第三話の三
え~、そんな訳で、ようやく調理に入れそうな感じです(長かった・・・・)。
「村長さん、こりゃぁ一体、何なんだべ?」
おやつを食べに、三々五々で集まり始めている農夫の一人が村長に声をかける。
ルナ達が、村で最初に会った農夫だ。
「あぁ・・・・何でも、ポテトを食べられるようにできるかもと言うので、確かめる為の準備をしている所だ」
「え?ポテトって、食べた奴の中で、吐いたり腹痛起こして寝込んだ奴が出たアレっすよね?」
「そうだ。『確認してみないと』とは言っていたが、客人の予想通りなら、症状を起こさないようにできるらしい」
「にわかには、信じがたい話ですねぇ。ポテトを食べた以外に共通事項がなかったから、ポテトを食べるの中止して、栽培中のものも処分したのに・・・・」
「まぁ、とにかく、ポテトでも何でも食料不足を解消できるなら、何でも試して損は無いと思う。彼らが試す分には問題ないから、試して貰おうじゃないか」
「はぁ・・・・村長さんがそう言うなら・・・・」
「それより、テーブルにおやつを並べておいたから、好きに取りなさい。今日のおやつはパンとシチューだが、姫様が来られたので、滅多に出さないベーコンとソーセージ、ザワークラウトなんかも追加でメニューに加えたぞ」
「え?本当っすか?姫様、万歳っすな。じゃ、早速・・・・」
村長と話をしていた農夫は、嬉しそうにいそいそと食べ物が並べてあるテーブルへと歩いて行った。
「・・・・と、まぁ、こんな感じでしょうか。ここまでが、ポテトの下拵えになります」
食べ物を置いたテーブルとは別に持ち出してきたテーブルの上で、村長夫人以下数名の主婦達によるジャガイモの皮剥きの実演が終わった所だった。
それを黙って見ていたユウとレイは、二人共左手で右肘を抑え、右手で顎を軽く摘まんだ姿勢を崩さないまま佇んでいた。
ちなみにテーブルは、都合五つ程に増やしある程度間隔を空けて並んだ竃の前に―――ユウとレイが余裕を持って立てる空間を空けて―――平行に三つ並べてある。これで大体竃が並んだ幅と同じ位で、ジャガイモの他、調理用具や食材が手狭気味に置いてある。
取り敢えずレイの要望に応えた村長夫人の指示で、台所にあった持ち出せる器具や食材をほぼ全部持ち出してきた結果だ。
「・・・・・・・・これは、あれだね、ユウ」
「そうだな。予想通りと言えば、予想通りだな」
二人は顔を見合わせて頷き合ってからゆっくりとテーブルの縁近くまで歩み寄ると、おもむろにジャガイモを一つ手に取る。
「ユウとレイ、予想通りとは、どういう意味じゃ?」
小首を傾げて、ルナが質問する。
「え~っとね、姫、ジャガ・・・・ポテト食べたら身体が不調になったってやつだけど・・・・症状を聞いて、レイと同じ予想はしてたんだけど・・・・」
「予想してたのとズバリドンピシャリだった訳だ、お嬢。だから原因を取り除いて、普通に食べられるようにできるよ」
「ホントか!」
「ってか、お嬢。ジャガイモ、普段食べてなかったのか?」
「む・・・・うむ。父の知己は栽培を皆に奨励して食べておったのじゃが、宗教絡みで少しばかりのぅ。『大っぴらに食べないでくれ』と、神父が教皇庁の通達と板挟みになって懇願してきての・・・・」
「あぁ~・・・・何となく分かるわ~。上からの通達で組織人としては従わなきゃいけないんだけど、現場じゃ通達の指示に従える状況じゃなくて、でも従わなきゃいけないし・・・・って言う、いわゆる二律背反な状態だな。片や『食べるな』って言う指示ってゆうか命令と、片や『食べないと餓死しちまう』って言う現状の間に挟まれて、神父さんとやらは随分胃を痛めたんじゃない?」
「レイ、よく分かるのぅ。懇願しに来た時の神父は、ずっとお腹を抑えておおったわ」
「だろうねぇ~。管理サイドと現場サイドの意見の相違ってのは、一定以上の大きい組織ではいつでも何処でも不変のモノだからねぇ~・・・・だから、『大っぴらに食べないでくれ』ってお願いしかできなかったんだろうなぁ~。分かるわ~」(しみじみ)
「何じゃレイ、お主にもそういう経験があるのか?」
「だいぶ昔にね・・・・」
「そうか・・・・お主もその歳の割に苦労しているようじゃの」
「んな訳ないだろ、レイ。まだ学生しか経験してないお前がそういう事言って、姫を混乱させるなよ」
「・・・・てへぺろ☆」
「なっ!また、ボケるとか何とかいうやつか・・・・真面目に同情しかけた私の心情を、どうしてくれるのじゃ!」
「まぁ、細かい事は気にするな、お嬢。神父さんに同情する気持ちはホントだから」
「・・・・まぁ、良い。で、ポテトの何処が原因だったのじゃ?」
「あ~・・・・その前に聞きたい事があるんだけど、このジャガイモなんだけど、どんな料理にして食べてた?」
「?・・・・村長夫人、答えて貰って良いかの?」
「はい。今までは、茹でたり蒸したりした後に潰して塩で味付けしたモノとか、そのまま食べるとかしてます」
「・・・・・・・・他は?」
「後はせいぜい、マッシュポテトにするとか、茹でたポテトをベーコンなどと一緒に炒めて塩で味付けして食べるプロシア風の食べ方はありますが・・・・それ位でしょうか」
同意を得る為か、村長夫人は周りを見回し、周りに居た手伝いの主婦達も頷き合う。
どうやら、本当に食べるメニューはそれだけのようだ。
とは言え、開墾などの作業でほとんどの労力を取られている(と思われる)この村では、調理にかけられる手間がそれほど取れるはずもなく、メニューの少なさもむべなるかなである。
「・・・・・・分かりました。ではこれから簡単に原因と予防法を説明させて貰いますが、その後、ついでに今村長夫人に言って貰った料理以外のジャガイモ料理を紹介させて貰います。希望する方は説明後、実演させて貰うので、この場に残って下さい」
レイの言葉に、村長夫人を始め主婦の全員が承諾の意味で軽く頷く。
「・・・・よし。そんな訳でお嬢、試食係一号をよろしく☆」
「何故、私なのじゃ?」
「理由は簡単。まず上の人から実践しないと、下の人は実感として納得しないでしょ。それにこういう事は、人の上に立つ者の義務だろ?」
「まぁ・・・・そうじゃの」
「姫様・・・・少し軽率では?」
「村長夫人、気遣いはありがたいが、無用じゃ。この者の言う事は、一理ある故な」
「・・・・姫様が、そう仰るなら」
「ではレイ、始めるがよい」
ルナの言葉に促されて、レイはおもむろにまだ皮をむいてない―――芽が少し出て、皮が緑になった部分がある―――ジャガイモを一つ手に取った。
「んじゃ、サクッと始めます・・・・まず、このジャガイモですが、よく見て下さい。 ハイ、ココとココとココとココとココとココ。芽が出てる部分と皮が緑に変色してる部分があるでしょ?実はこの部分に、毒が形成されてます」
ざわっ・・・
あっさり言い放つレイの最後の言葉に、主婦達は一瞬ざわつく。
「あ~、毒と言っても、結構な量を摂取しなきゃ、頭痛や腹痛を起こしたり、嘔吐したりと、食中毒にはならないから大丈夫。ただ、本当に大量に摂取すると脳に浮腫が生じたり、小さな子供だと死んだりするから、注意だけはしといてね。んで、毒の成分はソラニンとかチャコニンとかのポテトグリコアルカロイドって名称だけど、主に日光に当てると生成されます。なので、保存する時は必ず摂氏五℃以下・・・・冬の寒さが維持できる位冷たい冷暗所だと長期間保存できます。あと、各家庭で数個程度の少量を保存する場合、リンゴなんかを一緒に袋詰めして置いとくとリンゴの香気成分のおかげでジャガイモの発芽が抑えられるから、一緒に保存するのが良いってのは豆知識だから覚えといてね」
立て板に水といった言葉が似合う程に、レイはスラスラと話す。
続けて片手でジャガイモを持ったまま手近に置いてあるキッチンナイフを取り持つと、そのまま説明を始める。
「んじゃ次に、摂取しない為の方法を説明します。簡単に言ってしまうと、皆さんがやってる方法で原則間違いじゃないです」
『・・・・・』
レイの説明で、小首をひねる主婦の面々。
『間違ってないなら何故、食中毒に?』と、言いたげな表情が浮かぶ。
「間違いじゃないんだけど、やり方が足りなかった。そんだけの事です。食べられるようにするのは、そんな難しい話じゃない。まず、この芽が出てる部分ですが、さっき下拵えを実演して貰った人の中にもいましたが、芽だけ切り取ってもダメです。芽とその下の部分に有毒成分が生成されているので、この包ちょ・・・・ナイフの根元の出っ張っている刃で、こんな感じに(くりくりくりっ)芽の基部ごとくり抜くように取り除きます。芽の部分は捨てちゃって下さい。どうしても何かに使いたいなら、土と混ぜて肥やしにする位しか使い道ないです。大量に食べないと食中毒にならないからと言っても、口にしない方が賢明です。これは、この後説明する皮についても同様なので、覚えといて下さい。で、次にこの緑色になった皮の部分ですが、毒はこの皮の部分に生成されているので、皮だけ剝いても(しゃしゃしゃ!←皮を剝いてる音)中身も緑がかってますので、その部分も取り除いてやります(サシュッ←芋部分を切った音)。もったいないと思うかも知れませんが、食中毒になるよかマシです。スパッと切り取って下さい・・・・ハイ、簡単ですがこれで今回の食中毒の原因と予防法の説明をしましたが、何か質問あります?」
レイの言葉に、主婦達はお互い顔を合わせて、何事かひそひそと囁き合っている。
「・・・・レイ、原因の説明と予防法の説明とは、これで終わりなのかの?」
「そうだよ、お嬢。芽の周りの部分をくり抜くように切り取るのと、緑がかった部分をゴッソリ切り取る。この二つだけで、基本の予防はOKだよ。簡単だろ?後は水に入れて細かい土やアクを軽く取ってやれば、そのまま調理できるよ」
「簡単じゃのう」
「そうじゃなきゃ、面倒でたくさん食べられないだろ?」
「まぁ、その通りじゃの」
少しの間囁き合いが続いて落ち着いてきた頃、スッと右手が控えめに挙がった。
村長夫人だった。
「その・・・・質問ですが、本当に芽と皮の部分を注意するだけで、大丈夫なのでしょうか?」
「はい。 それだけで充分です。毒と言っても猛毒の類いではないので、多少の量なら害はないので神経質になる必要はないですが、今回食中毒の症状が出たと言う事はそれだけ大量に食べた人がいたって事なので、説明した二点は意識して守って下さい。それで大丈夫です」
「あ、あの・・・・私も、質問いいですか?」
次におずおずと手を挙げたのは、温和しめの顔をしたおかっぱ頭の主婦だった。
「あ、あの、それでは・・・・注意点に気を付けて調理したとして、どれ位の量まで良いのでしょうか?」
「ん?それは、一食あたりの芋の摂取量と言う認識でいいのかな?」
「は、はい」
「極端に言ってしまえば、ジャガイモだけの食事でお腹一杯食べても問題なしです。ジャガイモは澱粉が多く含まれているから調理時の熱でビタミンCが壊れにくく、肉や卵なんかと一緒に食べれば栄養的にも大丈夫」
「え?ビタミン?エイヨウ?・・・・え?」
「あ!ごめん・・・・分かりやすく言うとザワークラウトとか野菜と似たようなモンで、壊血病とか高血圧の予防になるって事です。後、調理法にもよるけどそれなりに腹持ちが良いんで、米とか麦とかトウモロコシの代わりにもなります。そんな訳でジャガイモは、食べられるだけ食べても大丈夫・・・・こんな感じの答えで良いかな?」
「あっハイ、ありがとうございます」
「後は・・・・多分、どんな質問していいのか分からないだろうから、簡単にできる料理を教えてった方が良いかな?そうすればその都度、疑問点も浮かんでくるだろうから・・・・」
「そうじゃの。その方がいいかも知れぬな」
「んじゃ、一番簡単なヤツからにすっかな・・・・ユウ、じゃがバタと、ジャマポテのカレー風味でいこうか?」
「ホント、簡単なヤツからだな。んじゃ、ジャマポテの下拵えしとくか?」
「頼むわ」
「何じゃレイ、ジャガバタとかジャマポテとか?」
「料理名の略称だよ、お嬢。んじゃ、簡単なヤツから始めるからね」
レイは、テーブルの上に置いてあるジャガイモの中から適当なものを数個取り上げて、芽が出てないか確認する。
「・・・・ん、皮も緑になってないし大きさも手頃なヤツがあるんで、これでまず(料理を)やりま~す」
レイがそう宣言すると、興味を持った主婦が心持ち前に乗り出してくる。
「んじゃまず、一番簡単なヤツから・・・・ココにある適当な大きさのジャガイモ。これを、こんな感じで皮を綺麗に洗ってやります。好みによって更に皮を剝いても構いませんが、今回は俺の好みで皮は付けたままでやります。ハイ、見て下さい。この薄黄金色の綺麗なジャガイモを。このジャガイモを茹でるか蒸すかするんですが・・・・お~いスティーブぅ~、竹串は何処にある~? スティーブぅ~、お~い」
「誰がスティーブだよ!」
間髪入れず、ユウがレイにツッコむ。以前に何回もやられた事があるかのように、結構絶妙なタイミングだった。
「ホレ、竹串」
ユウは、どこからか取り出した竹串を何本かまとめてレイに手渡す。
無論、何処から取り出したかはヒミツだ。
「レイ、ジャガイモのくし切りは、皮付きか皮剥きのどっちだ?」
「ん?・・・・両方、半々位の比率でヨロ(シク)☆」
「あいよ」
「あ、ユウ、ついでに・・・・」
「フィールド展開。エレクトロンレンジ」(・・・チ~~ン)
ユウは、レイの呼びかけ途中に、レイの手元にあるジャガイモにさっと両手をかざし、魔法を使う。何処からか完了のベルのような音が響くと、ジャガイモは一瞬にして蒸かされた状態になった。
「お~サンキュー、ユウ。さすが、分かってくれてる☆」
「世辞はいいから、料理を早よ」
「ホイホイ・・・・んじゃ続きですが、このジャガイモ、茹でるにしても蒸かすにしても、ちゃんと中まで火が通っているかどうかをこの竹串で(スゥ~・・・)、こんな感じですんなり串が通ればOKです。アレンジとして、この後好みで油で揚げる人もいますが、今回はそのままです。で、このジャガイモの上の部分に、バターナイフでもペティナイフ(注:主に野菜や果物の皮を剥く用の小さな洋包丁)でもステーキナイフでも構わないんで、こんな感じで(スッ スッ←ジャガイモの皮を切ってます)十字に切れ込みを入れます。後は、あらかじめ用意しておいたバターを切れ込みの上に乗せて、バターが溶けかかってきたら完成。お嬢、じゃがバターできたで☆」
「・・・・これで終わりか、レイ?」
「終わりだよ、お嬢。この料理はジャガイモとバターの素材の旨さがキモになるから、調理シンプルな分、素材の善し悪しや微妙な腕の差が出やすくて誤魔化しがきかないんよ。まぁ、試しに一欠片食べてみソ」
「レイがそう言うなら食べてみようかの。『いただきます』じゃったよな・・・・(ぱくっ)むぅ!ポテトとバターだけのはずじゃが・・・・美味しい。何故じゃ?」
「この料理は、素材の力がモノを言う料理だからだ」
「あまり答えになっておらぬのだが・・・・そうじゃ、村長夫人だったらどう思うかの?村長夫人、一つ食べてみるがよい」
「はぁ・・・・では、僭越ながら(ぱく)・・・・んん、これは! ただポテトを蒸かした上でバターを乗せただけだというのに、この美味しさは一体!・・・・そうよ!バターなのね! バターの塩気と脂分がそれぞれ、ポテトのほっくりとした僅かな甘みを引き立ててコクを醸し出してる! これは、驚きだわ・・・・ポテトにつける調味料を、塩からバターに変えるだけでこんなに美味しくなるなんて・・・・・・」
「ビックリする位の、すごくいいリアクションをありがとう。説明しようと思ってた事、ほぼ言われちゃったよ・・・・最初の試食は、お嬢と村長夫人にした方がいいかな?」
「私も、村長夫人がこんなに饒舌になるとは、少々驚いた。料理を作っているのはレイなのだから、思うままにするがよい」
「んじゃ、そうする・・・・補足説明で、ジャガイモの中身の風味だけを純粋に味わいたいなら皮を剥けばOKです。あと、アレンジでバターに手を加えたタラコバターやカニ味噌バター、俺とか北海道民が好きなバター醤油や、マヨネーズを乗せても違う味わいがあって美味しく食べられます。暇と機会があったら、試してみて下さい。取り敢えず、一番簡単なジャガイモ料理の一つ、じゃがバターの説明はこんな感じで終わりっちゅう事で・・・・」
「姫様の連れの方・・・・え~と」
「レイと呼んで貰っていいですよ、村長夫人」
「ではレイ殿、塩をバターに変えるだけで、ここまで味が変わるものですか?」
「この料理は簡単にできるだけに、さっき言ったように素材の善し悪しがモロに出るから、芋自体の筋は良かったと思うよ。考えられる理由として、使っている塩の不純物多すぎて不味かった。ジャガイモを蒸かし過ぎ、もしくは微妙に蒸かし切れてない状態だった。調理する前に芋を充分に水洗いして土を落とし切っていなかった・・・・などと、どれかが当て嵌まるかも知れないし、それ以外の要因かも知れない。としか、答えようがないなぁ。実際に、自分が食べてないんで・・・・」
「あと、何とかバターは想像できるのですが、ショーユとかマヨ?とかいうモノは何ですか?」
「え?ココには、無いの?」
「はい。どちらも、耳に覚えがありません」
「まぁ、醤油は輸入されてたとしても、一部で知られてる位だろうから知らなくて普通だけど、マヨネーズは知らない?」
「はい」
「メノルカ島のマオンっていう街で作り始められたっていうソースだけど、知らない?」
「はい」
「あ、あの~・・・・」
さも申し訳なさそうに控えめに手を挙げたのは、先ほどの温和しめの顔をしたおかっぱ頭の主婦だった。
「あの~、レイさんの言うソースというのは、もしかして黄色がかった乳白色のぽってりした感じのソースですか?」
「多分、それ! よくご存じで」
「いえ、マオンで思い出したのですが・・・・遠縁の叔父が件のマオンで食堂をやってまして・・・・子供の頃、何かの用事で叔父が家に滞在していた時に、『自慢のソース』というのを一度作ってくれました。酸味があってコクのあるソースで、タラのフリッターにも温野菜にも合って、大変美味しかった記憶があるのですが、作り方が分からなくて・・・・名前も『卵ソース』だったか『卵酢ソース』だったか、特に名前は決まってなかったと記憶しています。 レイさんは、そのソースの作り方をご存じなんですか?」
「その叔父さんとやらが作ったソースがマヨネーズだったら、材料と気力と体力と根気があれば誰でもできるよ☆ なるべく新鮮な卵があれば説明しながら作れるけど、どうします?」
「そ、それなら・・・・晩ご飯にポーチドエッグを作ろうとして取り置きしてある卵が何個かあるので、それを提供します!是非、教えて下さい」
「それじゃ、私も・・・・」「私も・・・・」
他の主婦も数人、便乗して手を挙げてきた。
「分かりました、それじゃ後程、場を改めて説明します。取り敢えずはまず、ジャガイモ料理の説明の続きやりま~す」
レイはそう言って、少し逸れてきた話の道筋を元に戻す。
「んじゃ次は、村長夫人の言うプロシア風ポテト・・・・自分達がいた所ではジャーマンポテトと言いますが、これに一手間加えると、また違った美味しさが楽しめます」
目の前のテーブルに置かれたまな板の上に、ブロックのベーコンを何枚か綺麗にスライスしていくレイ。
「こんな感じで薄くスライスしたベーコンを、今度は食べやすい大きさに四角く切っていきます(サッサッサ・・・・)。で、これは一旦脇に置いといて、次に丁度良さげなパセリがあるんで、適量を細かく切っておきます(ツカカカカカカッ)。これも、一旦脇に置いといて、メインのジャガイモに手を付けます。この予め茹でたジャガイモをこのように(サシュ!ストントントン・・・・)、大体六から八等分位にくし切りします。これを食べる分だけ繰り返しやる訳ですが、ここにスティーブが予め用意してくれたジャガイモがあるんで、これを使います」
「誰がスティーブだよ!(ビシッ!)」
「まぁ、細かい事は気にするな。それより、竃に火ぃ付けてくんない?」
「全く・・・・ファイア!(ボワンッ!)レイ、これで良いか?後の火力は、薪をくべる量で調節してくれよ」
「サンキュー☆」
「あとレイ、これを持っとけ」
そう言いながら、ユウがレイに放り渡した物。それは、食事を取るまでずっとレイが肌身離さず持っていたマイバッグだった。
「おぉ、サンキュー。わざわざ置いたトコまで取りに行く手間が省けた」
「カレー風味って聞いたからな。マイバッグの中身が必要になるの分かってたし・・・・」
「さすが、気が利く男だこと」
「それより、早よ続き続き」
「へ~い・・・・ほいじゃ、火が付いた竃にこのフライパンを乗せて、充分熱しときます」
レイはフライパンを竃の上に空いた穴にはめ込むように置いて、軽く煙が立ち始めるまで熱し続けた。
「・・・・んじゃ、フライパンが充分熱されてきたんで、調理してきま~す。まず、フライパンになるべくクセのない油を軽く引きます。今回は良さげなオリーブオイルがあったんでコレを使います。クセが強くなければ特にこの油じゃなきゃダメって事はないんで、家庭にある適当な油を使って下さい。ただし、この後入れるベーコンからも脂が出てくるんで、その分を差し引いた量でよろしく☆ で、フライパンの内面に油が行き渡って熱くなってきたら、ここでベーコンを投入します(ジュワアァァ!←ベーコンが焼ける音)。 焼いてる時、ベーコンがくっついたままにならないように木べらか何かで軽くほぐしてやりながら焼いていきます・・・・・・だんだん、いい匂いがしてきたでしょ?そしたら次に、くし切りにしたジャガイモを投入します(シュワァァ←ジャガイモを入れた音)。そしたら、ジャガイモ全体にフライパンの油が馴染むように、木べらで軽くかき回しながら焼いていきます。そしたら、塩と・・・・」
レイは、フライパンに塩を少量投入した後マイバッグに手を入れて、中から木でできたミルを取り出す。
それをフライパンの上に持って行くとミルの頭の部分をガリガリ回転させて、下から小さく砕けた黒い破片を落としていく。
「胡椒・・・・ペッパーを入れて、味を調えます」
ざわっ・・・・
レイがペッパーと言った瞬間に、主婦達に軽く動揺が走る。
胡椒=ペッパーは、肉への臭み消しや胡椒そのものの乾いた辛みが、牛、豚、鶏など肉の種類を選ばず相性が抜群の為、肉には欠かせないほぼ必需品の香辛料ではあるが、貴族や都市部に住む裕福な市民でもない限り気軽に使用できる代物ではない。
ましてや定冠詞の『THE』が付くような、辺境と言っても差し支えないド田舎の開拓村で使われる量と言ったら、秋に村人総出で家畜を屠殺して作るソーセージやベーコン、ハムなどの肉の加工品を作る際に必要最低限の量が使われるのみ。加工品の量に比べれば、まさに『雀の涙』程度しか使っていない―――いや、使えないのだ。主に経済的な理由で・・・。
そんな胡椒を、レイという少年はいともあっさり何の躊躇いも惜しげもなく当たり前のように気軽に、かつ無造作にパラパラと料理に使ったのだ。
主婦達の驚きの心情は、推して知るべしである。
「え~と、多分ここまでは皆さんの言うプロシア風と大差ない行程だと思いますが、これからもう一手間加えるので塩と故障は少な目にしてます」
村長夫人から予め高価で取り置きが少ないとは聞いていたが、『ホントに少ないんだな』と実感を持ったが、あえてスルーして説明を続ける。
「今回の一手間は、コレです」
レイがマイバッグの中から取り出した物。それは、黄色い粉の入ったガラスの角瓶だった。
「これは、コリアンダー、クミンシード、ターメリック、唐がら・・・・レッドペッパーをベースとして、カルダモン、ジンジャー、クローブ、シナモン、オールスパイス、ローズマリー、ガーリック、ペッパー、クミン、メース、ローレル、セージ、ナツメグ、スターアニス、フェンネル、マスタード、陳皮なんかのスパイスを二、三十種類位焙煎してブレンドした粉で、カレー粉って言います」
角瓶を目上の高さまで上げて、主婦達に見せるようにするレイ。
「このカレー粉は、配合比を間違えると苦くなったり薬臭くなったりと面倒ですが、味付けの応用範囲が広く、携帯性に優れ、冷え性対策や血行促進、抗菌抗酸化作用、食欲増進と言った薬効もある程度期待できる、ある意味で魔法の調味料と言ってもいいやつです。 このカレー粉を、ジャガイモの上に適量振りかけます(パッパ!)。・・・・ちなみに、カレーの色付けに使われているターメリックはサフランなんかと一緒で、黄色の染料としても使われてるんで食べる時は衣類に付かないように注意して下さい」
説明している間にも、レイはフライパンを揺すってジャガイモとベーコンにカレー粉を纏わせていく。それと同時に、周囲にジューシーなベーコンの匂いと香しいスパイス系のカレーの匂いが辺りに満ちていく。
「・・・・あ、兄ちゃん、スゲ~いい匂いがしてきたんだけど?」
フラフラと前に出てきたペーターが、竃の手前にあるテーブルの傍まで近寄って呟くように言う。
興味津々と言った瞳で、食い入るようにレイの作業に見入っていた。他の子供達も同様だった。
「ペーター、火ぃ使っているから、あまり近くには寄るなよ。火傷するからな。 で、火の当て加減ですが、大体ジャガイモの表面に軽く焦げ目が付いた辺りを目安にして火から外します」
そんなペーターに軽く注意しつつ、レイは更にフライパンを揺すってジャガイモとベーコンに火を入れていく。
そして、ジャガイモに軽く焦げ目が付き始めた辺りでパセリのみじん切りを投入。木べらでかき回してパセリが全体に馴染んだ辺りでフライパンを火から外し、中身を皿に移し替える。
「ハイ!そんな訳で、ジャーマンポテトのカレー風味の完成で~す☆ 取り敢えずお嬢、最初の試食、ヨロ☆」
「分かった。どれ・・・・(パクッ)!これは、昨晩食べさせて貰ったカレーライスに似た風味がするのぅ。スパイスの乾いた風味や匂いは昨日のカレーライスより強いが、辛みは抑えられている。コレは、美味しい!総長夫人も食べてみるが良い」
「はい。では、失礼して・・・・(パク モクモク・・・・)これは! 香辛料がブレンドされた複雑な風味が、これほどジャガイモとベーコンに相性がいいとは驚きだわ! ともすれば強烈に感じるカレーの香りと味が、ジャガイモのほっくりした味とベーコンの脂で程よく緩和されて、見事なまでに一つにまとまっているわ。(パクパク・・・・)しかも皮を剝いたポテトで食べるとカレーの味が僅かに勝り、皮が付いたポテトで食べると皮から感じるポテト特有の風味がカレーと並んで口に広がってくる!皮のあるなしで微妙に味が変わるなんて、ある意味凄い事ね。 ポテトを皮付きと皮なしで下拵えした意味が、こういう所にあったなんて・・・・(パクパク)。あと、カレー特有の辛さと言っていいのかしら?香り高い芳香と共に口の中に広がる辛みが次の一口を誘ってきて、ついついもう一口食べたくなる不思議な感覚が喚起されて、放っておくと際限なく食べ続けてしまいそうだわ(パクパク)。コレは、本当に後を引く美味しさだわ!」
「村長夫人、素敵なコメントありがとうございます」
「兄ちゃん!そんなに美味しいんだったら、俺も食べてみたい!」
ルナと村長夫人の試食を見聞きしていたペーターが、うずうずした様子で手を挙げながら主張してきた。
「・・・・それはいいけど、ペーターは辛いの大丈夫なのか?」
「辛いって、どれ位辛いの?」
「あ~・・・・だったら、食べる前に牛乳飲むかバターを一かけ口に含んでからにしろ。牛乳やバターに含まれる脂肪分で舌がコーティングされて、少しは辛さが和らぐから」
「んじゃ、ここにあるバターを貰う(パクッ!)・・・・・・これでいい?」
「ベーコンと一緒に一つだけにしとけよ」
「うん!(パクッ)! うめ~!何これ、旨いよ!辛いけど、旨い!何これ!わぁぁぁ、凄~!もっと食べたいよ、兄ちゃん!」
「今はバターで辛みが抑えられてるだけだから、続けて食べるのは控えとけ。作り方は教えたから、お母さん達に後で作って貰え」
「え~~~~・・・・」
「そうね、レイ殿の言う通りね。まずは味を覚えて貰う為に、他の女達にも食べて貰いましょう。 ペーター、今我慢しておけば、後でお腹一杯食べられるわよ」
「う~~~~、なら我慢する」
しぶしぶではあるが素直に引き下がったペーターを横目に、村長夫人はジャーマンポテトの盛られた皿を手にすると、レイの調理を見学していた主婦達の元へと運んでいく。
「貴方達、試食をして味を覚えなさい。その後、疑問に思った事があったらレイ殿に質問して」
村長夫人のかけ声に頷きながら、次々とジャーマンポテトを試食していく主婦達。
ある者は目を見開き、ある者は満面の笑みを浮かべ、またある者は目を瞑り味を感じる事に集中し、それぞれの感想を抱きながら試食していく。
全員が試食を終え空になった皿がレイの所に戻ってきた頃、ボチボチと主婦達の手が上がり始める。
「質問があります。いいですか?」
「どうぞ」
いの一番に手を挙げた主婦に答えて、レイは質問を促す。
「このカレー粉というのは、具体的に何をどういう比率で混ぜればこのような味になるのですか?また、それらを知っておけば、家庭でも簡単に作れるのですか?」
「比率に関しては、付け合わせる肉や野菜、どんなタイプのカレーにするかで変わってくるので、一概にどういった比率で混ぜなきゃいけないって言うモノはないです。強いて言うなら個人的な好みで、クミンシード、ターメリック、コリアンダー、レッドペッパーで2:1:2:1~2位の比率+その他のスパイスを好みで適量って感じで混ぜていく方法がいいかと思います。メインの具材を野菜にするか、牛、豚、鶏などのどの肉を使うかによって配合比は変わります。ただ、比率を間違えると苦くなったり薬臭くなるんで、ブレンドする時はいい加減にやらない事と、ブレンドした直後は個々のスパイスの刺激がそれぞれケンカし合っているんで、冷暗所などに一、二ヶ月貯蔵して熟成させてから使うようにするとスパイス特有の刺激が緩和されてまろやかさが出てきます。あと、コツさえ掴めば家庭で簡単に作れるけど、料理と一緒で大量に作った方が味がブレにくいってのはあります。どっちがいいかは、その時の判断で構わないと思います」
「ハイ!質問です」
「どうぞ」
「ジャーマンポテト?の調理の最後で、パセリを入れた目的は?」
「大まかに二つ。見た目の部分で、彩りを添えるというモノ。そのままだとジャガイモの薄茶色と褐色、ベーコンのピンクと白で色彩的に少し彩りがさみしいので、アクセントとして緑色のパセリを加える事で彩りが映えるようにしてます。もう一つは、栄養学的にパセリには鉄分が多く含まれていて、増血作用、貧血防止の効果が期待できる為、特に女性や成長期の子供に摂取して欲しい食物だからです」
「・・・・エイヨウって、何ですか?」
「簡単に言うと、人間の身体の成長や活動に必要な体外摂取物って言ったとこかな?人間の場合で当てはめると、食べ物や飲み物の中に含まれている成分なんかがそう。詳しく分析していくと結構細分化されるけど、長くなるんで説明はパス」
「質問です。カレー粉の配合を間違えると薬臭くなると言ってましたが、何故ですか?」
「カレー粉で使香辛料は、ほとんどが薬草とか俗に漢方薬と呼ばれる薬になるものだからです。だから、配合比を間違えると凄く薬臭いにおいと味になるんで、よほど慣れない限りはちゃんと計量してブレンドする方がいいです」
「他にも、ポテトを使った料理ってありますか?」
「手間暇惜しむ料理は恐らく茹でジャガイモが究極最強なんで、手間を減らす料理はネタ切れです。手間暇増えるやつなら、その中でも簡単な料理だったら、もう幾つかレパートリーはあります」
ギランッ!
レイの答えに、主婦達の目が一瞬にして欲望に光る。
「はいっ!」
間髪入れず、村長夫人の手が挙がった。
「レイ殿、もし良ければ村の全い「無理です!」」
村長夫人の言葉を遮って、レイは拒絶の返事をする。
「俺が作れる料理は家庭で作る分は問題ないけど、一人じゃ村人全員分は量的に無理!あとアシストをつけて貰っても、一つ一つ実演しながらやると何時間も時間がかかっちゃうから、やっぱり無理!」
『村人全員にポテト料理を』と言いかけていた村長夫人の言葉を先回りするように、レイが少し慌てた風に言葉を繋げる。
「しかし・・・・こういう機会は滅多にある訳ではないので・・・・」
「村長夫人の言いたい事は、充分理解してます。だけど、残念ながら俺の身体は一つしかない。かつ、一人でできる作業量なんてたかが知れてる。無理だといった理由は、その二点に集約されてます」
「しかしのぅ、レイ。ポテト料理のレパートリーが増えれば、それだけポテトの消費が上がり食料不足の解消につながる可能性があるのじゃ。そこを何とか、ならんモンかのぅ?」
「いくらお嬢の依頼でも、無理なモンは無理やろ」
「・・・・あのさぁ、レイ」
今まで黙って聞いていたユウが、何気なくレイに声をかけてくる。
「ん?何、ユウ?」
「ふと思ったんだけど、村人全員を対象にするには、一人でやるには物理的に無理って事だよな?」
「まぁ、そうだよ」
「別の言い方をすれば、少人数単位の料理だったら、実演込みでOKって事でいいんだよな?」
「まぁ、そうだな」
「・・・・村長夫人に聞きたいんだけど、ジャガイモ料理を村人全員に食べさせたいの?」
「そうですね。美味しくて、たくさん食べても食中毒にならないと言う事が『食べる』という経験を通して実感できれば、今後は無理なく食事のメインをポテトに切り替える事ができると思うので・・・・」
「どういう形であれ、村のみんなにジャガイモ料理を食べる機会があれば充分ですか?」
「できれば、不公平感が出るので、食べる機会を一回で済ませたいのが本音です。まだ小さい村だけに、そういう不公平感を極力排除しておかないと、今後何かの決めごとをする際、『あの時は自分が後回しにされたから云々』と言われて調整に手間取りますので」
「なるほど。今後の事を考えると・・・・ってトコですか。レイは、簡単に言うと、一人で村人全員分の料理を作らなきゃいいんだよな?」
「物理的にキツいからな。そうじゃなきゃ、料理の実演するのは吝かじゃないよ。 それなりに食材もあるし・・・・」
「ふむ・・・・再度村長夫人に聞きたいんですけど、実演する料理はなるべくシンプルなヤツで、数種類程度で大丈夫?」
「ええ、まぁ・・・・あまり手が込みすぎてて滅多に作れないような料理を教わってもあまり意味がありませんし・・・・」
「んじゃ、双方の妥協案として、こういうのはどうかな? まず、主婦の皆さんに、何組かのグループに分かれて貰う」
「ふんふん」(←レイ)
「で、分かれたグループを渡り歩くように、レイがそれぞれのグループに違う料理を実演していく。説明を聞いたグループは、そのまま説明を受けた料理を村人全員分作っていくっていう感じで・・・・」
「なるほど。しかしそれでは、人により知っている料理と知らない料理の差が出て来るのではないですか?」(←村長夫人)
「それは後日、お互い教え合っていけば問題ないと思いますよ」
「あぁ、そうですね。何も、今日で一遍に全員が覚える必要はないですね」
「それだったら実演すんのも、一品につき一回説明するだけで済むな」
「そう言う事だ、レイ。レイの方は、それでいいか?ただ、複数グループを渡り歩く関係上、ビシソワーズみたいな時間と手の込んだやつじゃなくて、なるべく片手間でもできそうなシンプルな料理に、メニューを絞り込む必要はあるぞ」
「あ~~~・・・・んじゃ、芋を切る系とマッシュ系の料理を中心にするか。マッシュする手間さえ除けば、簡単にできるモノが多いし」
「そうしてくれ・・・・村長夫人も、それでいいですか?」
「ええ、結構です。あと、先ほど話に出たマヨネーズだけは、全員に教えて頂きたいのですが・・・・」
「ん~~、なら、グループ分けの前に、最初に説明しちゃう? 量を作るとなるとそれなりの体力と気力がいるから、最初に説明した方がいいかも知れないし 。その後は、ポテトサラダ辺りを作るグループに引き継がせりゃ問題ないかな・・・・」
「ではレイ殿、お願い致します」
「ホイじゃ、実演込みの説明希望の人は、木べら、裏漉し器、ボウル、スパチュラ、フライパンその他、調理器具を持って二時間後位後に再度集合して下さい。それまでに、実演用の分だけ仕込みしときます」
「分かりました。 では皆さん、今のを聞きましたね? では各自、自宅に戻って器具と卵などの食材を持って・・・・また、この場にいない女達にも声をかけて集合するように、声をかけて下さい。よろしいですね? 今日は、ポテトで夕食会を開きます」
村長夫人の言葉に、一様に頷く。
「・・・・済まんが村長夫人、ちょっと聞いていいかの?」
ふと何かを思いついたように、ルナが村長夫人に声をかける。
「はい、何でしょうか、姫様?」
「夕食会は良いとして、この場に居ない女衆と男衆はどうする?いきなりこの場で決めても・・・・」
「それは大丈夫です、姫様。女衆の方は、各自が自宅に一旦帰った際、隣近所に声をかけるでしょうし、男衆の方に至っては・・・・あそこのテーブルで全員おやつを食してますので、今ここで宣言して告知すれば問題ありません」
「・・・・さすが村長夫人、そつがないのぅ」
村長夫人の答えに感心しながら、ルナは不思議そうにこちらを見ながらおやつを頬張る村の男達を見た。
村の男達は、女子供が何やら誰かを囲んでいる様を不思議そうに眺めながらおやつの軽食を頬張っていた。
さて、それはさておき江戸紫(←枕詞)。
ジャガイモの夕食会をすると決めてからおおよそ二時間後・・・。
太陽が地平線に接し、徐々に空にだいぶ赤身が帯びてきた頃、村長宅の庭には二羽鶏が・・・と言う事はなく、村人が三々五々に集まってきていた。
乳幼児の世話でどうしても家から出られない者を除いて、老若男女合わせて総勢五十名余。庭の外周を囲むように灯された篝火に照らされて、近くの者同士で雑談を交わし合っていた。
「・・・・しかしなぁ、今晩の夕食はポテト尽くしって話だけど、大丈夫なのか?」
「ゴンザレスどんやトーマスどんとか、頭痛や腹痛起こしたり下痢したりして大変だったのになぁ」
「ウチの母ちゃんが言うには、毒を取り除く方法を聞いたから、もう大丈夫だって言ってたけどな」
「まぁ、身体がおかしくならないで美味しく食べられるんだったら、何でもいいけどな」
「そうだなぁ・・・・ここ数年不作が続いている状況は分かっているけど、いい加減食べる量の制限が入るのは嫌気がさしてるしな」
「んだんだ、腹ぁ一杯御飯が食べられれば、ポテトでも何でもいいさね・・・・ところで、昼間から庭に並んでいる竃とテーブルと、忙しそうに走り回っとる兄ちゃん達は、何者なんだ?」
「はぁ、何でも姫様が拾ってきた人らしいんだがな・・・・」
「あれ?元々の家臣の方々はどうしたんだべ?」
「何でも、正体の知れない賊に襲われておっ死んじまったと。で、たまたま偶然近くにいた彼らが、奇襲をかけて姫様を救ったらしい」
「はぁ・・・・見た目だけだと、そんな凄腕には見えなんだけどなぁ」
「俺の母ちゃんが姫様から聞いた話だと、相手が反撃する余裕もなく倒したらしい。だから、運が良かったって言ってたぞ」
ちなみにこの辺りの話は、予めユウとレイが事前にルナに話して、過小評価されやすくするよう口裏を合わせるようにしていた。強いとか変に異な目で見られて警戒されない為の用心である。
「ほぉ~・・・・で、その兄ちゃん達がポテトを料理すると?」
「いんや。作り方だけ教えて、後は母ちゃん達が手分けして、順次俺らの分の御飯を作ってくれるらしいぞ。姫様に付いている兄ちゃん達は、料理の作り方は知っているけど、料理人じゃないから大量には作れないらしい」
「そんじゃ、あの兄ちゃん達って、何者なんだべ?」
「さぁな。ただ、母ちゃん達に姫様から『詳しくは、聞いてくれるな』と言われたらしい。だから、これ以上はな・・・・」
「まぁ、そうだな」
こんな会話を村の男達がしている間に、ユウとレイは着々と料理の実演の準備を行っていた。
「お~い、レイ!追加のストーブレンジの位置は、こんなもんで良いか?」
「OK、OK、そんなもんで。あと、フライヤーをもう一個追加で作ってくれると、ポテチとか作れるんだけど」
「人使い荒ぇよ! で、大きさは?深さ浅めの竃の口より少し広め程度の広口で良いのか?あと、フライヤーの周りを、フェンス状に囲っとくか?」
「さすが、分かってくれてる。多分、大人より子供の方が食いつくだろうから、そうしてくれると助かる」
「ハイよ・・・・で? これで、終わりかな?」
「そうだね。 後は俺の方で、『練習帳』でBGMとか効果音とか仕込む位かな?」
「後は、その場のアドリブってか?」
「そうだね。事前にユウがある程度のマッシュポテトと片栗粉を用意してくれて、黒子としていろいろアシストしてくれるとしても、ぶっちゃけいきなり本番のライブの実演だし、醤油ないし、見せる相手の笑いのツボが分かんないからねぇ・・・・まぁ、料理の方は、醤油の代用でガルムソースがあったのと、フリント(硬粒種)の方じゃないスイート系のトウモロコシがあったのはラッキーだった」
「トウモロコシの方は、春蒔き用の乾燥粒を魔法で強引に水分含ませて戻しただけだし、種蒔き用に保存してあったやつだから量も少ないぞ」
「いいんだよ。取り敢えずジャガイモもちとポテトサラダ辺りに、少量混ぜ込む位で留めるつもりだから。 あくまでもジャガイモがメインだし・・・・ただ、やっぱり醤油がないのはなぁ~」
「レイ、贅沢言うなよ。醤油なんて俺達がいた世界の歴史でも、本格的に世界に広まったのは数十年前からだし、俺達に一番馴染みの濃口醤油は、下手したらまだ出来てない可能性もあるんだぜ?有ってもいいトコ、一部の貴族とかに万能調味料として、溜まり醤油があるかも知れないっていう程度しか伝わってない可能性の方が高いから、ガルムだろうがナンプラーだろうが、有るモノで何とかするしかないだろ?」
「まぁ、そうなんだけどな・・・・」
そう言いながら軽くため息をつくレイに、離れた所にいたルナが声をかけて近寄ってくる。
「何を不満そうに溜息ついておるのじゃ、レイ? 種蒔き用に保存していたコーンの在庫を切り崩して用意したり、ショーユ?だったかが無いから特徴が似たようなガルムソースを用意したり、一番クセのなさそうなオリーブオイルを近所から借りてきたり、その他にも牛脂や豚脂とか酢とか、できる限りは用意させたはずじゃ」
「いや、お嬢。これ以上贅沢は言うつもりはないけど、やっぱり大豆で作った醤油があれば、料理の味付けが超~簡単にできたからな・・・・あと、なるべくお嬢の希望を取り入れて、ただ料理を教えるだけじゃなくて、俺らが知ってる関連知識も教えるって事でライブみたいな形にしてみたけど、人前で芸を見せるなんざ、見た事は一杯あるけどやった事がほとんどないから、どんだけ準備を整えても不安感があってな・・・・」
「まぁ、このポテ・・・・ジャガイモであったか?」
「お嬢が言う時は、『ポテト』でいいよ」
「うむ、そうさせて貰う。 で、このポテトじゃが、コレの有用性についてはユウとレイがよく知っていそうだったのでな。ただ料理を習うよりも、知識としてポテトの事を幾何なりと知っておけば、普及に弾みがつくかと思っての・・・・レイの言う『知識は武器になる』?だったか『教育の賜』?じゃったかの?お主達以外が教育というモノを受けてどうなるか、というのを見てみるよい機会かと思ったのじゃがのぅ・・・・」
「俺、人にモノを教えるのは、そんなに得意じゃないんだけどな・・・・まぁ、やるだけはやるけど、即効性のある効果なんて期待すんなよ、お嬢。そもそも教育なんてのは、数年単位での日々の積み重ねでようやく目に見える効果が上がってくるような代物なんだから」
「今回の料理とかは、別であろう?基礎となるナイフの使い方とか食材の扱いとかは、女達はそれぞれ大なり小なり日々研鑽を積んでおるはずじゃから、即効性はあると踏んだのじゃが?」
「・・・・言われてみれば、そうか。 基礎になる部分は普段からやってるようなもんだもんな。 確かにお嬢の言う通り、すぐに効果が見れるかもな」
「・・・・・・で、その事とは別に、レイに聞いてみたいのじゃが」
「何だい、お嬢?」
「その目の部分にかけた丸い枠と、首に付けた変に大きくて下卑た蝶ネクタイは何じゃ?」
ルナが言うように、今のレイは顔に不釣り合いに大きい紅白の、レンズが入っていない丸眼鏡のフレームをかけ、首には怪しい位ラメの入った、これまた大きな蝶ネクタイを付けていた。
「怪しい雰囲気を醸し出していて良いだろう? でも、いくらお嬢の希望でも、譲る事は出来ないぞ?」
「要らぬわ!そういう見るからに怪しげなモノなど、身に付ける気も起きぬ。何故、そんな怪しげなモノを身に付けるのか、聞きたかっただけじゃ」
「怪しげで詐欺臭くて安っぽい芸人みたく見えていいだろ?お嬢が料理の実演を希望してたから、こういう三流芸人のような格好に近づけようと、やってみたんだけど?」
「私の希望と、レイのその格好の関連性が分からぬわ」
「お嬢は、物凄く厳かで真面目くさった神父さんの説教のような説明と、少しでも面白おかしく笑える説明と、どっちが印象深く楽しく物事を覚えられると思う?」
「・・・・・・・・後者だの。 つまり、少しでも印象に残りやすく且つ楽しめるように、レイはそういう格好をしたという事か?」
「そういう事。関連付けによる効果的な学習の効用についての説明は、心理学的な専門知識も交えて説明するとやたら長くなるんで割愛するけど、少しでも教える知識を覚えて貰う工夫だと思って頂戴☆」
「どんな工夫じゃ? それと、ユウの黒ずくめの格好は、何か意味があるのか?」
「ユウは今回、黒子に徹して貰うからねぇ。だから黒子の格好をしてる」
「クロコとは何じゃ、レイ?」
「黒子ってのは、裏方とか進行の介添えとかをやってくれる役割の人の事だけど、細かくは気にしないで」
「よく分からぬのぅ?」
「平たく言えば、ちょこまか動いているけど、気にしないでいてくれって言いたいだけだ。黒ずくめの格好で顔出ししていない時は、そこに|居るけど居ない《● ● ● ● ● ● ●》もんだと思ってチョ」
「ふむ・・・・まぁ、実演が始まればレイの言いたい事が分かるやも知れぬから、今はこれ以上は聞かぬ」
「そうしてくれると、助かる」
「それとユウとレイの衣装じゃが、魔法で作り出したモノか?」
「ん~?違うよ、お嬢。元から持っていた衣装だよ」
「ガクセイフクと言っていた服の他にも、ユウの黒ずくめの格好とかレイの胡散臭そうな蝶ネクタイとかの格好を、お主達は普段からしておるのか?」
「そんな訳ねぇじゃん。 この格好をするのは、俺とユウが所属する『博物部』の打ち上げ会とか送別会とかの特別な時に、芸を見せたり司会する時くらいだよ」
「ほぅ? 滅多に着ない衣装をよく持っておったものじゃの?」
「このマイバッグは、『博物部』の備品でな。魔術で時間魔法と空間魔法を施してあるから、収納物を長期間劣化せずに結構な量を入れとく事ができるんだ。だから、場所は取ったり、一年に何回も使わない物とか、部活が遅くなった時用の非常食とか突っ込んである。 で、俺とユウは、部活のお使いで買い物に行った帰りに迷子になっちゃったんで、備品のマイバッグを持ったままになっていた訳だ。 そんな訳だから、こういう衣装も持っていたって事☆」
「何じゃ、その袋は、おまえ達の物ではなかったのか?」
「当たり前だよ。汎用で使える魔法の収納袋なんてメッサ高価だし、上級品なんて家が買える位だから。学校出て成功した卒業生が寄付でくれるのでもなければ、弱小のクラブが魔法のマイバッグなんて備品で持てる訳ないじゃん」
「ハクブツ・・・・ブカツ?ソツギョウ?・・・・意味不明の単語を並べられてもよく分からぬが、おまえ達が一時的に貸与されて、使いの途中で紆余曲折あって私と会ったという事は、何となく理解した」
「そらぁ、どうも・・・・」
「ついでに、どうしても分からぬので、聞きたいのじゃが・・・・」
「何、お嬢?」
「竃とかテーブルの上に飾ってある旗みたいなのが繋がっている紐は、何か意味があるのか?」
「紐って、万国旗の事か、お嬢?」
「バンコクキと言うのか?レイのいた所では?」
「まぁね。 万国旗は、言ってしまえば『賑やかし』の装飾なんで、実用的な意味はないよ」
「そうなのか?では、何故?」
「少し華やかになるでしょ?雰囲気が・・・・」
「・・・・まぁ、言われてみれば、いろいろな色と形の旗がぶら下がっておって、楽しげな印象は受けるの」
「雰囲気とかムードってやつを、侮っちゃいけないよ、お嬢。雰囲気やムード如何によっては、ステージの正否、果ては民衆を動員して国家を転覆させる事も不可能じゃないからな」
「話が急激に大きくなったが、些細な事でも雰囲気というのは重要だと言いたい事は分かった。レイの実演が成功する一助になるのであれば、別に何をしても構わぬと思うぞ」
「ちょっと、お嬢達の笑いのツボが掴めてないからね。少しでも笑いや賑やかしを促せる手法があれば、なるべく使うようにしないと不安なんでな」
「何故そこで、笑いとかにこだわる必要があるのじゃ?」
「お嬢は、無味乾燥の単調で味気ない学習と、面白おかしく興味持ちながら学習するのと、どっちが記憶に残りやすいと思う?」
「それは無論、後者じゃ。私にも経験があるから、よく分かるの」
「そういう事だ。 俺は、それを実践しようとしているに過ぎない・・・・とは言え、こういう形のモノは、相手の笑いのツボが分からないとうまくいかない時があるから、どうやったって不安は拭えないけどな」
「強気なのか弱気なのかよく分からぬ物言いじゃが、少しでも効果を上げる為に施策を講じるというのは理解できたが、万国旗の他に調理台の前に並べられたイスとか調理台の前におかけられたカーテンとか上からぶら下げたくす玉とかも必要な事なのか、少々疑問があるのぅ」
「まぁ、細かい事は気にするな、お嬢・・・・ところで話は変わるがお嬢、こんな話を知っているか?」
「何じゃ?」
「『坊主が二人で、お正月(和尚がⅡ)』、なんつってな」(注:半分意訳です。同レベルのダジャレを言ってると思って下さい)
「ぶぷっ!」
レイの言葉に思わず吹き出し、腹を抱えながら笑うルナ。
いきなり笑い出したルナに周りの人間は何事かと視線を向けたが、地面をパンパン叩いて笑っているルナの姿を見て、緊急の大事ではないと思い、取り敢えずスルースキル(注:空気を読んで放置)を発動させる。
「いっ、いきなり、何を言い出すのじゃ、レイは!」
不意打ちを食らって思わず笑ってしまったルナは、半分照れ隠しも混じって抗議染みた言葉を上げる。
対するレイは、ルナの反応を冷静に見ながら何事か考え込むような表情をしていた。
「・・・・・・なるほど。 お嬢、面白かったか?」
「見れば分かるじゃろ!いきなりじゃったから、不意打ちを食らった気分じゃ」
「そうか・・・・なぁ、お嬢?」
「何じゃ!」
「小咄その一、『隣の空き地に、囲いが出来たってねぇ~』『へぇ~(塀)・・・・』」
「ぶぷっ!」
再度ルナは吹き出し、今度は大声で笑うのを堪えながら地面を強めにバンバン叩いている。しかもかてて加えて、周りの人間の中にも堪えるように笑う者がいた。
どうやら、最初のルナの態度を見て聞き耳を立てていたようだ。
「なるほど・・・・ホンじゃ、コレは? 『隣の空き地に塀が出来たってねぇ~』『格好いい~(囲い)』」
「・・・・ぶっ!」
ルナが、若干遅れて反応した。
「ふむふむ・・・・んじゃ次、『隣の囲いに、空き地が出来たってねぇ~』『・・・・しまったぁ!』」
「・・・・・・?」
キョトンとしたルナと、『急に、何訳分かんない事言ってんだ』と言いたげな周りの反応を見て、レイは再び何事か考えうような表情を浮かべる。
「なるほど、そう言う事か・・・・・・取っ掛かりは掴めたような気がするな。ちょっと、メモっとこう」
そう言ってレイは、どこからか取り出したハンディサイズのメモ帳に何事かを書き込んでいく。
「レイ、何じゃ、それは?」
「ん? 『心のメモ帳』」
「よく分からぬ事をするのぅ・・・・それで、何が掴めたと言うのじゃ、レイ?」
「ん~ お嬢も含めて、この辺りの人の笑いのツボらしきモノ?・・・・かな?」
「今までので、ソレを測っていたと言うのか?」
「うん、そう。 取り敢えず、小難しく捻らずに基本レベルでやってみるわ」
「今までの三パターンのコバナシとやらで、どこがどう分かったというのだ、レイ?」
「う~ん・・・・ギャグの説明はし辛いんだけど・・・・まず、最初に振った小咄は、基本レベルで分かりやすいパターン。ここで躓く場合は、笑いに対しての文化がないか、理解できないほど教養レベルがないか、笑いを許容できない狭小な文化レベルか精神的余裕がない状況かのどれかに当てはまる場合が多い」
「・・・・なるほどの」
「次のパターンは、前のパターンを踏襲していると知っていれば基本の少し上ぐらいのレベルにハードルが下がるヤツで、前のパターンのオチを先に言って失敗したかのようにみせてオトすパターン。 まぁ、言ってみれば、応用編と言ったトコだ」
「・・・・ふむ」
「そして最後が、わざとオチを失敗して、失敗した奴のリアクションを見て笑いを喚起するパターン。基本と応用を理解した上でないと笑えない、良く言えば『基本と応用を熟知してないと理解できない高度な笑い』、悪く言えば『行くとこまで行き過ぎて、普通の感覚じゃ理解し辛いニッチでマニアックな笑いのパターン』だ」
「確かに、前の二つのコバナシとやらは笑えたが、最後は何処が面白かったのかさっぱり分からんかったのぅ。 しかし、最後のコバナシは、本当に面白いと感じる者が居るというのか?正直、嘘っぽく聞こえるのじゃが?」
「まぁ、普通はそう思うわな・・・・お~い、ユウぅ!ちょっと、いいか?」
レイの呼びかけに、作業の手を止めてユウが近付いてくる。
「何だよ?追加の仕事か? イスの並び順なら村長夫人と話を擦り合わせて、料理の実習班毎になるように間隔を空けて配置したぞ。それでレイが料理の品目毎にいちいちあちこちに移動しなくても、少し移動して隣のスペース移るだけで良いようにした。勝手にやったけど、それで良いよな?」
「さすがユウ、分かってくれてる。 でなくてな、お嬢に『滑りギャグ』の説明をしてたんだけどな・・・・」
「アレは、姫達には難しいんじゃないか? ニッチでマニアック過ぎるから、ウケるとは考えにくいぞ」
「何ぞ、レイと似たような事を言うておるのぅ。 まぁ、ユウが言うておるのなら、その『滑りギャグ』とやらは、芸の一ジャンルとして確立しているのであろうな」
「お嬢、俺とユウの扱いに、差が出てないか?」
「レイ、お主は何の予兆もなく、しれっと会話に嘘を混ぜ込むからじゃ。自業自得じゃろ」
「反論できねぇ・・・・」
「さて、それはともかくとしてだ。ボチボチ村の人が粗方集まってきたみたいだから、レイはセッティングしたキッチンスペースの裏で待機しとけ。 取り敢えず後は、ガヤとかBGMとかの音響効果の演出と、実演が終わった順から班毎に調理に入って貰う説明だけしとけばOKか?」
「充分☆ 取り敢えず、お嬢達の笑いのツボらしきモノも取っ掛かりは掴めた事だし、後は出たとこ勝負で何とかやってみますか」
「・・・・どうやら、少しは不安が解消できたようじゃの?」
「お嬢のおかげだな。 取り敢えず、『サンキュー☆』とお礼くらいは言っとくわ」
「何ぞ、あまり感謝の念が伝わってこない礼じゃのう」
「まぁ、細かい事は気にするな、お嬢。 それじゃ俺は、待機場所で控えているんで、お嬢もユウも、後はよろしくネ~☆」
「・・・・・・」「ハイよ」
背中でユウの返事を聞きつつ、レイは軽めの足取りでカーテンで仕切られたキッチンスペースへと歩いて行き、その場にはルナとユウが残った。
「のう、ユウ?」
「何だい、姫?」
「結局、レイの言っていた笑いのツボとやらは、一体どういったモノなのじゃ?」
「ん~~~~~・・・・乱暴な言い方かも知れないけど、対象となる相手の笑いを喚起できる閾値・・・・とか、沸点みたいなモンかな」
「それが、レイが不安を覚えるほど重要な要素となるのかのぅ?」
「まぁ、他人の感情を意図的に引き起こさせるのって、頭で考えるよりずっと大変だからね。 蛇足だけど、レイはどちらかというと、自分の頭で考えて人を意図的に笑わせる事はそんなに得意じゃないからね。 多分、さっきの姫と周りの人の反応で、レイが予想していたよりも低い閾値で笑いが誘えそうだと感じたんじゃないかな。だとしたら、天然でボケて笑わせる事も可能だろうし・・・・それで、少し気が楽になったんじゃないかな?」
「ふむ・・・・そうか」
「んじゃ、姫。ボチボチ村長夫人の隣の席に座っといて貰っていいかな?俺も、最後の準備を整えるんで・・・・」
「そうか、分かった」
そう言ってルナは、ユウが指定した席に向かい、ユウは最後の作業をする為に一賃スペースの方へと向かって歩いて行った。
何か、本番の調理シーンまでいけませんでした(汗)
話の流れでルナ達の時代の住人の、笑いの閾値についてのシーンが思いの外長くなってしまいました。本当は、ユウとレイが定住先を決めて歓迎会をやる辺りで、そういうシーンを入れる予定だったのですが・・・。
キャラクターが、独り歩きし始めているのを実感し始めている今日この頃です、ハイ。
今回、調味料の起源や作り方などを調べたのですが、めっさ量が多くて少々手間取り閉口しました。自分達が知っている調味料って、結構新しい時代(十九世紀半ばから二十世紀)にできたモノが多かったんですねぇと、感心する事頻りです。