終局相次ぐ
――やばい、桂得してるのになんでこう息苦しいんだ。
島与は前後に揺れたり、頭を掻きむしったりと落ち着きがない。対照的に猿島は相変わらず優雅に扇子を仰いでいる。
――この一年生君も大したことないねえ。目先の得に飛びついて、全体が見えてないよ。
伊藤と下田は盤面をしばらく凝視すると、控室へと向かった。
「いつもの長老だね」
「ね。あの子、桂得してるのにすごい苦しそうだった」
「あれは餌だよ。長老が桂を犠牲にしている間に、盤面全体に大模様を張った。相手を、桂なんか使い道が無いような局面に誘導していたんだよ」
「さすが長老ね。鍛えが入ってるわ」
――つええ。このおっさんのこと舐めてたぜ……
まだ中盤の境目だったが、島与はたまらなくなって投了した。猿島が不機嫌そうな顔を見せる。
「君、もっと粘ったほうがいいよ。これは団体戦なんだからさ」
中邦の応援も同調する。
「個人戦とは違うんだ。ここでやめたら一緒に戦ってるチームに失礼だろう。たとえ辛くても、まだ望みがあるんだったら簡単に諦めちゃいけない」
「はい……」
島与は茫然として席を立った。
かわいそうに。あの子はもう使ってもらえないだろう。清野に負けた子も一年生だったかな。やっぱり団体戦の戦い方を知らないねえ。
猿島は席を立つとレモンティーを飲み干した。二本目は必要なかったな。
前田も快調だった。ここまでくれば間違いが無いという局面に持ち込んでおり、ギャラリーの数も少ない。前田の信用は厚いのである。前田は最後の最後まで確認して、王手をかけた。
「負けました」
「ありがとうございました」
前田は両手で髪をかきあげて、ふーっと息を吐いた。既に清野と西川が勝っていたことを確認したため、これで三勝目。隣の佐藤の対局をチラッと見る。ここも大丈夫そうだ。
「この手が悪かったのかな……」
牧野からぼやきが聞こえる。それに対応するように前田も駒を動かす。ゆっくりと感想戦が始まった。
――これで三勝目か。もう投了しても大丈夫だろう。
川上はずいぶん前から勝ち味の無い局面と向き合っていた。団体戦で早々と投了するのは、チームの士気を下げることになる。だからずっと投げられないでいた。粘ろうにも、相手が同じレベルならいざ知らず、相手は中邦のエース藤本だ。藤本も、もうこちらを見ないで佐藤達の対局を眺めてしまっている。ここらが潮時か……
川上は駒台に手を置き、ゆっくりと頭を下げた。
――川上い!
戸刈はしっかりと見ていた。自分の対局より、向こうが気になってしょうがなかった。
相手は確かに強いが、心のどこかで期待していたのである。戸刈は急に闘志が萎え、弱気な手が多くなった。
――こいつ、今日は大したことないな。
森はとどめの角と銀の両取りを掛けると、席を立った。激痛である。
――くそっ、俺の本来の持ち味である「無茶苦茶攻め」が出せる局面じゃ無くなっちまった。もっと早く動くべきだったか。
戸刈の陣形には無残にも穴熊だけが残り、万策尽きてしまった。森が席に戻ってくると、すぐに投了した。
――まったく、戸刈はハマると強いが脆いところもある。
チームは二敗を喫したが、奥村は落ち着いていた。ここで四勝目が確実となっていたからだ。奥村は優しい手つきで相手の飛車を取る。
ここは相手玉を捕まえるべきかもしれんが、俺はこういう危険な橋は渡らない主義だ。自陣の脅威である飛車さえ取ってしまえば、当分のこちらの勝ちは動かない――
「負けました」
相手ががっくりとうなだれる。
奥村の快勝だった。その瞬間、法名の四勝が確定し、法名の勝ちが決まった。




