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第一章 僕たちの日常―① 『夏のある日』






 質問① あなたは異世界に行きたいですか?


 答え・義弥「はい!」

    さくら「ハイ☆」

    信長「HAI♪」


 究極的には、その質疑応答が全てな物語。



 ● ● ●



 まずは全ての発端となった日(多分)を振り返ろう。


 季節は夏。

 時期は夏休み。


 一学期最後の期末テストを赤点無しで乗り切った幸運を神様に感謝して――主に信長が――楽しい楽しい長期休暇を満喫していた八月初旬。


「よっしー♪ あ~そ~ぼ~♪」


 眠りの底にあった意識が浮上を開始したのは、カーテンに閉ざされた窓の外から聞こえてきたその遠慮のない大きな声のためだろう。


「……ふぉ………っ」


 机に突っ伏する形で眠っていた僕は、変な声を出しながら頭を起こす。

 寝起き特有の茫洋とした意識のまま、無意味に首を左右に振る。


 そうこうしていると。

 ピンポーンと呼び鈴が鳴り、玄関のドアが開いて閉まる音が続く。


 パタパタパタ………と軽い足取りの主は母さんだろう。


「あら、お母様、今日も美しいですね」


「あらあら、桜花ちゃんも今日も可愛いわね。そのオッドアイ、素敵よ」


「ありがとうございます♪」


「相変わらず知らないとお姉さんにしか見えませんね」


「あらあらあらあら、信長くんもお上手ね。愚息のお小遣いいる?」


「………………」


 おい。おい待て。

 僕の小遣いの価値が軽すぎるだろそれはっ!?


 おばさんとか言ったら夜叉になるくせに、半ば強制的に言わせてるくせに、それで何故僕のお小遣いが犠牲になるんだっ!?


 突っ込みながら、ようやく意識が完全な覚醒へと全力ダッシュを開始する。


 その場にいるわけでもないのに制止しようと腕を伸ばして、不自然な体勢になった結果、椅子から転がり落ちる。


 痛い。


「是非とも頂きます」


「はい。どうぞ」


「ありがとーございまぁすっ♪」


 だから待て。待ってくれ。

 痛くて声の出せない僕は、フローリングの床の上をバタフライみたくバタバタする。


 くそ。焦りのせいで立ち上がれない。


「ところで、よっしーはどーしてますか?」


「まだ起き出してきてはいないわね」


「お邪魔してもいいですか、お母様?」


「どーぞどーぞ。遠慮なく気がすむまで遊んでいってね」


「「お邪魔しまーす♪」」


 綺麗に重なった二人の声。

 次いで、ドタバタと階段を駆け上がってくる。


 その手の音って案外と響くからもう少し大人しく移動しろといいたい。

 間を置かずに元気よく短い廊下を疾走したさくら(確信)が、ドバンと僕の部屋のドアを開け放つ。


「御用改めである。神妙にしろ――って、よっしー、なにやってんの?」


「床の上をクロールで泳いでいるようにも見えるな」


 続いて、こちらはゆっくりとした足取りで部屋の中に入ってきた信長が、やや呆れた風な顔で言う。


階下(した)から聞こえてきた不穏な会話に焦って()けたんだよ。悪かったな」


「もうよっしーったら、うっかりさんなんだからぁ……。

 気をつけないと、ダ・メ・だ・ぞ?」


 僕の目の前に屈み込んださくらが、笑いながら軽くデコピンしてきた。


 どうでもいいけど、結構なミニスカートでそんな風に屈み込まれるとモロにパンツが見えるんだけどな。


 ………………………………………白、か。

 朝っぱらから眼福です。ごちそうさまでした。


「へいへい。気をつけるよ」


 いい加減に床に横たわっている理由もないので、ゆっくりと起き上がる。


 机に突っ伏して寝てたせいか、少し身体のアチコチが軋む感じがした。

 寝落ちしたから仕方がないわけだけど、やっぱりちゃんとベッドで寝るようにしないとな。


「とりあえず、まずは僕のお小遣いを返せ」


「ちっ! 聞こえてたのかよ」


 舌打ちすんな。

 期末テストで赤点から補修のコンボを免れたのは、誰のおかげだと思ってんだ。


 徹夜で勉強に付き合った僕とさくらと兄貴(←近所の面倒見のいいお兄さん)のおかげだとちゃんと理解してるのか?


 ………………まあ、最終的には僕とさくらは遊んで、力尽きて寝たけど。


「ほらよ」


 信長が手に持っていた喫茶店のモーニングセットみたいなのが載ったトレイを渡してくる。


「これは?」


「お前のお小遣いと称して、葵さんに渡されたもんだよ。残念だったな。たった一食で来月のよしやんは無一文らしいぞ」


「お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 魂の咆哮。


「冗談よ~~~~~♪」


 階下から朗らかでお茶目な声。

 起き抜けに心臓に悪すぎる悪戯は止めて欲しい。


「とりあえず、先に顔とか洗ってくるよ。

 悪いけど、机の上に置いといてくれるか?」


「わかった」


「よっしー、わたしたちは?」


 カーテンを引いて、窓を開けたりしているさくら。


「好きにしててくれ」


「オッケー♪」


 着替えを片手に僕は部屋を出た。



 ● ● ●



「よっしゃーっ、きたコラァッ!」


『剣聖の一閃――っ!!』


「語られざる英雄の至高の剣の前に安らかに倒れるがいいっ!」


「ふふふ。砂糖菓子のように甘い甘い。ほいっとね♪」


『その程度の攻撃に当たるとでも?』


「あれ? え? ちょっと待ってなにそれなんで避けんの!?」


「原作では絶対不可避でも、対戦ゲームでそれやったらただのチートだから、そりゃ普通に避ける手段はあるってば」


「フルゲージの超必で決めさせてくれるのは慈悲だろっ! お前には優しさはないのかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「戦場での甘さは即死に繋がるのよ。安心して、あなたの願望はわたしがちゃんと叶えてあげるから」


「え?」


「隙ありっ!」


『今こそ俺の全てを曝け出す。この狂おしい飢えを満たしてもらうぜぇぇぇっ!!』


「うおぉぉおおおおぉぉおおっ!? ま、まさか、その業は――っ!!」


『はぁっ!』


『うわあぁぁぁぁぁっ!?』


「そこで意味もなく超必をキャンセルして、小パンチはありえねーだろ――――っ!?」


「てへ♪」


「しかも、KO負けだとっ!? しょ、ショボすぎんですけど―――――っ!?」


「信くんにはぴったりだね?」


「どーゆー意味だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 対戦ゲームで盛り上がっている幼なじみの賑やかな声を右から左へと流しながら、僕はネットの海を巡回する。


 ニュース系サイト。大型掲示板のお気に入りスレッド。最近では中二病心を巧みにくすぐるサイトの巡回先も増えている。


 いや、まだ中学二年生になって日が浅い僕からすると、先達のみなさんは実に業が深いと思うね。行き過ぎて――逆に逝ってしまった人たちのは苦笑すら浮かばないパターンもあるが、意外と親切でノリのいいサイトも多い。


 おお。同好の師よ――なんて、また一つのサイトがお気に入りに追加される。


「ふむ」


 体重をかけた背もたれが鈍く軋んだ。


 昨晩は趣味の方に時間を費やしていたので、その分の巡回コースを回ったところでとりあえずは一段落。


 視線をモニターから、またギャーギャー騒ぎながら対戦ゲームに興じている幼なじみたちに向ける。


「なーにー?」


 視線を感じたのだろう。

 ポッキーを食わえたさくらが肩越しに振り返る。


 当然のようにコントローラーを持つ手がシュババッと動き続けているのがすごい。


「いや……」


 真部桜花――僕はなんとなく『さくら』と平仮名っぽく呼んでいる。


 艶やかな長い黒髪が綺麗な、幼なじみの贔屓目を抜きにしても美少女だ。

 基本的に言動は普通だけど、弾けるとその限りではない。


 いつもハイテンションで、あんまり人の意見を聞くタイプじゃない――というか、先頭に立って引っ張っていくタイプだ。


 リーダー気質とも言える。

 ただし、中身は絶賛中二病。


 ………………う~ん。いや、さくらは中二病じゃなくて、嬉々として僕たちのお遊びに付き合ってるみたいな感じだから、厳密に言うと違うのかも知れない。


 無邪気に信じ込んでいるのと自分世界を構築して妄信するのは似て非なるものだと解釈するなら、前者がさくらであり、後者が僕なので、なかなかに解釈が難しい。まあ、どうでもいいという人が大半だろうけれど。


 もっともファッションセンスは絶賛中二病と言うべきなんだろうね。うん。


 今日も今日とて。


 右目に翡翠色のカラーコンタクト。髪型もよくわからないけど、なんかマンガとかでありそうな感じの纏め方をしている。白と黒のゴスロリ衣装の上に桜色のストールを撒いて、動くのに邪魔にならない程度にアクセサリーとかも『装備』されている。多分、靴も編み上げブーツみたいな感じだろう。


 おまけに、本日は大きな旅行鞄を持参しているので、もしかしたら『新装備』のお披露目(フアツシヨン・シヨー)もあるかも知れない。


 一時期は眼帯とか包帯とかに嵌っていたのだが、それが絶頂期に至った時の格好が交通事故(大惨事)みたいな惨状になっていたので、僕と信長の根気強い説得――土曜の夜から日曜の朝まで――でそれは止めさせたのである。


 かくいう僕も指の出てる手袋を愛用している。しかも左手だけ。

 ………確か、ハーフフィンガーグローブって名称だったっけ?


 ぶっちゃけると意味ねーなとか思うけど、不思議と中二的には大好物なんだ。こーゆーの。


「相変わらず信長が弄ばれてるな、と」


 画面を見ていないさくらの操るキャラクターに、信長のキャラクターが蹂躙されている。


 バスゴスドカバキゲシグシャァァァッドサ………。


 KOという勝利宣言が、また一つの勝敗を明らかにした。


「ふっふっ♪ この程度の実力で、このわたしに挑むなど、信くんの魂は翳りすぎていると言う他無いね♪」


「くっそ~………俺の腕が足りないばかりに英雄様が蹂躙されちまってやがる。ただでさえ語られないなんて影が薄い設定なのに、これで黒星まで付いたらホントにどうにもならないじゃないかっ!?」


「原作でも人生という意味ではわりと負けっぱなしだったという事実が明かされたけどね」


「切ないことを言うなよぉぉぉぉっ!?

 俺、あの過去話で号泣したんだぞぉぉぉぉぉっ!!」


 ム○クの叫びみたいな感じになる信長――尾田信長。


 名前が超惜しいと評判の幼なじみ。

 というか、親は絶対に狙っただろうというのが僕らの共通認識。


 容姿は平凡で茶髪。勉強に関しては壊滅的な頭脳。一人の時の(・・・・・)逃げ足は速いけれど、腕っ節はからっきし。でも、落ち込むことを知らない底抜けの明るさと前向きさで、今日も君は僕らのムードメーカーさ♪


 近所の子供にもバカと呼ばれながらも大人気。

 こんなやつが友達だと毎日が楽しそうと思わせてくれるタイプだし、実際に毎日がホントに楽しい。


 ちょっとした意見の相違でケンカして、『もうお前とは絶対に喋らねーかんな』とか言ったその日の深夜には、視聴後のアニメの意見交換会が普通に開かれるレベルだ。


 信長はどちらかというとオタクかな。

 アニメ、マンガ、ラノベ、同人誌、ゲーム、フィギュア、その他初回特典の申し子だ。


 こいつの家に遊びに行くとそういうのがゴロゴロしているので、マジで退屈しない。


 武将シリーズ(信玄(ちようなん)謙信(じなん)幸村(さんなん))な四人兄弟の末っ子で、長兄がそういうタイプだったのが、信長にも自然に感染していったらしい。


 文字通りの意味で四天王の一番手みたいな立ち位置(ポジシヨン)なのである。


 現に今の尾田家は、家族総出でオタク街道をまっしぐらである。社会人の傍ら同人作家も兼業している謙信(けんしん)さんは、コミケでも余裕の壁サークルだとかなんとか。


 布教活動の一環で某アニメのブルーレイボックス(約五万)を、信玄(しんげん)さんが小学生(二年)に気前よくプレゼントしてくれた時は素直にうれしかったのだが、その値段の価値(イミ)を知る年頃になると恐縮したものである。


 返そうとも思ったのだけど、ボックス本体にあった小傷が気に入らなくて買い直した物だから気にしなくていいと言われた。あとでがんばって探したのだけど、僕にはその小傷は発見できなかった。教えてもらってもわからなかった。


 嘘を吐いているのではないかと疑って、信長に確認も取ったのだが「うっかり落として絶叫してたから、傷があるのはホントだと思うよ」とのことだった。


 常人には発見できない傷でも許せなくて、新品を購入する。

 ………………オタクの金銭感覚の壊れっぷりを実感した思い出(メモリー)である。


 まあ、今は僕もそっち側に限りなく近いけど。


 ――というか、僕たちの中二病の根本的な感染源は間違いなく尾田家である。


 さておき。


「それはわたしもそうだけど、それとこれとは話が別よ。

 原作では遂に叶わなかった夢の戦闘(バトル)――かつての因縁の清算を今ここでっ!」


『――さぁ、我が焦熱の轍となるがいいっ!!』


『うわあぁぁぁぁぁっ!?』


「だから、俺たちの英雄様を踏み躙るなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


「勝負の世界に情けは禁物ぅっ♪」


 いつの間にかゲームが再開されて、信長の操るキャラが無惨な蹂躙を受けていた。これは信長が下手というよりも、さくらの実力が神がかっていると判断するべきだったりする。


「じゃあ、天災(・・)のお姫様でリベンジじゃぁぁぁぁぁっ!!」


「だったら、わたしは英雄様を選択っと♪」


「だから、その選択は鬼畜だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 原作を大事にしたいらしい信長の気持ちを、爽やかな笑顔で踏み躙るさくら。

 悪意はないのだろうけれど、頭を抱えて目の幅涙を流す信長の反応を見ると惨いと思ってしまう。


 ………おっと、いかんいかん。

 かなり脱線した思考を軌道修正する。


「ところで、今日の予定は決まってるのか?」


「ううん。別に。よっしーの家でひたすら遊ぶことしか考えてないよ。

 あ。もちろん、希望があるなら外出もオッケーだよ」


「じゃあ、一日中家の中ってのもあれだから、散歩も兼ねてア○メイトまで行くか?」


 シュバッと挙手する信長。


「いいよー♪」


「そうだね。僕もいろいろとチェックしておこうかな」


 最近はこもりがちだったので、チェックに行くついでに外の空気を吸っておこう。


「いつ、行くの~?」


「昼を済ませた後でいいんじゃないか」


「そうだね」


「ちなみに、何か食べ物は持ってきてるのか?」


 二人は揃って、首を横に振る。


 まあ、ここで縦に振られても困るんだけどな。

 どうせ、母さんはその気になってるだろうし。


「なら、母さんに三人分の昼食を頼んでおくよ」


「「ゴチになりまーーーす♪」」


「ただし、食べる時はちゃんとリビングでみんな揃ってだ。わかってるとは思うけど、母さんはそれだけは譲ってくれないからな」


「「わかってま~~~す♪」」


 気持ちのいい返事を背中で受けて、僕は母さんにその旨を伝えに行くのだった。







 信長の紹介が、いつの間にかいろんな意味で尾田家スゲェェェェェになってた。ある意味においては理想の家族だと思う。

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