第4話 消すモノと消されるモノ 一
ここに訪れるのはかなり久々なことだったが、相変わらず外側から見ると開いているのだかいないのだか、よくわからない外装をしているな、と訪れた人間は苦笑した。
店ということを示すのは、ただ一つ入口の上にある木製の看板のみであり、内装はといえば、たとえ入口がプラスチック製の引き戸とそれに連なる窓だとしても薄暗く、せいぜい窓側に寄せられたテーブルまでしか判別できない。ここが南向きの店だったのならまだ陽の光が入ったかもしれないが、この店の入り口は北に面していため直射は避けられている。
元々この店の主人は客商売を目当てにしているのではない、とはわかっているものの、この明るい商店街の一角にある骨董品店はいささか、否ものすごく異様だった。その異様さを更に増すかのように、店の隣は本当に普通の八百屋と洋服屋だ。逆にいたたまれなくなってくる。
そんなことをとりとめなく思いながら、店を訪れた人間は店内に足を踏み入れた。
カランカランと、来客を告げる音が響く。丁度その時別の客を応対していたニシキは、その姿を認めると、どことなく面白そうな笑みをこぼした。来客が二人以上とは珍しいこともある。ちなみにこの店の週間平均来客数は1人から2人だ。いつも狭い店が、人が3人もいるだけでぐっと狭く感じる。
「よう。久しぶりだな、本屋の倅」
「こんにちは。……と、お邪魔だったかな?」
「いや、すぐに終わる。その辺にいてくれ」
そう告げたニシキの手元には、鞘から半分ほど引き抜いた日本刀がその銀色の刃を光らせていた。少しばかりなめらかな反りのある刀身。やはり日本刀というのは美しい。
美しいといっても、ニシキの場合ごく一般的な意味でしかない。骨董品店の主人でありながら、あまり目利きがある方ではないのだ。なぜそんな自分が骨董品店の主なのかといえば、それはつまり世の理から外れたものを追いやすい仕事であるから、というだけ。ただの目的のための手段。例えば、丁度今この時がそうだ。
ニシキは先客だった刀の持ち主をじぃ、と見つめた。
「客」
「は、はい」
「確かにこれは良い刀だ。が、妖刀だな」
日本刀の持ち主はニシキの真っ直ぐな視線に耐えきれず、おろおろと視線を彷徨わせた。その様子を見て、ニシキはやはりな、と笑う。
客は身なりの良い中年の男だった。依頼は単純、この日本刀を引き取ってほしいというもの。
現代において刀は大変高価だ。作り手が少なくなっているし、なにより一振り作るだけで大層な時間がかかると聞いたことがある。そんな高価な日本刀を所有出来るということは、それなりに金を持っているということだろう。
ではなぜわざわざ骨董品店に刀を預けるのかと言ったら、当然そこにはしかるべき理由があるわけだ。
彼がこの日本刀を見せた時に言った話では、「刀剣を集めるのが趣味だったがとある事情により金に困り、それでやむなく手離すことにした」とのことだったのだが。
「鞘から抜いたのが私でよかった。並みの人間なら一発で精神を乗っ取られていたかもしれない」
若干上半身を前のめりにして、少々意地の悪い笑いを浮かべながら、脅すように刃を煌めかせてみた。案の定客の顔に怯えの色が走る。危険な妖刀であることを隠してまで手離す気だったのだ。多少の脅しぐらいしてもいいだろうとニシキは思う。
(まったく、一体どこから手に入れたのやら……)
ニシキが呆れながら再び刀に目をやると、その呆れ顔が白刃に映る。柄や鞘の状態から相当に古いものであるはずのそれは、鞘から久しく抜かれることはなかっただろうに、こんなにも光を反射している。そんなことはあり得ない、と素人のニシキですらわかる。
どんなに素晴らしい刀であろうと、手入れを怠ればただの鉄の塊として錆びていくもの。だというのにこの刀は、依然美しいままだ。
「この刀が前に抜かれたのはいつなのか、知っているか?」
「いや…私も詳しくは知らない。譲ってもらった時にただ、抜くときは気をつけろと言われただけで……」
「そうか」
よくよく眼を凝らしてみると、刃はみるみると禍々しい気を放ち、狂気を帯びていく。もはや白刃などとは呼べない毒々しい黒刀。この刀、果たして何人斬ったのだろう。いわゆる「怨念が籠っている」状態というのは、まさにこういう状態かもしれない。これがこの刀の正体か。――――美しい姿をしてヒトを誘い、更なる生血を欲している。
あっという間に精神を乗っ取られるというのは別に脅しのための嘘ではなく、間違いなく人を狂気に陥れる恐ろしいものだ。銃刀法が施行されているこの平和な時代の日本で、よくもまあ今まで日の目を浴びずにこれたものだとある意味感心する。たらい回しにされ確固とした所有者が居なかったか、はたまたどこか蔵の奥底にでも眠っていたのか。
「そうして大方、他にも引き取り手を探したが皆断られて、ここに来たというオチだろうな」
その推測は客の強張った表情を見る限り、当たりのようだ。彼の顔に流れる冷や汗を見、くすりと笑う。
「こういう商売をしている奴らは大概目が良いからな」
これの持ち主やこれまでの引き取り手候補が鞘を抜かなかったのは、おそらく本能による危機回避だったのだろう。鞘に収まった状態ですら、触れた途端に分かるほどの禍々しい気配を放っていたのだから。力のあるなしに関係なく、人間とは本来そういったものを感知する能力が備わっている。
だからこそ今ここにこうして、これを引き取ってほしいと現れることが出来たというわけだ。
「それで、引き取っては――」
「いいぞ」
「……は?」
「なんだ、断られると思ったのか?」
キン、と小気味よい音を立てて鞘に刀をしまう。中年の客はきっと、ここでも断られると覚悟していたのだろう、ニシキが事も無げに引き取ると言った言葉に呆気にとられた顔をしていた。
「どうして?…なんて思ってるのかな?それもそうか。
日本刀をいくつも所持しているらしいあなたがこんな寂れた所にくるってことは、きっと他の引き取り手候補にでも紹介されて来たのだろうから、ある程度は説明されてると思うけど、うちは少しだけ特殊なんだ。こういうワケありなものは両手を広げて歓迎する。
で、引き取り価格なんだが……うん、このぐらいでどうだ?」
近場にあった電卓を使って、客に引き取りの値段を提示する。
「こんなに?!しかし他の店では、」
「だから特殊なんだ」
目をむいて驚く客をよそに、にやり、といつもの笑いを浮かべながらニシキはこの交渉が成功することを確信していた。
「毎度ありー」
淡々と金銭のやりとりが終わり、日本刀の前持ち主は立ち去っていった。その時の彼の、憑きものが取れたような、ほっとしたような何とも言えない表情に、ニシキは内心笑いたくて仕方が無かった。立ち去る直前に心から感謝しているとばかりに頭を下げられた時はとうとう我慢できずに吹きだしてしまっていた。よほどこの刀が恐ろしかったのだろうが、大げさすぎる。
彼が二度とこんなものに出くわさなければ良いが。そう思いながら手に入れた日本刀を見た。
ニシキが骨董品店を営む理由はただ一つ。こういう曰く憑きのものにである確率が高いからだ。日本刀というのは作者の思い入れやら、その作られた意味からして、こういった妖刀になってしまうものが多い。もちろんその逆もまたしかりで、素晴らしい作品が沢山存在している。だからこそふいに理を外れてしまうものもある、ということなのだろう。
(それにしても、なかなかに厄介な刀だな)
すらりと刀身を鞘から引き抜く。ニシキの腕の長さよりも少し長い。目を凝らしてみなければその刀身は白刃に映るが、一度正体を見破ってしまえばそんなものは無意味だった。
ここまで禍々しい気配を持つものを見たのは随分と久しい。ほんの一昔前であれば少し気配をたどればすぐにでも見つかったものだが、この時代になってからはほとんど見かけなかった類のものだ。
(とりあえず処理は後々でも出来るし、このままにしておくか。それより今は……)
さて、と言ってニシキはそれまで店の端に立ち空気のようだったもう一人の客人を見た。
「お待たせしたかな。本屋の倅」
「構わないよ。妖刀なんてまた珍しいものに出くわせて良かったしね」
「物欲しそうな顔をしてもあげないぞ。これは私のだ」
「でも、消しちゃうんでしょ?」
ふいに頭上から声が降りかかる。階段を下りてくる足音と共に、美少年が姿を現した。
「おや人見知り君、何かご不満かな?」
降りていた足を止め、階段の途中で人見知りと呼ばれたことにわずかに顔をしかめるスバル。にやにやと笑いながら、ニシキは事実だろう?と伺った。
スバルは常連の客の前以外には滅多に店に降りてくることはない。たとえその時間帯まで店にいようと、来客があればそそくさと二階へと上がって行ってしまうのだった。そのため、この店に所縁のある一部の人間からは『幻の美少年』などというチンケなあだ名がついているのだが、ニシキは面白いからという理由で放置している。
「どうしたスバル?お客はもう一人いるよ」
ニシキの軽口を無視して、スバルは客人と目を合わせた。客人は人好きのするにっこりとした笑顔を向ける。
「……こんにちは、ゼンさん」
「こんにちはスバル君」
「なんだ、本屋の倅は顔見知りだったかな?」
ゼン、と呼ばれた人物は洋服が入り乱れるこの現代に珍しい和服の着流しに身を包んで、柔和な雰囲気を漂わせている青年だった。歳は20代半ばから後半。背が高く、ひょろひょろとした体型。柔らかそうな茶髪に、少しばかり細いが温厚そうな下がり目と口角の上がった口元は、絶えず笑みを浮かべているように見える。
通称、本屋の倅。その名の通り古書や珍しい本などを扱っている老舗の本屋の息子だった。ニシキの店とは彼の祖父の代から親しくしている。
元々はとある本を巡って知り合った関係で、それ以来こうして度々本にまつわる事件があるとニシキに頼みに来るのだった。
今回もおそらく本絡みの何かだろう。
「倅。相変わらず胡散臭そうな奴だな。親父さんはつつがないか?」
「久しぶりに僕が来た感想が胡散臭そうってなんだいそれ。親父は元気だよ。外回りは俺になったけど、今も古書集めに夢中。
ていうか、その倅と呼ぶのなんとかならないかな。いい加減名前ぐらい覚えて欲しいんだけどね」
「お前の親父を呼ぶ時は本屋だ。その本屋の倅なんだから、倅でいいだろう?何か問題が?」
人の悪い笑みをたたえながら、ニシキはそう言って持っていた刀をビシッとゼンの前に突き出す。どういう理屈なの、とスバルの冷静な指摘が入った。
刃物を向けられたゼンは当然身をすくめて飛び退く。狭い店では一歩後ろに退いただけで棚やテーブルに当たる。案の定ゼンは腰をテーブルの角にぶつけた。
「いったー……危なっ」
「気をつけてくれ。その辺にあるのはわりと珍しいんだ。ガラクタだけど」
「君ね、人に刃物を向けちゃだめって知らないのかい」
「知らない」
「知らない?どんな生き方したら、知らずに生きてこれるの?」
「で、何の用で来たんだ?」
ぶつぶつと文句を言い続けるゼンの言葉を全て無視して、会話を先に進めるニシキ。その顔はとても面白そうだ。
ひどい、とニシキ以外の二人は思う。
「どうせ何か困ったことだろう?」
「まあそうなんだよね。……とりあえずその物騒なもの仕舞わない?」
ニシキが素直に刀を鞘に戻すのを確認すると、コホンと一つ咳払いをしてゼンはにこにこしながらここへ来た理由を話し始めた。
「親父の友人に頼まれたことなんだけどね」
小出し小出しすぎてわかりにくいですが、少しずつニシキがどういう存在か出しています。いずれドバっと明かす予定です。
まだまだ謎ばかりっすね。