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関東大学将棋物語  作者: るかわ
20/92

こたえの中に


 時刻は七時。

 達也は清野から出された詰将棋にまだ苦戦していた。長崎に5手詰みの仕組みを聞いたが、それでも難しい。自分が指して、相手が逃げる。もう一回自分が指して、相手が逃げる。そしてとどめ。これで合計5手だったっけ。

「ヒント出しましょうか?」

 長崎にとっては二秒で解ける問題も、達也にとっては難題(なんだい)だ。ヒントをありがたく頂戴しようとした達也は、長崎をじっと見つめた後に、パンと手を合わせた。

「お願いします!」

「初手は角を使います」

「角かーうーん」

 それでも答えが出せそうにないのを察した長崎は続ける。

「いきなり5手詰めはきつかったと思います。こうしたらどうでしょう」

 長崎が駒の配置をいじった。

「これなら3手詰めですよ」

 ちょっと盤面を変えただけだが、それだけで達也は一瞬でわかった。それはもう青天(せいてん)霹靂(へきれき)であった。

「なるほど、駒をただで取らせて逃げ道を防ぐのか! ▲1三銀!」

「そうです。△同桂しかありませんが」

「▲2二金!」

「お~正解ですよ~」

 長崎が初めて達也に嬉しそうな笑顔を見せた。達也も笑顔を浮かべている。

 そうか、さっきの5手詰めは最初に角を打てば一緒じゃないか。

「長崎さんありがとう! 頭良いね!」

 達也は満面の笑顔で長崎を見た。その時、長崎の心が揺らいだ。

「いえ、長くやってればそのうち一瞬で見えるようになりますよ」

 それより、すぐに理解した池谷君のほうが頭良いですよー

 長崎は大きく息を吐いた。しばらく男性と話していなかったからだろうか、妙にドキドキしていまい、相手を褒めるセリフが言えなかった。我ながら情けない。

「3手詰めもっとやりたいなー」

「池谷君は1手詰めから始めたほうがいいですよ。書籍もいろいろありますし」

「そっかー」

「まずは詰みの形を覚えてしまったほうがいいです。さっきのもパターンなんで」

「なるほど、強い人はそういうパターンをいっぱい覚えているから強いのか」

「うん、そうですね。そういうパターンのことを『手筋』って呼びます」

「手筋かー覚えとこ。あー苦労したけど、詰将棋って解けた時の達成感すごいね! めっちゃ嬉しいや!」

「そうだよ……ねー……」

 そうだ、詰将棋は解けた時にこれ以上ない達成感がある。そこらへんのパズルよりずっと楽しい。そういえば、自分も最初は楽しくてしょうがなかったっけ……

 長崎は鞄から本を取り出すと、本を見つめた。

「楽しい。だから自分は解いてたんじゃないのか、ばかっ」

 すっと立ち上がり、達也に頭を下げた。達也は何が起こったのか理解できていない。

「すいません主将、今日はもう失礼します」

「おう、明日の集合場所はそこに書いといたから見ておくんだぞ」

「はい!」

 ドアを開けると、長崎は駆け足で大学を後にした。人通りが少なくなっていくにつれ、みるみるうちに顔が(ゆが)み始める。

――私は詰将棋を修行の一環(いっかん)として嫌々解いてきた。でも、本当は解いていなかった。悩むことに疲れちゃって、苦しいことからずっと逃げていた。ちょっとでも(つまづ)いたら、すぐ答えを見ちゃって、解いた気になっちゃって、自己満足しちゃって。だからいつまで経っても私は終盤が弱いんだ。弱いままなんだ! ……私は真剣に悩んでいる池谷君をどこか馬鹿にしていた。こんな問題もできないの? って。でも、馬鹿は私だ。将棋って考えるものなのに、なにやってんだ私。馬鹿だ! そうだ、私は馬鹿だ!

 嗚咽(おえつ)が漏れた。どうしても我慢できなかった。

 これからは難しい問題も、解けるまで粘って考えよう。池谷君もあんなに粘っていたじゃないか。もし、解けたら私もあんな良い笑顔になれるのかな。もう一度、あの嬉しかった気持ちになれるのかな。ありがとう池谷君。もう一度、こいつと向き合ってみるから!

 長崎は袖で目元を拭った。


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