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第三章 王都ゼフィーリア―① 『……ご、ゴブリン?』






 質問④ ここは異世界です。

     あなたはどうしますか?


 答え・義弥「遊ぶ!」

    信長「はしゃぐ♪」

    さくら「目からビーム☆」

    義弥「それはもういーよ! つーかどんな答えだよっ!?」

    信長「いや、マジに異世界で出したんだけどな」



 ● ● ●



 夜よりもなお暗い闇の中を、足元を照らす光球を傍らに浮かせながら(体感的に)一時間と少し歩いて、ようやくその街に僕たちはたどり着いた。


 ドラ曰く、王都ゼフィーリアとか言う街。


 それなりに近づいた段階から、街の放つ灯りで浮き上がっていたのだが、想像していたよりもかなり大きな街のようだった。


 ぐるりと囲む形で城壁に囲まれているみたいで、詳細は見て取れないがその城壁よりも高いお城の一部が見えている。


 時間帯的に朝らしいので、活気に満ちたざわめきも耳に届いてきた。


「ようこそ。王都ゼフィーリアへ」


 そんな第一声とともに僕たちを出迎えたのは、要するに街へと繋がる巨大な門の番をしている門番という職についておられるお方だったのだが、無視できない問題が一つあった。



 ゴブリンだった(・・・・・・・)



 ファンタジー系の物語でよく登場するザコ。

 やられるために生まれたような感じのモンスター。


 引き歪んだような矮躯を持つ細身の亜人間種。緑色の肌と民族的な帽子。あとついでに腰に無骨な斧が下げられている。これがまた使い込まれた感じがあって物々しい。


 ……いやん。


「………あ、と」(僕)


「………いや、おい、これは………」(信長)


「………ちょっと可愛い、かも?」(さくら)


 最後のさくらの発言に、普段ならば「ちょっと待て」と突っ込みを入れるような場面なのだが、今回はその必要はない。


 少なからず、同意する部分もあるからだ。


 何故か――そう。


 本当に何故か、そのゴブリンさんは、マンガ的というか、ゲーム的というか、アニメ的というか、なんかこうデフォルメされているのだ。


 リアルな感じが極限まで薄められたその三頭身は、可愛いというにはその存在感が邪魔をするが、だからと言って怖いというには何かが足りない風情だ。


 強いて言うならば、思わず手を伸ばしたくなるような感じだ。

 なんのためかはさておき。


『ご苦労』


 さくらの肩から飛び立ち、パタパタと羽ばたきながら宙に浮き上がるドラ。


「これは……赤竜様っ!」


 歓迎ムードだったゴブリンさんが、サボリの現場を上司に見つかった新入社員みたいなノリで直立不動になる。


 別にサボっていたわけではないけど、なんとなくイメージ的に。


『あ~、よいよい。畏まる必要などない』


「いえ、しかし……」


 生真面目な性格なのだろうか、それともこのぬいぐるみが偉い立場なのか、ゴブリンさんは姿勢を崩さない。


『まあ、主がそれでよいのならよいが。

 それよりも客人を連れてきたのだ。粗相のないように宿までの案内を頼みたい。我は街にはあまり詳しくないのでな』


「はっ! お任せください。

 門番の引継ぎを頼んできますので、しばしお待ちをっ!」


 バタバタと詰め所に駆け込んでいくゴブリンさん。


 よくよく見るとそこにもゴブリンさんが何人かいる。一山いくらの似たような外見なのだが、微妙に細部が異なっていて、なんとなく違いが見て取れる。


 ちょっと矛盾した表現になったけど、混ざったらさっきまでここにいたゴブリンさんが、どれだったかわからなくなるというのはなかった。


 ちゃんと目で追っていられる。

 それはさておき。


「「「…………………異世界だ……………………」」」


 心のどこかで信じ切れていなかったことが、確信へと至った瞬間だった。


『どうかしましたか? ゴブリンがそんなに珍しいのですか?』


「少なくても僕らの世界で会った経験は、テレビかモニターの向こうでしかないね」


『それでも会ったことがあるのでしたら、そんなに驚くことではないでしょう?』


 微妙なニュアンスの違いが通じていない。

 ――というか、これは僕の言い方も悪かった。


 誤解を解くのが面倒なので、僕はとりあえず口を閉じる。


 その傍らで――


「おいおいおいおいおいおいっ! ご、ごご、ゴブリンだぞ、おいっ!? おい、どーすんだ、あれ? 経験値にするか、するのかっ!?」


 お姫さまを背負った信長が騒いでいた。


「落ち着け。現実はゲームじゃない」


 まさか僕の口からこんなセリフが出る日が来ようとは――――――――っ!?

 内心で戦慄してしまう。


「ゲームみたいな現実っぽい感じにはなってるけれど……」


 ぼそっと呟くさくらだが、とりあえずは放置。


怪物(モンスター)を殺害しても経験値は入らない。

 よく思い出せ。ドラを倒したさくらが軽快なファンファーレとともにレベルアップしたりもしなかっただろ?」


 自分でもよくわからないことを口走っている自覚はあるのだけれど、冷静沈着でいろって方が無理だ。


「そ、それもそうだな」


「よく見たら街中にも、オークとかトロールとかサハギンとかも普通に歩いてるね。わたしたちみたいな人間やエルフっぽいのやドワーフとか獣耳付きの幼女とかも」


 そして、さくらは冷静沈着には程遠いものの、別な意味で落ち着いている。


 ある意味凄いし、それで助かっている部分も多々ある。

 でも、ちょっと黙って。お願いだから。


 せめて頭が追いつくまででいいから、もう上積みしてかないで。


「ちょっとだけ頭が痛い」


 そういうのに憧れる気持ちはあったはずなのに、いざそれが現実に眼前で展開されるとやはり頭が追いつかない。


 常識ってのは案外と根深いところに根付いてるんだなぁ……。


「同感だ」


 信長が眉間にしわを寄せて、指で揉み解している。

 僕も似たような表情になっているだろう。


 喜色満面であっちをキョロキョロ、こっちをジロジロしているさくらのバイタリティを見習いたい。

 そんなわけで、僕も視線をあちらこちらへと走らせる。


 情報収集のためだ。


「………………………」


 時代的には、中世っぽい感じだ。

 木組みの家が並んだ石畳の街。


 空は真夜中みたいに真っ暗だけど、時間帯としては朝のようなので人の動きは活発だ。

 さくらが言っていたように、他にもいろんなのが普通に溶け込んでいるけれど。


 それに他の人たちは違和感を抱いていないので、この場合は認識がおかしいのは僕たちなんだろう。


 さすがは異世界だねっ!?


 エルフとゴブリンが普通に「おはようございます。今日もいい天気(?)ですね」「うぃーす。今日も一日働きますかねー」なんて挨拶を交わしているのだ。


 軽く二メートル越えのトロールと騎士甲冑に身を包んだ人間が肩を並べて警邏していたり、鍛冶屋のドワーフにサハギンがトライデントを預けていたり、頭上を見上げれば翼竜(ワイバーン)に乗った武装オークと背中に翼の生えた人が見回りをしていたり、井戸端会議的なノリで多種族の年配の女性が話し合っていたりと多種多様である。


 広場では各種族の子供たちが鬼ごっこっぽい遊びに興じていた。

 昨日まで抱いていた異世界に対するイメージが加速度的に崩壊していく。


「………………………………………………………………………誰か、僕を殴ってくれ」


「うん。わかったー♪」


「気持ちはわかるから、少ししか手加減しない」


 さくらにバチンッと平手を受けて、直後に信長のコンパクトな腕の振りで放たれたアッパーカットをもらった。


 お姫さまを背負ったままで器用な真似をする。


「痛ぇよ――――――――――――っ!?」


 耐えられずにしりもちを付いた僕は絶叫する。


 幼なじみゆえの気安さが含まれてるにしても、少しは遠慮してくんないかな~っ!?

 涙出ちゃったよ。


「それが現実の痛みだ。素直に受け入れろ」


 顔を左右に振りながら、僕の肩にポンポンと手を置いて、しみじみと信長が言う。

 彼はもう諦めてしまったらしい。


 どこか清々しい爽やかな表情で笑っている。

 ……目は虚ろだったが。


「それにこの場合はわたしたちの方が部外者なんだから、郷に入っては郷に従うべきだよ。あんまり難しく考えても、どうせわたしたちの頭の出来だとわかりっこないんだし、そんなのに無駄な時間を費やすぐらいなら思いっきり今の状況を楽しめばいいじゃない♪」


「まぁ、そりゃそうだけどさ」


 頭の出来が芳しくないのは、ちゃんと理解している。


 妙な陰謀劇に巻き込まれたところで、事前情報がなかったら気づかない内にバッドエンドに直行だろう。


 それを考えるなら、平和で平穏な感じな街並みの風景は安心材料だ。

 偉い手っぽいドラが好意的なのも含めて。


 ………無理矢理力尽く(目からビーム)で調教したとも言うが。

 信長が背中に背負ったお姫さまが不安材料ではあるけれど、今の段階ではきっぱりと考えるだけ無駄。


「それが妥当だろ」


 信長が片目を閉じて、笑いかけてくる。


「気にしない気にしない♪ なるようになるし、なんか変なことになっても三人ならぜぇぇぇったいにだいじょうぶだよ♪」


「根拠は?」


「よっしーが考えて、わたしがみんなを引っ張って、信くんがバックアップとフォローをするのがいつもの流れで、それで今までなんとかなってきたんだから、異世界でもなんとかなるよ、きっと♪」


「――と、ゆーわけで考えるのは任せたぜ☆」


「………二人とも、いちばん面倒なところを僕に丸投げしなかった、今?」


「「したよ?」」


「きょとんと小首を傾げながらっ!?」


『面白いので黙って聞いていましたが、あなた方は本当に面白いですねー』


 パタパタと浮いているドラが呆れ混じりの言葉を送ってきながら、さくらの肩へと着地する。さくらもそれを咎めたりはせずに、そのまま胸元に抱いて撫で始める。


 なんだか早くも扱いがペットだし、目を細めたりして受け入れているドラの姿は、もはやただの喋って動くぬいぐるみだった。


 もとが巨大なドラゴンだというのを忘れそうになる。


「傍から見られるとどうなのかはわからないけれど、いっしょにいると退屈しないのは事実だね」


『みなさんは良い関係を築いているのですね』


 さくらの胸元から逃れたドラが、今度は僕の肩の上に止まる。


「そうだと思っているし、それが続けばいいとも思ってるよ」

 あっちこっちに視線を向けながら、その都度はしゃぐさくらとそれに付き合ってコメントしている信長。テンションに多少の温度差はあるけれど、楽しそうにしている。


 深く考えるのをやめたら、確かに見所はたくさんあるもんね。

 ………深く考えさえしなければ。


「ふっ……くくく」


 口を歪めて、失敗したニヒルな笑みを浮かべる僕だった。


 そんなこんなで話していると、よっぽど急いで引き継ぎを済ませてきたのだろう。さっきのゴブリンさんが息を切らせながら戻ってきた。


「お待たせしました、赤竜様。そして、お客人の皆さん。

 これより皆さんを宿までご案内いたします……ところで、どのランクの宿までご案内すればよいのでしょうか?」


 ドラに軽くお伺いを立てるゴブリンさん。


『国賓待遇でと言いたいところだが、あまり堅苦しいのも息苦しい思いをさせてしまうだろう。彼らがリラックスできるような雰囲気のいい宿を選んでくれ。自覚はしていないだろうが、心身もそれなりに疲労しているはずだからな』


 よくわかってらっしゃる。

 意外にしっかり気遣ってくれるドラに感謝する。


「わかりました。

 ――では、みなさん。こちらへどうぞっ!」


「さくらー、信長ー、戻って来ーい」


「なぁにぃ~?」


「移動か?」


 ドタバタして周囲の注目を少なからず集めていた二人が戻ってくる。


「申し遅れましたが、皆さんの案内をさせて頂くゴブリン族のセシルです。よろしくお願いします」


 締めくくりに白い歯をキラッと光らせたその自己紹介を聞いた僕たちの内心は、完全に一致していた。


 すなわち――



 名前カッケェ――――――――っ!?




 ● ● ●



 朝の喧騒に包まれた街中をゴブリンさん――もとい、セシルさんに先導されて歩いていく。


 さくらは視線をあちこちに彷徨わせながら、物怖じせずにセシルさんにアレコレと質問しては目をキラキラさせながら興味深そうにうなずいたりしている。


 信長も聞き耳を立てながら歩いている。

 ドラは相変わらず僕の肩の上に乗っている。


 そんな僕たち一行は、この街の中でもそれなりに目立つのだろう。


 正確には、セシルさんの最初の反応から察するに注目は集めているのは、ドラっぽいような気もするんだけど、半ば連動的に僕たちにも好奇心が集中しているみたいだ。


 でも、積極的に近寄ってくるような人はいなくて、遠巻きに噂されているような雰囲気を感じる。

 うん。居心地が悪いね。


 早く宿に着かないかな――なんて思ってはいるが、セシルさんの足取りは緩やかで、さくらの質問に答えている様は観光案内人そのものだ。


 門番を任されているだけのことはあるということだろうか。


「………………」


 なんとなくその空気に乗りそびれた僕は、分担された役割を果たすことにした。

 つまりは、情報収集である。


「そんでまぁ、いくつか質問させてもらうけれど、僕たちはこれからどうなるんだい?」


 観光案内(?)の邪魔にならないように声量を抑えて、ドラに問いかける。


『煮たり焼いたりするつもりはありませんし、あなた方がどれだけの期間を滞在するのかも定かではありませんが、とりあえずは衣食住の確保をこちらでさせていただきます』


「いいのかい?」


 僕たちは無一文といっても過言ではないので、その申し出はありがたい。


 右も左もわからない状態で悪い奴らに目を付けられたら、さくらの『目からビーム』が乱射される可能性もあるし、その結果この街がどうなるかなんて考えたくもない。


 ………多分だけど、そして、これまたあんまり考えたくないんだけど、今の僕たちってかなりタチの悪い爆弾みたいなもんなんだと思うんだよね。


『正直に打ち明けますが、みなさんを野放しにする方が危険な感じですからね。近隣を徘徊している野良魔物(モンスター)に遭遇して、情け容赦なくさっきのビームを乱射されて、結界を乱されてはこちらとしても困りものなのです』


 こちらの内心と同期しているかのようなドラの物言いに、苦笑するしかない僕だった。

 んでもって、聞き捨てならないことが一つ。


「………………。こちらの認識がアレなんだと思うから、気を悪くしないでもらいたいんだけど、この街は人間・亜人種と魔物(モンスター)が共存しているんじゃないのか?」


 魔物(モンスター)? それは君らのことなんじゃあ――と面と向かって言うには度胸が必要な内容を、穏便に噛み砕いて伝える僕。


『………あぁ、成程。あなたたちはそのように解釈してしまうんですね。この誤解が早めに発覚したのは幸いですね。無自覚に余計なトラブルを呼び込むところでした』


「………………。」


『我々は魔族です』


「魔族?」


 なんかただの魔物(モンスター)よりも、ランクが上がった印象があるなぁ……。


『はい。根本的に魔物(モンスター)とは異なる存在です。より正確には、魔物(モンスター)が我々とは異なる存在と言うべきなんでしょうかね』


「へぇ……? 珍しい解釈だね」


『まず魔族についてですが、魔界に住まう意思ある種族全般を指します。スライム、ゴブリン、オーク、トロール、サハギン、ミノタウロス、ケンタウロス、リザードマン、ヴァンパイア、ドラゴン……などなど亜人種までも含めると多岐に渡りますが、言葉で説明するよりも百聞は一見にしかずでしょう。大半はこの街にも棲んでいますしね』


「まあ、確かに……ね」


 何かの物語だと不倶戴天で相容れない種族が、新鮮な野菜を挟んで商売していたりするのを見るとなんともいえない気持ちになる。


 ぴょいんぴょいんと足元を跳ねていった小さなスライムを、さくらが目をハートにして追いかけているのは、見なかったことにしよう。


『逆に魔物(モンスター)は本来ならば存在していないもので、存在していてはいけない存在を指します』


「? 悪いけど、意味がわからない」


『もう少し噛み砕きますと、世界の膿が形になったモノと言いましょうか。世界が存在を続けることで淀み、歪み、溜め込まれていく負の想念が『形』を持ち、世界を存続させている生命を刈り取る存在へと成る。生ある存在を襲うための生き物。世界を破滅へと導く殺戮機構。ただいるだけで害悪になる毒。相容れることなき絶対の敵対者。姿・形は千差万別で統一性がなく、意志と呼べるものも存在しない。ただただひたすらに生命ある者を襲う存在――それが魔物(モンスター)と呼ばれるものの正体ですからね。

 知らぬこととはいえ、同一視されては怒る者もいるでしょうから、迂闊にその単語は使わないように心がけてください』


「わかった。気をつけるよ」


 要するに、彼らは一括りに魔族と呼称されているが、エルフやドワーフと同じように種族の一環として認識されているわけなんだな。


 そして、魔物(モンスター)は相容れない敵対する存在(モノ)


 同一視したりしたら、マトモな神経の持ち主なら怒るわな。


『あなた方の常識に照らし合わせると見た目からして受け入れがたいやも知れませんが、慣れるまでの辛抱と我慢してください』


「意外とデフォルメされてるから、薄暗い夜道でいきなり遭遇でもしない限りは、そこそこまでは大丈夫だとは思うけどね」


 仮に、あくまでも仮にだけど。


 二メートル声のトロールに裏路地で背後から声をかけられて見下ろされたら、か○はめ波的な『手からビーム』をぶっ放す嫌な自信はあるけども。


 あと魚に手足が生えたみたいな感じのサハギンの群れに暗がりで囲まれたら泣く。絶対に。


『この一帯は基本的に夜ですからね。心構えは必要です』


「それも聞きたいことだけど、その前にデフォルメされてるみたいな君たちの姿がこの世界では普通なのかい?」


『いえ、私の本来の姿がああだったように、今の魔族(われわれ)の姿は共存を円滑に進めるための試行錯誤の結果のようなものです。いわゆるところの変身魔法で、魔族らしさを薄めているような感じですね』


 ふむふむ……とうなずきながら、僕は続けて問いかける。


「意思の疎通が普通に成されているのは……? 異世界なのに、日本語が標準だとは思わないというか、思いたくないんだけど


『ニホンゴ……?

 よくわかりませんが、それは通信魔法の応用ですね。魔界とこちら側はそれぞれに異なる進化を遂げていますので、言語もお互いにそう易々とは習得できないのですよ。ですので、意思の疎通を可能とする魔法が開発されて、それで会話をしているような感覚になっているのです』


「お互いの頭の中で自動的に翻訳されているようなものなのかな……?」


『そのような解釈で間違いないでしょう』


 僕が口にした『デフォルメ』とかのこちら側では伝わりにくいそうな単語も、なんとなくのニュアンス的な感じで伝わっているのだろう。


 会話に困らないのはありがたいが、多種族が入り乱れて共存するのはいろいろと複雑で大変そうだなと思う。


「それじゃあ、どうして今が『夜』なんだ?」


 朝なのに、星の瞬き一つない闇で染まった空を指差す。


『いろいろと事情がありましてね。

 ある種の結界のようなものだと思っていただけると……』


「もしかして、ある種の隠れ里みたいな感じだったりするのか、この街は?」


 含みのあるその言葉には、あまりよいものを想像できる余地がなかった。


『当たらずとも遠からじといった感じですね。人界にある全ての者が魔族(われわれ)を受け入れてくれているわけでもないですし、我らを統べる王は争いを好みません。ゆえに『外側』とは必要最低限の交流に留めているのですよ』


「でも、人間というか、この場合は人族? ……なのかどうかもわからないけれど、そっち系もかなりいるよね?」


 ちらりと見渡しただけでも相当の数だった。


『我らの王が統べる以前、そもそもの発祥は戦乱などで故郷を追われたり、当時の社会体制から爪弾きにあった者たちが寄り集まって出来たものらしいですからね』


「……へぇ。そうなんだ」


 文字通りの意味で、隠れ里だったみたいだ。


『噂が噂を呼び数多の種族が集まり大きくなっていった街で、そこに我々も加わったわけですね。詳しい歴史を離すと長くなりますので、それは後の機会に回させてもらいますが』


「うん。そうだね」


魔族(われわれ)が――いえ、この街の住人が穏やかに在り続けるには、小さな国が一つあれば十分なのですから、今の『外側』の事情には積極的に関わる必要性を感じてはいないのですよ』


「あまりいい予感のしない口振りなんだけど、その『外側』って揉めてるの?」


『戦乱と呼ぶほどではないですが……きな臭い空気が漂っているようですね』


「そうなんだ」


 ――なら、あのお姫さまもその関係なんだろうか?

 ちらりと信長に背負われている眠り姫を見やる僕だった。


『なので、不心得者が無作為に来訪しないように、我らの王が結界を敷いているのです。多少の不便はあるかと存じますが、どうかご容赦を』


 僕の肩から飛び立ち、パタパタと浮遊させながらペコリと頭を下げるドラ。


「まあ、文句が言える立場でもないし、言う気もないけどね。

 それよりも、いろいろと詳しく聞きたい話が増えたけれど、どこから聞けばいいのかわからなくなってきたよ」


 軽く肩を上下させて、長い息を吐く。


『それについては、私としても同感ですね。この場での長話は一度切り上げて起きませんか? 私としてもあなた方を宿に送り届けた後は、王に報告しなくてはなりませんし、おそらくは謁見をしていただく必要もあると考えています。

 私などの拙い説明よりも数多の有識者のいる場で、疑問を解消するのがよいと思いますが……どうでしょう?』


「年配のお偉いさんに囲まれた状態で、受け答えが出来るほどの社会経験は僕たちにはないんだけどねー」


『左様ですか。では、それらも踏まえて上手い方法を考えておきます』


「よろしく頼んだよ。

 んで、今後の予定だけど、その謁見とやらまで僕たちはどうしていればいいんだい?」


 僕は大人しくはしているつもりだけど。

 他の二人、特にさくらは必要に応じて釘を刺しておかないといけない。


『これから案内する宿でゆっくりしていてください。

 多少の時間は必要かも知れませんが、報告を済ませれば、ひとまず戻ってきますので』


「わかった。そうさせてもらうよ」


『セシルを側に置いていくので、いろいろと話を聞くのもいいでしょう』


「いいのかい? 仕事の邪魔になるんじゃないのかな?」


『現状での最重要な仕事は、異邦者であるあなたたちの監視と警護ですからねぇ……』


「身も蓋もないこと言われた」



 ● ● ●



 そんなこんなで宿に到着した。


 ドラは城のある方へと飛び立ち、僕たちはセシルさんの手引きで個室が用意されたので、僕は部屋にこもることにした。


 さくらと信長は観光案内の途中だったようで、部屋に入らずにセシルさんを捕まえてアレコレと質問をしていた。


 ちなみに、お姫さまはさくらの部屋のベッドの上でまだお休み中だ。


 セシルさんの観光案内の内容は僕としても気にはなっているのだけど、宿までの道中のほとんどをドラとの会話に費やしてしまったので途中参加をしてもなにがなんだかわからないだろうと判断した。


「………………………」


 とりあえず、備え付けの机に座り、メモ帳らしき紙の束を手にとり、備え付けらしいペンとインクを並べる。


「よしっ!」


 気合いの入れる意味で声を上げた僕は、頭の回転速度を上げていく。


 なにはともあれ考えるのが仕事と言われたからには、それを全うするのが僕たちの身の安全にも繋がるはずだ。


「まずは……」


 これまでに得た情報を纏めて、細分化し、仕分けして、幻想世界(フアンタジア・ワールド)に対する仮説を立てていこう。


「それに、最低限でも身を守る手段は必要だもんなぁ……」


 とにもかくにも自衛の手段を確保しておかないとどうにもならない。


 不幸中の幸いで、設定を現実化できるらしいので、そこら辺の検証と実践に付け加えて、それぞれにあった能力を早急にピックアップしていく必要もある。


 現状でもさくらの『目からビーム』は強力だし、僕の『静謐なる刃(サイレント・エツジ)』も立派な武器として成立するのは確かだ。


 しかし、制御の仕方のわかっていない『強力な力』なんてものは、起爆スイッチに手をかけた状態で持っている爆弾と大して変わらない。


 ほんのちょっとの油断や慢心が取り返しの付かない暴発を招く可能性はかなり高い。

 考えることは多いが、僕はわくわくしている。


「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! やったるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 気合いの入った咆哮を上げて、僕は思考(じぶんせかい)に没頭していくのだった。







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