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関東大学将棋物語  作者: るかわ
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女殺しと主将

「この手が良い手でしたね。それで参りました」

「いやあ神が降りてきたんじゃよ」

おじいさんがうれしそうに髭をなでる。対局も佳境(かきょう)に入り、ギャラリーが増えてきていた。

「じいさん、もう一生分の力使い果たしたんじゃねえか!?」

野次にも動じず、「人生で一番強かったわい」とおじいさんは笑った。

本当に嬉しそうだ。沙織はこの笑顔が見たくて指導をしているといっても過言ではない。

「亀吉、次はわしと勝負じゃ。お前に勝ってそれがマグレだと証明させたるわい」

「今日はもうやらんよ。いい思いをさせてもらったからの」

「おのれ逃げたな~」

周りがドッと湧いた。沙織も笑顔を見せた。

「じゃあ次の方どうぞ~」

子どもとの将棋は、気持ち良い手を指させて勝たせてあげた。緊張していた青年には、いい勝負を演じさせて、最後の最後でコロッと負かした。できるだけ指導将棋は相手に力を出させるのがコツ。沙織もずいぶんと指導将棋を指してきたので、その調整は慣れていた。あまり負け過ぎるといけないので、次からはちょっと力を出そうか。そう思っていた矢先、ずかずかと大きな男がギャラリーを割って席に着いた。

「平手で」

平手とはハンデなしのことである。この男はずいぶんと自信家のようだ。中には平手で指すことを嫌う棋士もいる。アマチュアと平手だなんて、プライドが許さないからだ。沙織は別段気にすることなく駒を並べる。

「お願いします」

「うっす」

男が初手を指すと、男の後方からヒソヒソと声がした。

「あいつ、池谷さんにも手を出したか」

「うん、通称“女殺し”な。女流棋士に平手で挑んでことごとく勝つんだよ」

「やる前から言ってたぜ。池谷はビジュアルだけだってな」

「ああ」

沙織には全部聞こえていた。そういえばこの男は見覚えがある。アマチュア大会で何度も優勝している強豪。実力は奨励会にいても遜色ないだろう。もしかしたら昨日指した6級の子より強いかもしれない。

本当は徐々にギアを上げる予定だったが、気が変わった。この男には本気で挑むことにする。そして先ほどのセリフを撤回させるのである。沙織の目つきが鋭くなった。



時刻は十二時五十分。達也が部室に入ったのが十二時三十分だから、二十分も二人で過ごしていたことになる。ところが、会話したのはたったそれだけだった。

がやがやと外から声が聞こえる。ようやく人が来てくれたのだろうか、少し緊張してきたが、今の状況よりはマシだった。

「おお、池谷殿! 来ておられましたか!」

「池谷君! 一日ぶり~」

麻生と伊藤だ。知っている顔が来てくれて安心する。だが、もう一人知らない人がいた。

「ああ、君が昨日来てくれた子か」

声の主はずいぶんと背の高い男だった。鋭い目に、レンズの小さい眼鏡をかけている。髪もワックスで手入れされており、かなり整っている顔立ちだ。

「私は主将の前田(まえだ)(せい)()だ。よろしく」

眼鏡をクイッと二本指で上げる。

「はい、よろしくお願いします。池谷です」

主将だったか。オーラのある人とは、こういう人のことを言うのだろう。言葉でうまく表わせなかったが、大御所俳優のような、すごい威厳が感じられた。

「明日が団体戦初日だってのに遅刻が目立つな」

「主将、これはまたしてもペナルティですかな」

麻生は誰に対してもあの言葉使いらしい。

「そうだな、特に一年は絶対に来ていないと」

「あ、佐伯は病院行くから遅れるらしいです。斎藤(さいとう)も歯医者だそうです」

伊藤がスマホに目を向ける。

橋本(はしもと)は授業だったか。長島は居る。じゃあ全員来ることは来るんだな、よし」

「そうですね」

達也は素早く計算する。

一年生は今挙げられた人達で全員か。意外と少ない。自分を含めると全員で五人。あまり人が多くても、僕はまた高校時代のように、影になってしまうだろう。そう考えれば、人数が少ないのも悪くないな。

ホッと息をついていると、前田が鞄からプリントを取り出し、テレビの横に立った。

「今日は団体戦の諸事項を説明しなければならない。特に一年生は初めてだから、絶対に来てほしいと言ったのはそのためだ。池谷もぜひ聞いてほしい」

達也はすぐに声が出せず、首を縦に振った。


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