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●Battle.12 学校に行こう! ↑

『そうですね。…………まあ個人的には、そこまでやるなら他のキャラクターを使えば良いのに、とも思いますが……速いキャラクターは沢山居ますからね、何も『コック』でなくても』


 明梨は自宅で夕飯を作りながら、考えていた。明梨の握るフライパンが、何度もコンロの上で動き回る。


 意味が無いことなんて、世の中にはひとつもない。


 そう考えながらも、どうしても――……比山の考える事が正しいと認識している自分が居ることに、明梨は気付いていた。……所詮、世の中は才能に溢れる人間が作っている。人を導き、人に支持される人間こそが重要で、その他の人間はそんな一部のカリスマに付いて行く事しかできない。


 自分よりも遥かに優れた男が、そう言っているのだ。


 ……やるせない。


 明梨は少し強めに、コンロにフライパンを叩き付けた。


「あう……んっ、あっ。……んにゃー」


 明梨はコンロの火を止めて、深く深呼吸をした。


 落ち着け。……別に、路上でインタビューされている比山才華を見ただけで、『コック』の事について言われた訳でも、明梨の事を言われた訳でもない。


 そう考える事にして、どうにか思考から比山の存在を消そうと試みる。明梨の作っていた焼きそばの頃合いが、丁度良くなっている事に気付く。


 もう少し考え事をしていたら、焦げる所だった。少しそのように思いながらも、明梨は焼きそばを大皿に盛った。


「あーん……もー……うー……」


 ところで、さっきから聞こえて来る、この……艶めかしい? 声は、一体何なのだろうか。


 明梨が振り返ると、トットが六畳一間の部屋で一生懸命に、ごろごろと転がっていた。……相変わらず、この娘は何を考えているのかよく分からない。明梨はそう思いながらも、焼きそばの入った大皿をちゃぶ台の上に置いた。


「……何してるんだ?」


「明梨さーん……今日、ゲームセンターに行ったじゃないですか……」


 少々涙目になりながら、トットが起き上がって明梨を見る。その潤んだ瞳は、どことなく色っぽい。不覚にもときめいてしまった明梨は、努めてトットの方を見ないようにした。


「なんだよ。それがどうかしたのか」


「どうも、耳がこってしまったみたいで……」


「耳ってこるの!?」


 トットは畳の上で、ごろごろと転がっている……なるほど。どうやら、耳を畳に擦り付けているようだ。明梨には到底理解できない行動だったが、どうやらトットは困っているらしい。


 明梨は二人分の取り皿をちゃぶ台に置くと、仕方なくトットの前に座った。


「……それで、そんな事をしてるのか?」


「そうなんですよう……でも、全然だめで……」


「普通、肩こりとかはさ、肩を揉むだろ。それじゃ駄目なのか?」


 不意に、トットが真剣な表情で明梨を見た。


「――なるほど!?」


 いや。気付け。


 トットが起き上がると、びこん、とトットの耳が跳ねる……これが、こっている状態なのだろうか。明梨には、正直よく分からない。


 何やら緊張しながら、トットは自身の耳に両手を伸ばしていく。何を慎重になっているのか知らないが、どうにもトットは呼吸が浅くなっていた。


 そろりそろりと、ゆっくりと――……トットはようやく、自分の耳を触った。


「んあっ……」


 いや、待て。……これは。


 明梨は思わず、口元を押さえた。


「んっ……あっ、やんっ……ふうう、んっ、んっ……」


 どうしてだろか。ただ、耳を揉んでいるだけなのに……何故か、扇情的だった。


 赤くなった顔を悟られまいと、明梨はトットから視線を逸らした。トットは時折、びくんびくんと震えながら、半分陶酔したような顔で自分の耳を揉んでいる。


 ……心臓に悪い。


「もう、いいだろ。……晩飯、食おうぜ」


「あ、はい。そうですね……」


 箸を取ると、トットは不意に、とろけるような瞳で明梨を見た。


 明梨は顔を引き攣らせて、その妙な反応をする少女を見ていた。


「あ、あの。……明梨さん」


「なんだよ」


「……耳、揉んでくれませんか?」


 一体何を言っているんだコイツは。


 思わず、明梨は眉をひそめて、顔を歪めてしまった。


「何故、俺が」


「ごめんなさい……やっぱり、自分じゃどうしてもうまくいかなくて……!!」


「むしろ何故俺ならやれると思った!? 付いてねえんだぞ、お前と違ってそんな耳!!」


 ……しかし。


 トットの耳を、明梨は見た。トットと出会ってから最初の一度きりで、それ以降は殆ど堪能していないトットのもふもふ。……あれにもう一度、触れる日が来ようとは。


 紛れもない、もふもふである。トットは若干切なそうな顔をして、明梨を見ていた。


「やれやれ……五分だけだぞ?」


 そう言いながらも、明梨は満更でもなかった。明梨が承諾すると、トットは顔を真っ赤にして、明梨に顔を近付けた。


 どれだけ足掻いても、もふ欲には勝てない。


「よ……よろしく、お願いします」


 恍惚とした表情で、トットは明梨を見ていた。僅かに上気した頬と、少し涙ぐんだ真紅の瞳。明梨は箸を置いて、トットに向かい合った。


 トットは仰向けに寝転がって、胸の前で手を組んだ。


「何で寝転がるんだ……」


「あの、腰が抜けてしまうと……いけませんので……」


 抜けるのか。耳を揉まれて、腰が。


 相変わらず、ネコウサギ族の生体はよく分からない。


 そうして、トットは明梨を見詰めた。


「その……優しく、してくださいね……?」


 どうしてこう、この娘は明梨に、執拗にいけない想像をさせるのだろうか。揉むと言っても耳だぞ、耳。明梨はそう思いながらも、トットの様子に動揺してしまう。


 俺は今、驚異のもふもふ体験に溺れようとしている……。


 明梨はトットに近付いて、両手を伸ばした。


「あっくん、ゴーヤチャンプル作ったから一緒に――――…………」


 瞬間、玄関の扉を開いて、夢遊が現れた。


 仰向けに寝転がって、胸の前で指を組んでいるトット。四つん這いになって、そのトットの上にいる明梨。その二人が、玄関を見てフリーズした。


 また、扉を開いた状態のままで、夢遊もまた、フリーズしていた。


 ……無言の空間。


「あっ……えっと、ミュー先輩。こんばんは」


 そして。


「ケモナー……?」


 すう、と、夢遊の姿が薄くなった。


「ちょ、待っ……何もしてねえから!! 別にケモナーでもフレンズでもねえよ落ち着け!!」




 ○




 六条一間に、新たな人間が現れた。愛田夢遊は座布団の上に正座して、ちゃぶ台を挟んで明梨とトットを見詰めていた。ちゃぶ台の上には明梨の作った焼きそばと、夢遊の作ったゴーヤチャンプルがタッパに詰まっている。


 何故か、明梨とトットも正座していた。


「……じゃあ、○○○○みたいなことをしようとしていた訳じゃないのね?」


「しねえよ!! 俺を何だと思ってるんだ!!」


 即座に明梨が否定すると、夢遊は厳しい眼差し――……と言っても、普段から眠そうな眼差しはそのままだったが、明梨を見た。


「じゃあ、△△△とか、×××とかも?」


「えっ?」


 聞いたことがない単語に、思わず明梨は聞き返した。


「□□□□して、その???を%%%%……」


「えっ、ちょっと待って。ミュー先輩、何言ってんの?」


 不意にきょとんとして、夢遊は明梨を見詰めた。


「……してないのね?」


「何をしていないのかも理解できてないんだが……」


 夢遊は、首を傾げた。


「……………………こほん」


 あ、誤魔化した。


 誤魔化したよ、この人。


「あっくん、ゴーヤチャンプル作ってきたの。一緒に晩ごはん食べよー」


 何も無かった事にする気だ。


 何も無かった事にする気だよ、この人……!!


 まあ、良いけど。明梨は無理矢理納得する事にして、苦笑した。


 夢遊は簡素な服にカーディガンを羽織ったような格好で、部屋着のままで来たようだ。普段はどこから入手して来たのかも分からない珍妙な帽子を被っているものだが、珍しく……その頭には、何も被られていない。


「焼きそばとゴーヤっすか?」


 それは、組み合わせとしてどうなんだろう。


 明梨が問い掛けると、夢遊はとろけるような笑みを浮かべた。


「けっこう……おいしそうじゃない?」


「そうかねえ……」


 皿に盛ると、トットがゴーヤの匂いを嗅ぎながら、耳をぴくぴくと動かしている。……どうやら、初めて見る食べ物らしい。


「こ、これは……なんでしょうか?」


「ゴーヤだよー。トットちゃん、見たことないー?」


 夢遊はそう言って、懐から生身のゴーヤを取り出した――……いや。どうして、そんなものを持っているんだ。明梨は夢遊の奇怪な行動に、思わず眉をひそめたが……トットがゴーヤを、受け取る。


 両手でゴーヤを握り締めて、ふんふんと匂いを嗅いでいた。


「これは……かたくて、太いですね……」


 トットが舌を伸ばして、ゴーヤを舐めようとする。


 明梨はそんなトットから、ゴーヤを奪った。


「あっ……明梨さん!! 何するんですか!!」


「ええい、もういいだろ!! 飯を食え!!」


 何故か、トットの行動は明梨にとって、目に毒なのだ。ようやくゴーヤチャンプルと化したゴーヤの方に目を向けたトットが、興味津々といった様子で皿のゴーヤに手を付けた。


 口に入れて、噛む。


 瞬間、全身に電流が走ったかのようにトットは痙攣し、両耳を真っ直ぐに立てた。


 鳥肌が立っていた。


「んにゃ――――――――!!」


 ものすごい声が漏れた。


「なっ……なう……なんですか、これは……!! に、にが……」


「別名、『にがうり』だからねー。苦いのよー」


 夢遊はにこやかに返答をするが、トットはそれ所ではなさそうだ。一気に食卓の水を飲み干すと、顔を真っ青にして溜め息をついた。呼吸が荒い。


「この世の終わりです……!!」


 言い過ぎだ。


 ものを食べるたび、表情豊かに反応するトットを横目に、明梨は夕食を食べ始めた。ゴーヤは苦手と分類されたのか、トットはどうにか避けて、他の具材を食べようとしている……反面、焼きそばはかなり良い評価らしい。既に二度目のおかわりを貰うべく、大皿へと手を伸ばしていた。


 明梨はふと、苦笑してしまった。


「あっくん、ちょっといい?」


「んー? どうしたんですか、ミュー先輩」


 その時、明梨はまったく、警戒していなかった。


 何気ない食卓、夕飯どきの会話で、夢遊が切り出した話の内容は、とても重いものだった。


「……あっくん、学校、行かない?」


 明梨は思わず、食事している箸を止めた。


 その話は、すっかり二人の中ではタブーになっていた。今更、夢遊がそんな事を言い出すとは思っていなかった――……明梨は夢遊を見た。夢遊は少し寂しそうな顔をして、明梨の事を微笑みを浮かべて見ていた。


 寂しい……寂しいのだろうか。明梨が学校に行かなくなって、もう結構な時が経っている。


「学校を辞める訳でもなくて……これから、どうするの? 私ね、あっくんの事、心配だよ」


 まともな就職先なんて、もう望めない。


 それは、明梨自身が一番よく分かっていた。専門学校にすら行くことができないのだ。大学ですらない……今から他の学校を受けるのも、金銭的な負担が重く、無理だろう。だが、高卒でどこに就職すれば良いのか。


 明梨は、苦い顔をした。大きく息を吸って、吐く。


 返答など、初めから決まっている。


「……別に、学校を卒業したからと言って、何か未来が開ける訳でもない。……なんか、虚しくなるだけなんだよなあ」


「でも、でもね。学校に行かなかったら、可能性すら無いんだよ?」


「じゃあ、学校に行ったら、俺に何かができると思いますか?」


 少し苦笑して明梨がそう言うと、夢遊は悲しそうな顔をした。


「俺さ、もう気付いてるんですよね。漫画家とかゲームクリエイターとか、俺には向いてないんですよ。高い目標があった訳でも、夢があった訳でもない――……これからどうやって生きていくのかなんて、俺自身が聞きたいくらいで」


「でも、それはさ!! 学校に行きながら、探すのでも……」


「この世界でやりたい事なんて、俺にはない」


 蓋を開けてみれば、自分はこの場所で、何もできない。


 それが分かっているからこそ、明梨は自分自身の事がみじめで仕方がないのだ。学校に行くと、夢や希望を抱えている沢山の人間と、嫌でも触れ合う事になる。それが、苦しくてたまらないのだ。


 才能があったり、能力のある人間と、自分を比べるのがつらい。


 明梨は箸を置いて、立ち上がった。まだ半分も食べていない夕飯を、そのままにした。


「ごちそうさま、ミュー先輩。……ちょっと、外の空気を吸ってくるんで。トットと食べてください」


 玄関に向かって歩くと、夢遊の視線が背中に付いてくる。


 夢遊の心配も、よく理解している。


 明梨はやるせない気持ちで、外に出た。



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