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関東大学将棋物語  作者: るかわ
29/92

終局相次ぐ


――やばい、桂得してるのになんでこう息苦しいんだ。

 島与は前後に揺れたり、頭を()きむしったりと落ち着きがない。対照的に猿島は相変わらず優雅に扇子を仰いでいる。

――この一年生君も大したことないねえ。目先の得に飛びついて、全体が見えてないよ。

 伊藤と下田は盤面をしばらく凝視すると、控室へと向かった。

「いつもの長老だね」

「ね。あの子、桂得してるのにすごい苦しそうだった」

「あれは(えさ)だよ。長老が桂を犠牲にしている間に、盤面全体に大模様を張った。相手を、桂なんか使い道が無いような局面に誘導していたんだよ」

「さすが長老ね。(きた)えが入ってるわ」


――つええ。このおっさんのこと舐めてたぜ……

 まだ中盤の境目だったが、島与はたまらなくなって投了した。猿島が不機嫌そうな顔を見せる。

「君、もっと粘ったほうがいいよ。これは団体戦なんだからさ」

 中邦の応援も同調する。

「個人戦とは違うんだ。ここでやめたら一緒に戦ってるチームに失礼だろう。たとえ辛くても、まだ望みがあるんだったら簡単に諦めちゃいけない」

「はい……」

 島与は茫然として席を立った。

 かわいそうに。あの子はもう使ってもらえないだろう。清野に負けた子も一年生だったかな。やっぱり団体戦の戦い方を知らないねえ。

 猿島は席を立つとレモンティーを飲み干した。二本目は必要なかったな。



 前田も快調だった。ここまでくれば間違いが無いという局面に持ち込んでおり、ギャラリーの数も少ない。前田の信用は厚いのである。前田は最後の最後まで確認して、王手をかけた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 前田は両手で髪をかきあげて、ふーっと息を吐いた。既に清野と西川が勝っていたことを確認したため、これで三勝目。隣の佐藤の対局をチラッと見る。ここも大丈夫そうだ。

「この手が悪かったのかな……」

 牧野からぼやきが聞こえる。それに対応するように前田も駒を動かす。ゆっくりと感想戦が始まった。



――これで三勝目か。もう投了しても大丈夫だろう。

 川上はずいぶん前から勝ち味の無い局面と向き合っていた。団体戦で早々と投了するのは、チームの士気(しき)を下げることになる。だからずっと投げられないでいた。粘ろうにも、相手が同じレベルならいざ知らず、相手は中邦のエース藤本だ。藤本も、もうこちらを見ないで佐藤達の対局を眺めてしまっている。ここらが潮時か……

川上は駒台に手を置き、ゆっくりと頭を下げた。



――川上い!

 戸刈はしっかりと見ていた。自分の対局より、向こうが気になってしょうがなかった。

 相手は確かに強いが、心のどこかで期待していたのである。戸刈は急に闘志が()え、弱気な手が多くなった。

――こいつ、今日は大したことないな。

 森はとどめの角と銀の(りょう)()りを掛けると、席を立った。激痛(げきつう)である。

――くそっ、俺の本来の持ち味である「無茶苦茶(むちゃくちゃ)攻め」が出せる局面じゃ無くなっちまった。もっと早く動くべきだったか。

 戸刈の陣形には無残(むざん)にも穴熊だけが残り、万策(ばんさく)尽きてしまった。森が席に戻ってくると、すぐに投了した。



――まったく、戸刈はハマると強いが脆いところもある。

 チームは二敗を喫したが、奥村は落ち着いていた。ここで四勝目が確実となっていたからだ。奥村は優しい手つきで相手の飛車を取る。

 ここは相手玉を捕まえるべきかもしれんが、俺はこういう危険な橋は渡らない主義だ。自陣の脅威である飛車さえ取ってしまえば、当分のこちらの勝ちは動かない――

「負けました」

 相手ががっくりとうなだれる。

 奥村の快勝だった。その瞬間、法名の四勝が確定し、法名の勝ちが決まった。



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