている山岡の姿があった。他大の誰かがツイートした中に写真が添付してあり、それが確実な証拠となった。

「本当だ。古屋のやつ、隠していやがったな」

「いや、ただの応援の可能性もあるけど」

「こういう時は出る前提で考えたほうがいい。どうする、前田と山岡を当てるか?」

「そうなると古屋の相手は……長崎か」



 医科大は一丸となっていた。

「よし、うちには田島や秘密兵器山岡もいる。普通に戦ってもいい勝負だけどな、さすがにあいつらも対策してくるだろ。川上を出さずに、違う当て馬を出してきたりな」

「出るとしたらこの人ですかね」

 田島が指でトントンと叩く。

「長崎涼? 聞いたことない野郎だな」

「先輩、この人は女です。二年前、僕が全国行ったときに女子代表になった人ですよ」

「女かよこいつ!」

 古屋が飛び上がった。

「しかし高校女子代表か。地域にもよるぞ」

「いえ、その大会では全国三位になってます」

「ありゃ、そりゃ地域とか関係なく強いわ。まいったね、俺とこの子当たるかもしんないじゃーん」

 古屋は嫌そうな顔を見せた後、うつむき、口角を上げた。

「女の涙は見たくないんだよねー」



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