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第1話 幸せを呼ぶ壺:前編

 古いものというのはそれだけ年月を生きているというわけであって、その分とても傷つきやすい。掃除をするにしても繊細に扱わなければすぐに傷がついてしまうし、下手をすれば壊れてしまう。だから片づける時にはものすごく気を使うし、正直とても面倒臭い。

 この店には、そんなものが沢山溢れている。カタカタと、最近店の主人がどこからかもらってきたらしい小さなぬいぐるみをテーブルに並べながら、スバルは思う。

 店、と言うには少々狭いと感じる中にそれらはあって、大小様々な形をしていた。ただでさえ狭い空間なのに入口から奥まで、古時計やら年代を感じる和箪笥、美しい模様の入った大きめの壺、小さなブリキや古書などが無造作に並べられた棚が3つほど置かれ店内を囲んでおり、窮屈感を演出している。おまけに中央には陶器で出来ているらしい皿やガラス細工を乗せた、これまた古いテーブル。おかげで通路は人が一人歩ける分しかない。

 天井を見上げれば蛍光灯が店内を照らしているが、この店の主人が明るすぎるのを嫌って淡い乳白色なため、薄暗い。入口はありふれた透明なプラスチック製の引き戸だったが、明るい外から見れば当然暗い店内は異様で、滅多に客は来ない。それはつまり、店側に迎える気がないということだ。以前スバルが、「一応お店なのにそんなので良いのか」、と呆れながら聞くと、主人は「こうすれば本当に来たいと思う人間だけが来るだろう?」と納得がいくような、いかないような返答をしたのを覚えている。スバルにはよくわからない理屈だ。

 それと同時に主人の、悪戯が成功して喜んでいるような笑顔を思い返していた丁度その時、カラン、カランという乾いた音が店内に響いた。


「いらっしゃ…おかえり」


 条件反射で発した言葉を途中で切り、店内にその人を迎える。いつもならばそれは客が来たことを知らせる合図だったが、それは主人の帰りを知らせるものだった。


「ただいま」


 白いコートをなびかせ、カツカツと軽快な音を弾ませながらこちらに近寄ってくる人物。この店の主人、ニシキだ。年の頃は見た目で判断するなら10代後半から20代前半だが、ニシキと出会ってから何年も経っても、彼女は依然とこの姿のままなので実際の年齢は知らない。肩口で切りそろえられた黒髪、それらが囲む顔の造作はスバルの感覚からすればまあまあというところだったが、同じく切り揃えられた前髪の下からこちらを覗く二つの目は強い意志を感じられる漆黒で、薄暗い店内の明かりにも煌めき、それがとても印象的な女性だった。


「消してきたの?あの壺」

「当然だ」


 ニシキは店内の奥にしつらえてある店主用の机まで進み(これも年代物だ)、それまでに脱いだコートを傍にあった椅子にかける。その様子を見つめながら、スバルは「…そう」とだけ呟いた。その声音に耳聡く気付いたニシキは、面白そうにスバルを窺う。


「なんだ、不満か?」

「別に不満はないけど。不幸を呼ぶ壺じゃあなかったのになって」

「馬鹿を言うな」


 スバルの言葉に鼻をならし、身体を椅子に投げるニシキ。そのままもう一度視線をスバルに向けると、こちらを見ていたのだろう、目が合う。相変わらずスバルの顔は整っているな、となんとなく見つめながら思った。

 スバルは少年の姿をしていた。否、こういうのを美少年というのか。彼の容姿は限りなく金に近い色素の薄い髪と目という変わり種だったが、整った顔に少年らしいあどけなさと表情にある冷静さを兼ね備えた彼の雰囲気は、どことなく妖艶で不思議だった。

 顔の造作に大してこだわりが無いニシキだったが、やはり綺麗なものは良い。特にニシキは彼の静かな眼を気に入っていた。明るい日の元であれば透き通るような黄土色の目だ。

 そしてその目には確かに不満の気配は感じられなかった。それを確認すると、ニシキは片方の口角だけを上げ口を開けた。


「幸と不幸は紙一重。作為的な幸せは後から大きなツケを生む。幸を与え続けていたアレは必ずそのうち災いになる。だから今のうちに消したんだ」


 言うなればこれは人助けだ。たとえニシキが自身の目的のためにあの壺を破壊したとしても。


「あの壺は人の不幸を吸い寄せ、内に貯めておくものだった。まだ貯めておけるほどの容量があったから良かったじゃないか。

 もしも遅かったらあれは今度は不幸を呼ぶ壺になりかわっていた。」


 しかしながらあの理事長はそのことに気がつかず、訪れる幸せを散財していた。幸せばかりが立て続けに彼には降りていた。壺の持つ力によって。だがそれではおかしいのだ。何事にも何者にも、それ相応の容量というものがある。その容量を超えた時、一体それはどうなるか。破裂するだけだ。


「不幸を呼ぶ壺…ね」

「まだ何かあるのか?」

「ねえニシキ。そんなものがもう一つあったらどうする?」


 淡々と告げられた台詞に、ニシキの片眉が上がった。


「何?」


 スバルは一般的に言うところの助手というやつだった。ニシキの命令に従い、ニシキを補佐し、必要な情報を集める。それというのもニシキが情報収集や身の回りに疎かったためだ。彼が傍についてから結構な年月が経っていたが、素晴らしく有能な助手だ。


「見つけたんだもう一つ。理事長の壺の気配が消えたと同時にね」

「…今まで気配が無かったのはなぜだ」

「理事長の壺と対であることを利用して、隠れ蓑にしていたみたいだね。そこそこの術者だったみたいだ」

「なるほどな。持ち主は?」

「…すぐ行くの?」

「ああ」


 ニシキは立ち上がり、椅子にかけておいたコートをまた羽織る。せっかく帰ってきたばかりだというのに、慌ただしい。そんな視線を互いに寄こしながら、それぞれ行動を起こした。

 ふう、と一つ息をついて、スバルがおもむろに片腕を宙に浮かせると、手元に小さな光が生じた。初めは白かった光はやがて青色の変化し、光が一つの形を作ったのと同時に、それは羽ばたいた。


「…青い鳥か。お前はロマンチストか何かか」


 作りだされた鳥を見て、ニシキは呆れたように問いかける。スバルはにこりともせず、ただ淡々と言葉を返した。


「ただの遊び心。目的の場所はその鳥についていけばいいよ」

「わかった。じゃあ行ってくる」


青い鳥はニシキの肩に止まり、チチチと鳴いた。ニシキが「よろしくな」と小さく頼むと鳥はまた羽ばたき、何度かニシキの周りを回った後、入口の方へと飛び去った。


「帰る頃には夕食の時間だな。作っておいてくれ」

「了解。…持ち主はある程度力を持ってる奴だと思うよ。異物隠してたんだし。気をつけてね」


狭い空間に軽快な靴音とカランカラン、という音と、涼やかな短い笑い声が店内に響いた。ニシキは入口のドアに片手をついて上半身のみを振り返ると、


「誰に向かって心配してるんだ」


と不敵に笑った。


とりあえずスバル君は美少年です。ニシキはおかっぱ。好きですおかっぱ。

前・中・後(多分)の各話構成でいきます。まだまだ思案中ですが…。

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