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関東大学将棋物語  作者: るかわ
12/92

レギュラー発表

「池谷殿、長崎殿とは話しましたかな」

 達也はチラッと長崎を見ると、目が合った。その目は困った様子をしており、どうかさっきのことは言わないでくれ、と訴えかけているような気がした。

「少し話しましたよね」

「そ、そうですね」

 長崎は再び本に目を通す。手には汗が見えた。

「誰か来たな」

 廊下から駆け込んでくる音がする。一斉にドアの前へ目を向けた。

「セーフ!」

 勢いよくドアが開いた。

清野(きよの)、一分遅いぞ」

「も~主将さん、細かすぎまっせ!」

 声のトーンが関西弁だ。耳にはピアスをつけており、どこかチャラい印象を受ける。まさに法名らしい学生だった。

「あらっ、こちらの方は?」

「あっ、池谷です。昨日将棋部に入りました」

 達也が立ち上がる。

「ふーん、新歓の時におったら飯代浮いたのになあ。うちは清野清(せい)()や。よろしゅう!」

「よろしくお願いします」

 これからも初めて見る方がたくさん来るだろう、そう悟った達也は、面倒なのでずっと立ったままでいた。

「池谷は将棋強いんか?」

「いえ、まだ初心者です……」

「そか! 気にすることないで! うちも最初は初心者だったんやからな」

「えっ、この部に入ってきた時からですか?」

「……そや! ボロボロのクッソクソやで! カメムシの次くらいに弱かったわ!」

「清野さん! 嘘は良くないですよ!」

「あーバラさんでええのに伊藤!」

「清野は元々中学生まで将棋をやってたらしいからな。普通に強いぞ」

「主将に強い言われてもな~」清野は頭を()いた。

「清野さんはどのくらい強いんですか?」

「うちか? 一応四段ってことになってるな」

「四段!」

 達也は()()った。四段といったら、プロじゃないか。将棋界の仕組みはもう覚えたのでわかるが、プロは四段から正式に認められるのである。こんなチャラい身なりでもプロになれるのか。

「プ、プロなんですね」達也が恐る恐る尋ねた。

「あーちゃうねん! アマチュア四段ってことや。プロの基準とアマの基準は違っててな、俺はプロの基準で言ったら6級レベルや」

そうなのか。すっかり勘違いをしていた。

「それでもめちゃくちゃ強いことには変わりありませんぞ」

「四段だったんですか先輩」

 伊藤が目を丸くする。棋力までは知らなかったようだ。

「24なら五段やけどな」

 その言葉に達也はピンときた。

 ああ、やっぱりこの人も24をやっているのか。詳しいレートはわからないが、どのくらい自分より上なのだろう。とりあえずわかることは、自分が現時点で絶対に敵わない人であるということだ。

「強さだったら主将に聞いたらええよ!」

「そうそう! ほんとすごいんだから!」

「小生は神に選ばれし実力と見ていますぞ」

「麻生、意味がわからん。そんな威張れるほど強いわけではない」

 前田が目を閉じて腕を組む。

「主将は去年団体戦では無敗でなー、それだけじゃあらへん、一般の大会でも全国大会に出とるし、大学将棋界の中でも、トップレベルや! うちの部で一番強いで!」

「そ、そうなんですか」

「個人戦弱いのがアレやけど」

「一言多いんだお前は」

 前田が清野の頭を叩いた。

 主将になるだけあって、やはり将棋も強い。達也は息を呑んだ。それにしてもまだ全員揃わない。そろそろ立っているのが疲れてきた。思いが伝わったのか、途端にドアが開いて次々と人が入ってきた。七、八人だろうか、一遍に名前を覚えるのが大変そうに感じた達也は、とりあえずペコペコと頭を下げ、その場をやり過ごした。

「授業組が来たな」

「すいませーんみんなで飯食ってました!」

「まったく。よし、では今から団体戦について説明する。みんな椅子に座れ」

 ぞろぞろと椅子に座る。達也は伊藤の傍の椅子に座った。

「今年も春の団体戦がやってきた。今年こそ、ライバル東大を倒して優勝しなければならない。そのためにはみんなの協力が必要だ」

「せやな」

 清野が相槌(あいづち)を打つ。

「それではこれからレギュラーを発表する」

 場が一気に色めきたった。落ち着かないのか、うろうろ歩いている者もいる。事態がいまいちわからなかった達也が、伊藤に声をかけた。

「先輩、もしかしてオーダー発表ってことですか?」

「うん、でもまだレギュラーが呼ばれるだけだからね」

 どうやら二十人が呼ばれるわけではなく、大将から七将までの七人を決めるらしい。それに選ばれた者が極力団体戦を戦うことになる。

「まず、私だ」

 何人かから笑いが起こる。

「次に佐藤(さとう)増本(ますもと)奥村(おくむら)、清野、猿島(さるじま)戸刈(とがり)。以上が今回のレギュラーだ」

「まあそうなるっすよねー」

 声の主は誰だろうか、知らない顔だった。

「だが、今回増本がテストのため、初日は少しオーダーを変更するつもりだ。じゃあ各自勉強するように。オーダーは明日の朝発表する」

はいっ、と声が部室内に響き渡る。がやがやと席を立ち、将棋をする者、雑談を始める者、本を見る者と、蜘蛛(くも)の子を散らすように別れた。

 達也は麻生と伊藤の傍にいた。近くに長崎もいた。もう本は鞄にしまっており、顔をこちらに向けている。

「池谷殿、あそこでスマホを見ているのが、同じ一年の橋本殿ですぞ」

「は、はい」

 橋本がこちらに気付いたようだった。スマホを持ちながら近づいてくる。

「初めて見る顔ですね。橋本です。名前は?」

「あ、池谷です。同じ一年なんでよろしくー」

「俺ツイッター廃人だけどよろしくね。池谷はツイッターやってる?」

 達也はとにかくSNSに疎い。ツイッターも、もちろん存在は知っていたが、活用したことはなかった。

「橋本はマジでツイ廃だよ。あんまりウザかったらブロックしちゃっていいからね」

「伊藤先輩!」

「僕、ツイッターやってないんです」達也は頭を掻く。

「そっか、登録することになったらその時はよろしくね」

「うん」

 橋本は物腰が柔らかく、穏やかな性格のようである。顔は決して整っているわけではないが、人当たりがよさそうで、女にモテそうなタイプだ。しかし、伊藤によると一人でいるのが好きなようである。

 橋本は少し離れたところで、早速マシンガンのようにツイートをする。

“どうも、ツイ廃のはっしーです”

“先輩に言われたった(笑)”

“新たに同期が入りましたよー”

“歓喜!”

 すると、すぐさまそのツイートに対する返信やお気に入りが飛んできた。橋本は丁寧に対応する。そのまましばらくスマホを見ていた。

「ういー遅れてすんませーん!」

 一際大きな声が鳴り響いた。もう達也は振り向かなくてもわかった。下田だ。

「めっちゃ寝てました!」と大きく手を上げる。

「永眠すればよかったのに。無念」

 麻生がかすかな声で呟いた。

「もう団体戦のレギュラーは発表しておいたからな」

 主将はいつの間に他の部員と将棋を指している。

「はーい! ……あっ! ながこー!」

 こちらにものすごい勢いで向かって来る。男達は全員手でブロックしたが、お目当ては長崎だった。

「ながこ、レギュラーになった?」

「いえ、やっぱり無理ですよ」

「うっそー!」

 下田は欧米人のようにオーバーに驚いた。

「下田殿、長崎殿はそんなに強いのですか?」

「当たり前よ。あんたは知らないでしょうけどねー」

 どことなく将棋が強いオーラはあった。だが、どうしてそこまで肩を持つのかわからなかった。伊藤も不思議そうである。

「なんでそんなに長崎さん推してるのさ?」

一昨年(おととし)、ながこは高校選手権女子の部の大会で全国三位になってるのよ。うちの五十倍くらい強いわ」

「全国三位!?」伊藤が目を丸くした。

「あれは運がよかっただけです……」

「すごいわよね」

「やりますな。小生もそれは知りませんでしたぞ」

「知れ!」

「今死ねと言いましたな下田殿」

 麻生は「知れ」を「死ね」と聞き間違えたようだ。

「じゃあ死ね! つーかお前ら、昨日何時に帰ったんじゃ!」

「あっ、すいません! 昨日はありがとうございました」

 思い出したように達也が頭を下げた。

「池谷君はいいのよーかわいいもん」

 達也にはこれ以上ないほどの満面の笑みを見せた。反対に麻生や伊藤には厳しい目を向けている。

「俺らすぐ帰ったけどね。昨日は暴れなくて良かった」

「疲れてたのよ。それまで四十時間くらい起きてたから」

「だから背が伸びないんですぞ」

「155あるから十分ですう」

 長崎はあんぐりと口を開けた。2㎝負けていたからである。

「伊藤殿より小さいなんて重症ですぞ」

「麻生! 俺まで巻き込むな!」

「どーせ下はでかいからとか言うのよね男って」

「それは男に対する偏見ですぞ!」

「そうだ! そういうお前が一番下品なくせに!」

 どうやらまた言い争いが始まりそうである。達也はそっと後ろに体を向けた。

「長崎さんって、下の名前ながこって言うんですか?」

「へ?」

 長崎は茫然としていたが、声をかけられて急に現実に戻った。

「ちちち違いますよ。あれは先輩が勝手につけたあだ名で……リョウって言います」

「あっ、そうなんですか。なんかこう、男っぽいというか」

「はい……涼しいって字ですし」

 長崎の首の角度がだんだん下がってきた。いけないことを聞いてしまっただろうか、話を切り替えなければ。

「こ、高校三位ってすごいですね」

「まあ女子の世界なんで」

「女子?」

「女子は男子に比べて競技人口も少なく、レベルが低いと言われています。だから、この大学将棋の環境では、私もそこまで強くないんです。今回も私はレギュラーに選ばれてませんし」

「いやいやそんな……」

 二の句が継げなかった。なんて自分をよく見ている人だろう。別に女子の部だからって、そこまで悲観しなくてもいいのに。うつむきかけたその時、達也は清野との会話を思い出した。

「24はどのくらいなんですか?」

 これだ。これで彼女に元気をつけてもらおう。

「私はもうやってません」

「えっ?」

「去年までやってたんですけど、その時は三段でした。ネット将棋って負けたら本当にイライラしちゃうんですよ。私には無理です」

「同じ将棋じゃないですか」

「うーんネットだと相手の顔が見えないじゃないですか。相手の顔があれば、理性も保てるんですけどね……」

 そういうことか。そういえばゲームをしていた時も熱くなっていた。三段なら清野さんより二つ下。どのくらいの差があるのか想像もつかないが、ともかく長崎は相当の実力であることがわかった。ゲーマーでも人見知りでもあるが、将棋がここまで強いとは。それなのにレギュラーに選ばれていないということは、一体どういうことだろう。もしかして法名は相当レベルが高い大学なのではないか。


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