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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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作戦会議

「基本的に上から、大将戸刈、副将清野、三将佐藤、四将が私、五将増本、六将奥村、七将猿島さんという方針で進める」

 皆が頷いた。

「だが今回、昨日も話した通り五将の増本が居ない。というわけで、このラウンドはまず川上に参戦してもらう」

 おお、と、どよめきが起こった。

「川上! やったじゃねえか!」

 戸刈が川上の肩を叩く。

「おお! うれしいです!」と川上が驚きながらも笑みを見せる。

「川上! 同じ二年生として応援するぞ!」

「そうよ! 二年の代表よ!」

「おう! 頑張るぜ!」

 同じ二年生達からの声援を受けると、ガッツポーズをしてみせた。

「次に記録係(きろくがかり)だ」

 記録係とは、対局者同士の将棋の内容を記録することであり、プロの将棋ではほとんどの棋戦で行われている。ちなみにその記録した内容のものを棋譜(きふ)と呼ぶ。大学将棋界でもA級と、B級の大将戦のみで適用されており、その棋譜はネット上にアップされ、パスワードさえ打ち込めば誰でも見ることが可能である。

「今回団体戦の棋譜を取るのは、法名から四人だ。これは間違えると、運営に迷惑をかけてしまうから、几帳面(きちょうめん)な人間がいい。既にその役目はこちらで決めておいた。倉富、合田、伊藤、麻生だ」

「了解っす。じゃあ棋譜グループこっち集合~!」

 倉富が手を振る。残った三人が倉富の下に集まった。

「次、対戦校のオーダーチェック。これは池谷頼む」

「えー!」

 達也にとってはなんのことやらさっぱりで、思わずすっとんきょうな声を出してしまった。

「頼むで!」

「新人君頼むぞ!」

「池谷君! 気をつけてね!」

 何やら期待されてしまっている。皆から視線が向けられた途端、手に汗をかいてしまった。パニックになりながらも、頭の中で必死に自分に言い聞かせる。

 オーダーチェックなんて知らないぞ。でもここで黙っていたら、いつもの自分と一緒だ。何か言わなきゃ。何か言わなきゃ。

「えーと、どうすれば……」

 精一杯声を絞り出し、両手を広げるジェスチャーをしてみせた。言葉が出なくてもジェスチャーでなんとかなる、外国人との会話術で学んだ(すべ)だ。だが、このままでは明らかに変な人であり、しどろもどろになっている。

「前田君、いきなりそれはきついよ。もう一人パートナーつけたほうがいいんじゃない」

 猿島が助け(ぶね)を出してくれた。達也は飛び込むようにその舟に乗り込む。

「はい! うちやりまーす! 字はきれいなんで任せてください!」

 突然下田が勢いよく手を上げた。

「下田殿、字はきれいでも、心は汚いということですな」

「おい」

 ドスの効いた声を出して麻生を見る。

「はいはいやめ! 主将、下田もオーダーチェックでええんちゃいますか」

「そうだな、すまなかった。オーダーチェックというのは、他大がどういうオーダーの並び順で、誰が将棋を指しているのかをメモすることだ。誰が指しているかは、オーダーの紙に記載(きさい)されているから、わからなかったらそれを見ればいい」

「うちと一緒にがんばろっ!」

 さっきとうって変わってかわいい声を出した下田が、達也の腕を掴んで体を寄せ、そのまま達也の右手を握った。

「次、他大の戦型チェック。これはまだ呼ばれていない者全員で頼む。相手がどんな戦法を使っているか、どういう手に時間をかけて考えているか、できるだけ詳しく図面に残してほしい。メモも多く取ってくれ」

佐伯、斎藤、橋本、長崎の四人から「はい!」と威勢のよい声が聞こえた。

「みんな戦法名とかは大丈夫か? 細かい手順の違いとかも難しいが」

「私がまとめます」と長崎が手を上げる。おおーっと称賛(しょうさん)の声が上がり、拍手も起こった。達也はよくわからなかったが、長崎がかっこいいということだけは伝わった。

「よし、長崎なら大丈夫だ。図面を残した後は、そこから十手分の指し手を記入すること。棋譜がわからない者はいるか?」

「ちょっと自信ないです」佐伯が申し訳なさそうに手を上げる。佐伯もまだ初心者で、棋譜にはあまり自信が無かった。達也は読めてしまっているが、本来初心者は棋譜の符号(ふごう)で苦労するのである。

「私がいるから大丈夫よ」

「長崎さん!」

「待て、長崎にこれ以上負担をかけるのはリスキーだ」

「うちがいますから平気ですって! ながこ、安心しな!」下田が左手で長崎の手を握った。

「うむ、下田はオーダーチェックが終わったら、速やかに戦型チェック組に移ってくれ」

「了解でーす!」と下田は達也と長崎の手を掴んだまま、万歳をした。

「よし、みんな頼むぞ!」

「はい!」

 レギュラー以外の全員が威勢よく声を出した。団体戦は全員で戦っている。前田はざっと周りを見渡すと、思い出したように伊藤を見た。

「今この部屋は法名生しかいないが、この会場の控室は去年と変わらず小教室二つまでか?」

「さっき見てきましたけど、大教室に人が集まっていましたよ」

「そうか。中邦は小教室にいるのか?」

「いえ、小教室はうちと東大だけです。他のA級校は大教室で作戦会議しています」

「……じゃあ今年もやるか」

「やりますか主将! よし! 一、二年全員集合や!」

 突如(とつじょ)嬉しそうに声を張り上げた清野のもとへ、バタバタと集まった。

「どうしたんです? 清野殿」

「お前らに任務(にんむ)を与える」

「任務?」

「怪しい……」

 シャイアンの声に一、二年は顔を見合わせてうんうんと頷いた。

「それはな、他大の情報をスパイして来ることや!」

「えー! それはアリなんですか!?」

 伊藤がムンクのようなポーズを取って叫ぶ。

「アウトやけど、これはうちが初日に小教室を取った時の伝統なんやで。例えば、お前らが去年見たレギュラーが居なくなってるとかでもええ。普通なら卒業してるはずなのに、また今年も参加してるとかな」

「なるほど、じゃあ何気(なにげ)なく近づいてきましょうか」

 ついさっき叫んだ人間とは思えないほど、伊藤は冷静な策を出した。結構乗り気なようである。

「あーやっぱあまり人数多いと、バレるかもしれへん。うーん、じゃあ二人までやな」

「なんか楽しそうなんでうち行きまーす!」

 下田が手を上げながら、ピョコピョコと背伸びをして猛アピールした。

「じゃあ後は伊藤で決まりやな」

「俺ですか!?」

「小生行きたかったですぞ」

「麻生は見た目のインパクトが強過ぎる。伊藤は地味だから目立たへんで」

 二年生全員から一斉に笑いが起こった。

「シャイアンも地味ですよ!」

「こんな派手なあだ名、ようおらんで~」

 また笑いが起こる。

「ほらっ、伊藤! 行くわよ!」

「ちくしょーなんでこいつとー!」



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