理系組
部室でもう一つ固まっているグループがある。
眼鏡をかけていて、いかにも頭の良さそうな顔触れだ。その中に、一人異色の存在がいた。唯一眼鏡をかけておらず、体育会系のような筋肉を身にまとっている。黒のタンクトップを着ており、こんがりと小麦色に焼けた肌がセクシーだ。そんな筋肉質の男が、盤の前に座っている男に向かって口を開く。
「おい倉富、お前またレギュラーに選ばれなかったじゃねえかよ」
声をかけられた倉富という男は、気まずそうにシーッと息を吸い込んだ。
「うーんやっぱり厳しいっすよ」
「また後輩に抜かれちまうぞ」
「いやー戸刈がギリギリレギュラーなんだから、厳しいっすよ~」
筋肉質の男は戸刈豪という。レギュラー発表の時、自分が最後に呼ばれたことに不満を持っているようだった。
「ギリギリじゃねえ! ちょっと呼ぶのが遅れただけだ!」
「いやーこれ実力順だった気が……」
戸刈が横から入ってきた気弱そうな男の頭を掴む。掴まれた男は、真顔になり感情の無い声で続けた。
「強者は最後に呼ばれるんです」
「よろしい」
ったく、去年は研究会で佐藤さんと清野を吹っ飛ばしたというのに、まったく評価されやしねえ。ついに俺も今年で三年生、大学生活の中盤戦が終わろうとしてるじゃねえか。早いとこ活躍しておきたいぜ。この戸刈の名前は他大の奴らも相当警戒してるはずだ。だが、主将も全然信用してくれないんだからなあ……
そんな戸刈の心の声を丸々聞いていたかのように、また別の男が口を開いた。
「戸刈先輩はムラがあるんですよ。たまに僕にも負けるじゃないですか」
その男は、先程の男に比べれば、そこまで気弱そうではない。
「おい川上!」
川上がひいっと声を上げる。
「それはお前が強いからだ」
この人、怖いんだか優しいんだかわからないんだよなあ。倉富はそっと心の中で呟く。
「とにかくだな、俺はお前らに早くレギュラーになってもらいてえんだ。そうでもしないと、俺ら『理系組』の立場が危ういからな」
「それだと戸刈先輩が抜けちゃいますよ」
「シャイアン!」
また戸刈が頭を掴んだ。
「名前間違えました」
「よろしい」
シャイアンと呼ばれる男の名は、合田武という。ごう“た ”たけし という読み方は、某漫画のキャラクターと一字違いなので、皆からシャイアンと呼ばれていた。だが、本人は決して横暴な性格ではなく大人しい。今日も戸刈に二回も頭を掴まれてしまっている。いつも小声で弱々しく話すのが彼の特徴だ。
「シャイアンも倉富も川上も、実力はあるんだ。まだ来てねえけど斎藤もだ」
気弱そうな三人は、黙って戸刈を見つめている。
「お前らにあと一つ足りないのが気迫だ。絶対に勝ってやろうって気持ちだよ。俺の尊敬する修造様はな……」
「そりゃ僕も最後まで諦めないですよ」
「違う! 戦う前から気合いで圧倒するんだよ!」
「例えばなんですか?」
「それはお前、駒を並べる時に駒音を高くするとかだよ。お前ら駒音が小さすぎて、妙に弱々しいんだ」
「あまり大きいとマナー違反になりますよ」
「大学じゃ誰もやってないですし」
「子どもっぽいし」
「シャイアーン! お前はなんだかムカつくんだよ!」
頭を掴もうとしたが、今回はかわした。
「くそっ。でもお前ら、明日は俺らレギュラーのバックアップ頼むぞ。なんたってお前らは法名の準レギュラーなんだからな」
「任せてください! 先輩の棋譜は必ず自分が取ります!」
「川上、お前は本当に良い奴だな」
「僕は前田先輩の棋譜を取ります……」
「シャイアーン!」
頭を掴もうとしたが、シャイアンは素早くかわす。もう一度試みたが、またかわした。
「くそっ! じゃあ対局だ! 川上は俺と! 倉富はシャイアンと!」
三人は席に座ると、それぞれの準備を行った。倉富は眼鏡を拭き、シャイアンはペットボトルを取り出し、川上は丁寧に駒の位置を揃える。やがて、四人の間に静寂が訪れた。
「お願いします!」
四人の呼吸が見事に合った。




