第二章 目覚めれば―③ 『目からビーム☆』
質問③ ドラゴンに前触れなく遭遇しました。
レベルが不明状態のあなたはどうしますか?
答え・義弥「逃げる!」
さくら「目からビーム☆」
信長「死んだ振り♪」
● ● ●
振り下ろされるドラゴンの前足。鋭い爪が空気を切り裂きながら迫る。
幾許の猶予もなく即死祭りが展開されるその刹那に、さくらは自信満々に、高らかに声を張り上げた。
「目からビームっ!!」
「「そんなバカなっ!?」」
あまりに意表を突かれると、逆に目を閉じることさえ出来ないのだと知った瞬間だった。
故に――
僕はその後の顛末の一部始終をしかと見届けた。
まず第一に、さくらの翡翠色のカラーコンタクトをしている右目から、それと同色のビームが発射された。ビームの大きさそのものはさくらの目と同じぐらいだったと思われるが確かじゃないし、ぶっちゃけ冷静に見てられるような精神状態ではなかった。
よく考えてほしい。
幼なじみが目からビームを発射した。
大事なことなので強調してもう一度。幼なじみが目からビームを発射した。
………………………………………………マジで?
実際に目にしておきながらも信じられないが、現実(?)は現在進行形で僕の常識を侵食していく。
信長も棒立ちで目と口を丸くしている。
ズビームみたいな効果音で発射されたビームは、ドラゴンを袈裟懸けに薙いでから、射線上にあった岩壁までをも切り裂いてから消失した。
静寂は一瞬。
直後に『ズオガドドォォオオォォンッ!!』みたいな感じの爆音が響き渡った。爆発が生じたのが先だと思うが、ほとんど同時だ。視界が一瞬だけ赤く染まったかと思えば、爆発で発生した衝撃波に吹き飛ばされた。足元がふわりと浮いて、突き飛ばされたかのように後ろにゴロゴロと転がっていく。呆然自失としていたのだから、とっさに頭を庇うのが精一杯で成す術もなかった。
それは信長も同様で、思い切り真後ろに薙ぎ倒されたかと思えば、後転するように転がっていた。
視界が爆煙飲まれる寸前に、変わらぬ体勢のままでいるさくらの姿を見た。
パラパラと上から降ってくる大小無数の石つぶて。余韻のようにわずかに揺れている地面。
やがて。
視界を覆っていた煙のカーテンが晴れた時、巨大なドラゴンの姿はキレイに消え失せていた。
「ふっ。ヴィクトリィ~♪」
バサァッと格好よくマントを翻しながら、満面の笑顔でVサインを無様に転がる僕たちに向けるさくら。
「………………え? マジで?」
それは僕も同じ気持ちだ、信長。
さっきからいろいろと思考とセリフがループしているような気がするが、いやどーしろと。
異世界っぽいところ(洞窟)に迷い込んだかと思えば、ドラゴンに遭遇し、幼なじみが目からビームを出して撃退っ! 超スゲェッ!
それで目が覚めるのはいつ? みたいな感じだよ。
いや、正直に打ち明けるとかなりドキドキしている部分もあるし、少しだけワクワクもしている。それは認める。だけど、情報が圧倒的に足りない今の状況では、〝考える〟のが僕の仕事だ。
夢が叶ったと無邪気に喜ぶのは、しばらくはさくらに任せよう。
「大丈夫?」
間抜けな体勢のままで考え込みすぎていたのだろう。
いつの間にか倒れたままの僕に、興奮を隠そうともしていない面持ちのさくらが手を差し伸べてくれていた。
「………うん。大丈夫だよ。問題ない。信長は?」
「俺も大丈夫だ」
信長は僕よりも後ろに転がっていたが、制服が汚れているくらいで目立つようなケガがあるようには見えなかった。
一足先に立ち上がった信長が、勢い込んで駆け寄ってくる。
「つーか、それどころじゃねぇだろ。今のはなんなんだ、さくらっ!
いつの間にあんなびっくり隠し芸――よしやんの記念すべき黒歴史の一ページ目の必殺技を使えるようになったんだ」
「一言余計だよ」
ぶつぶつ呟きながら、さくらの手を借りて立ち上がる。
「うぅ~ん。なんでだろうね?」
「「……はぁ?」」
間の抜けた声が出た。
「使えるよーな気がしたから、やってみたの。そしたら、ホントに出たからびっくりだね♪」
握った拳で側頭部を『こつん♪』とやりながら、ちょっぴり舌を出すさくら。
本当にそんなに静かなものなのかは知らないけども、深海の底のような沈黙が場を埋め尽くした。
「「………………」」
僕も信長も、さくらの発言内容をしばらく頭で理解できなかったんだ。
さくらは突然の沈黙に首を傾げている。
「え?」
「それってつまり……」
「どゆこと?」
「全くの無根拠で、あのドラゴンの前に出たってことか?」
「なんかできそーな気がしたんだから、全くの無根拠じゃないよ」
「いやいやいや、その程度であのドラゴンの前に立つって………俺には無理だぞ」
「僕にも無理だ」
「でも、ビーム出たし」
「「それが一番の不思議だ」」
「なんでだろーね? うぅ~ん……」
三人でしばらく首をひねるが、ふとさくらが再び横ピースをしながら、息を吸い込んだ。
「手加減した目からビームっ!」
再び発射されたビームが、岩壁に当たった。
ボンッとかんしゃく玉が破裂するような音が響く。
「「………………」」
「でも、やっぱり目からビームが出るよ」
しかも、ちゃんと手加減されていて、極端なまでに威力が減衰している。
「もしかして、目からビームが出るのが普通の世界なのか?」
いや、それだとさくらの目からビームが出る理由にはならない。
ここは僕たちのいた世界ではないとしても、だからといってその世界の法則が僕たちに適用されるわけではない……はずだ。
ある種の技術ならばともかく、何もしていないのに体質が変化するとは思えない。
故に。
仮説を組み直すならば――
「………というよりも、目からビームが出るようになる世界なのか?」
「嫌な世界だな」
僕の仮説に対して、信長のバッサリとした一言。
うん。僕もそう思う。
あくまでも仮説だし、そもそもからして本当にそうだと思っているわけでもない。
「ちょっと試してみようか」
「「試す?」」
「うん。目から――」
顔の横でピースをしながら、片目を閉じる。
内心で『そんなバカな』と思いながらも、大きな声で高らかに叫ぶ。
「ビ―――――――――――――――――――――ムッ!」
し~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。
そして、何も起きなかった。
まさかそんなと思いながらも、一握りの期待はあったために声に力が入っていたのが今となっては途轍もなく痛々しい。
この虚しさと切なさと、必死に笑うのを我慢しようとしつつも漏れ聞こえてくる「くすっ」とか「ぷふっ」とかの幼なじみたちの失笑で傷つく胸の痛さがマジで半端ない。
………………いや、なんか死にたくなってきた。なんだこれ。恥ずかしいとかそんなんじゃなくて、なんかもう今すぐ死にたい。
「うわあぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!」
その場に手を付いて、地面に何度も頭を打ち付ける。
新しい黒歴史が生まれた瞬間だった。
「………だ、大丈夫だよ、よっしー?」
目からビーム出した幼なじみに、目からビームが出せなかった僕が慰められる。
軽く精神崩壊しそうな過酷な現実だった。
誰か僕を優しく殺してくれ。
「あっはっはっはっはっはっはっはっ。ひぃ~ひっひっひっひっひっ………くふっ………ぷはっはっはっはっはっ」
その前についに腹を抱えて笑い転げ始めた信長は道連れにしてやる。
閑話休題。
「まあ、とりあえずは、あの女の子をなんとかしないと……」
「そーいえばそうだな。すっかり忘れてたよ」
さくらの『目からビーム』のインパクトが強すぎて、そもそもさくらがドラゴンに挑んだ理由を忘れていた。
「変な巻き添えを食らってないだろうな。
そこそこ崩落してたような気がするんだが」
「急ごう」
改めて、竜の住処に足を踏み入れる僕たち。
主であるドラゴンの姿がなくなるとやけに殺風景な空間になったような気がする。目からビームの影響か、骨の山も随分と崩れてしまっていた。
どんだけ威力があったんだよ。
とりあえずは、お姫さま(仮)の元へと急ぐ僕たちだったけれど、その途中で変なものを見つけた。
「なんだこいつ?」
「ぬいぐるみ?」
さくらが言うように、ちょっと大きいサイズの可愛い系にデフォルメされたドラゴンのぬいぐるみっぽいのが仰向けで転がっていた。ピクピクと痙攣しているので、これはぬいぐるみというよりも――
「もしかしなくても、さっきのドラゴンじゃないか?」
ちょうど『目からビーム』で薙がれたところが焦げているので間違いないはずだ。
「急に小者っぽくなったが、サイズまで小物にならなくてもよかろーに」
「そーゆーノリじゃないと僕は思うよ」
「でも、可愛くなったね」
そーゆー問題でもないと思うが、大して気にした素振りもなくドラゴン(小)の腹をツンツンと突つき始めるさくら。
どうも興味が移ってしまったようなので、信長に『眠り姫を頼む』と目配せをする。
「わかった」
ひらりと手を振り、歩き出す信長。
ないとは思いたいが、念のためにドラゴンの奇襲を警戒する僕。
『……う……ぐむぅ……』
さくらのツンツン攻撃(?)が効いたのか、ドラゴンが呻く。なんとなくさっきまで聞こえていた
『声』よりも幼くなっているような気がしないでもない
『――ハッ!?』
パチッとつぶらな瞳を開いたドラゴンが、屈みこんで覗き込むようにしているさくらとお見合いをする。
数秒の間。
『ぎゃあぁぁああぁぁあぁぁぁっ!?』
絹を裂くような悲鳴を上げたドラゴンが翼を広げて逃げようとしたが、ふわりとわずかに浮いた直後にさくらの手刀で叩き落される。
『げぶっ』
「どこ行くの?」
ドラゴンにはいい印象を持っていないのが現状なので、さくらの声はちょっとしたお叱りモードで低い感じになっている。
叩き落されたドラゴンは、地面の上でしばらくジタバタしてから縮こまった。
『すいません。マジすいません。なんか調子に乗ってごめんなさい』
向こうからケンカを売ってきたのに、パンチ一発で返り討ちにあって即降伏したチンピラみたいな感じである。
僕らが悪者みたく思えてくるくらいにザコっぽい。
『………というか、今のはやりすぎだと思いますよ? こっちとしてはちょっとびっくりさせるだけで当てるつもりなんか全然なかったのに、こっちの総魔力の八割を消し飛ばすような魔術をぶっ放すなんて……。そりゃあ、私も前の連中のせいで気分が荒んでいたんで、多少は必要以上に怖かったかもしれませんけど。だからって………』
しかも、恨みがましくブツブツ言ってくる始末だ。
なんかこう口調まで変わって、ますます雑魚臭が増していく。
なんか切なくなるから、そーゆーの止めてほしい。
「あんな小さな女の子を食べるような悪い子には相応のお仕置きだと思うけど?」
『そもそも、そんな気ないんですってば……』
ため息を吐くドラゴン。
「どうにもこうにも、いろいろと誤解が積み重なってるみたいだね」
仲裁に入る僕。
『こっちがそういう説明を省いたせいでもあるんでしょうけどね』
「こっちとしても知識不足で、自分たちがどこにいるのかすらわかっちゃいないんだよ」
『………………もしや、あなたたちは『異邦人』なんですか?』
「………イホージン?」
聞き返すさくら。
僕はようやくそれっぽい単語が出てきたので、内心で安堵の息を吐く。
「それさえもわからないのさ。だから、いろいろと教えてくれないかな?」
『………………』
ドラゴンはわずかに迷うような素振りを見せた。
「さくら」
「うん」
僕はにっこりと微笑んで呼びかける。
心得たもので、さくらはにっこりと邪悪に笑ってから『目からビーム』のポーズ。
青ざめて青竜になる赤竜。
「「教えてくれるよね?」」
『わかりました。何なりとお聞きくださいませ』
絵的に表現すると全身汗だくみたいな感じで、恭しく頭を垂れるぬいぐるみドラゴン。
「素晴らしい連携の脅迫を見た」
お姫さまっぽい女の子をお姫さま抱っこした信長が、呆れた風に言っていた。
「人聞きが悪いな」
「お願いしただけだもん」
僕たちは悪びれずに堂々と言った。