A級校
達也は下田に聞いてみた。すぐ傍では、麻生がまた頭を押さえている。
「そりゃそうよ。なんたってA級で優勝争いしてるんだから」
A級とは大学将棋界における階級のことであり、その世界で最もレベルが高いリーグである。下田によると、法名は今までA級で優勝したことがない。だが、ここ最近は東大に次いで強豪校の一角となっていた。去年も過去最高成績の二位だったのである。
「法名は強いですぞ。ただ、東大がそれ以上に化け物揃いなのですな」
「そうね。前田さんレベルがごろごろ居るのよ。やっぱり学力と将棋って比例するものなのかしらね」
「へえ~A級って他にどの大学がいるんですか?」
「んーと、全部で八校あるんだけど、うちでしょ、東大でしょ……」
指を折って数えている。下田の指は細くて長い。達也は思わず見とれてしまった。
「慶城、日東、三ツ橋、医科大、中邦、米大ね」
「ひえー頭良いとこばっかりですね!」
いずれも関東では指折りの難関校ばかりだ。よくわからないが、将棋は頭を使うのだし、比例するのではないかと達也は感じた。
「まあ全体的に頭が良いと強い傾向にあるね」伊藤も頷いた。
「そうとも言い切れない」
後ろから声がした。振り向くと、黒縁眼鏡をかけた背の高い男。こちらも前田に劣らず鋭い顔つきだ。前田が白衣をまとう医者だとしたら、こちらは学者のようである。
「先週行われた個人戦では、A級校ではない留大の山下が優勝した。留大は決して偏差値が高いとはいえない。それに、B級にも工学大などの有名国立大がたくさん存在している」
「奥村さん! いつの間に後ろいたんですか!」
下田が驚く。達也も威圧感で圧倒されそうになった。
「池谷といったかな、私は四年の奥村学。一応レギュラーだ、よろしく」
「奥村さんは研究量が半端ないんや。大学棋界の情報も詳しいし、お前ら、奥村さんをよう見習うんやで」
いつの間にか清野も隣に立っていた。奥村は眼鏡を二本指でクイッと動かし、話し始める。
「将棋は過去の実戦例を踏襲してシステム化しているゲームだ。悪い手があればすぐにプロの研究によって淘汰され、すぐに改良化される。ただ、残念なことに私にはその改良策を思いつく実力がない。だから私はプロの棋譜を可能な限り収集し、データをインプットしている。一応、相居飛車のデータは私のノートパソコンに全て入っている」
「データマンですな」
「あまりそう呼んでほしくない。趣味でやっているだけだ。。ちなみに他大のデータや選手一人一人の得意戦法や指し手の傾向も、研究材料の中に含まれている。大学将棋でも、情報戦は大事だからな」
「奥村さん、もう今年の他大のデータは手に入ったんですか?」
「なんとも言えない。今年の一年生は、個人戦では先輩の洗礼を浴びていた。気になったのは、日東と東大に要注意人物が入っていることくらいか」
「ながこも個人戦で東大にやられたしねー」
「ああ、東大二年の諸星だな。彼は東大ではレギュラーではないが、うちなら間違いなくレギュラーだろう」
「そうなんですか……強かったです」
長崎が肩を落とす。
「みんな個人戦に出てたんですか……」
達也も肩を落とした。もう少し早く将棋に目覚めていれば、個人戦に出られたのに。先週終わったなんて、つくづくタイミングが悪いものだと自分を憎んだ。
「まあまあこれからよ!」
下田が背後に回って肩を叩いた。思ったより力が強く、達也は前に倒れかける。
「清野、じゃあ将棋やるか」
「お願いします先輩!」
奥村と清野は近くの椅子に座り、駒を並べた。
「……主将のとこに行きますか」
伊藤がそう言うと、麻生、下田、長崎が席を立った。達也もつられて動く。
前田は何やら対戦相手と会話していた。お互いの手が盤上で交錯しているのを見る限り、対局が終わったようである。
「この変化はもうこちらが良い。佐藤は少し前に手を変えるべきだったな」
「そうか。うっかりしていたな」
盤面を覗いてみたが、達也にはどっちが勝ったかわからなかった。それほど高度な読み合いをしていたのだろう。
「よし、次は佐藤の後手で頼む。矢倉の定跡を確認しておきたいんだ」
「はい!」
二人はまたパチパチと、駒を並べ始めた。
「佐藤さんは今回はフル出場ですよねー?」
下田が近寄る。佐藤とは、レギュラーに名前が出ていたことと、前田の練習相手を務めていることから察するに、相当の実力者であることがわかった。
「ああ、もう山は越えたからね」
「同じ経済学部として期待してます!」
「ありがと」
「会計士の勉強だったか」前田が口を開いた。
「ああ、前田は就活どうするんだ?」
「私は院に進むからな。まだ先の話だ」
達也はあっけにとられた。うちの大学で院に進むなんて、この人は一体どのくらい優秀な成績なのだろう。それほど大学院への道は険しいものだった。
後で教えてもらったが、佐藤は学業が忙しかったため、団体戦でフル出場したことは無いらしい。本名は佐藤健。下田いわく、その人とは何の関係も無いとか。




