第一話
「おい野上! また俺の体が曇り始めてるぞ! 良質な曇り止めで今から磨けぃ!」
「きゅーきゅきゅー!(野上しゃん! パパが『スカウトメールがうっとうしい』ってかなりご立腹でしゅ! あとおやつくだしゃい!)」
「野上さん! 各セクターからの経費申請、領収書が不鮮明っていうか理由がイミフでパチパチっと処理ができないんっすけど!」
「野上さん野上さん。本日の面談予定者で廊下が溢れ返り、その熱気で私の体が溶けかけております。至急エアコンの設定温度を氷点下に」
「うるせーーーーーーーっっっ!!!!」
なんで妖怪である俺が人間のサラリーマンみたいにストレスで胃をやられながら、他の妖怪やら何やらに振り回されなきゃなんねーんだよぉ!!
***
……まもなくドアが閉まります。駆け込み電車は危険ですのでおやめください……
ガコンという音とともに進行方向とは逆へ全員の体が揺れる
楽しそうな顔でこの電車に乗ってる奴なんか一人もいないだろう
午前7時48分。都心へ向かう電車の中は、さながら「負の感情」だけを詰め込んだごった煮のようだ。
いや、闇鍋のほうが近いか?
(……あー、朝飯が楽なのはいいけど、やばすぎだろ日本……)
隣のスーツ姿の男からは「上司への怒気」が
奥の地味目の女からは「周囲への嫉妬」が
正面の学生服の子どもからは「将来への絶望」が
それぞれからにじみ出る紫とも黒ともいえる色をした”なにか”が伸びて延びて捻れて捩れてコンガラガッタって車内を漂っている
その”なにか”が鼻腔をくすぐる
それとともに腹が少し膨れる
俺が所属している会社のガイドラインによれば、これが現代における正しい”朝食”の摂り方だという
ふと、視線を窓に映る"人間の顔”から吊り革を掴む右手にやる
いつも通りの"人間の手”…ではなく、うっすらと”黄褐色の毛”が見えている
(いっ?! やべっ?!)
慌ててくたびれたスーツのサラリーマンを”上書き”する
(はぁ~…あっぶね~…)
普段の疲れに加えて”月曜日特有”の膨大な負の感情に当てられて、フィルターの許容値を超えちまったみたいだ
いつもの乗換駅で自分も含めほとんどの人間が降りる
そのまま別の電車に乗って闇鍋を漂うことさらに数分、やっと目的地に到着する
今度は全員、ドアが開くと同時に一目散に降りていく
途中、舌打ちする男、睨みつける女、我関せずの学生
自分も誰にもぶつからない様にいつもの道順を辿っていく
駅を出て徒歩5分
古ぼったいビルの入り口に着く
入口の両脇には、こんなぼろっちいビルに似つかわしくない異様に屈強そうな"出っ歯”の警備員が立っており4本の前歯がこちらを警戒する
その立派な警備員に”へらっ”と引き攣った顔でいつも通りに会釈すると、これまたいつも通りに警備員は警戒を俺から再び敷地外へ戻したのでビル内に入る
暦の上では夏には早いが、春は終わりが見えている
ビルのロビーはひんやりと心地よい
真正面には受付カウンターがある
受付の女性は始業の準備中のようだ
のそりのそりと近づいていく
「……おはようございます…」
受付嬢が顔を上げる
目と目が合う
ため息を吐かれた
「おはようございます。月曜朝から顔色が最悪ですね」
顔色が悪いらしいがそんなこたぁどうでもいい
カウンターの目の前まで来た
またため息を吐かれた
「どうしました?」
「…ば…って……」
「はい?」
「やば…ってに…んじん……」
「…はぁ~」
ダンッ!!と力強く両手でカウンターを叩いた
「やばいって日本人!!何なの?!なんで時間をずらさないの?!」
「あの…」
「やだったら時間ずらせよ!どんっっっっだけ車内を負の感情で埋めつくすのよ!見えんわ!!将来よりも一寸先すら見えんわ!!!」
「野上さん野上さん」
「俺はいいよ?!朝から負の感情ごちそうさまですわ!!でもな!そんな俺が躊躇って『やっぱちょっと嗅ぐくらいやめとこ』って躊躇するほどのモンだしてくんじゃねぇ!!」
黄褐の毛並みに可愛らしい三角耳を生やしたケモノは大興奮真っ盛り
「興奮のし過ぎで擬態が剥がれかけてますよ野上さん。……仕方ないですね。妖力もったいないけど…強制冷却失礼します。」
ふぅ~…
「だいたい古き良きのんびりした性格はどこにやった日本人!いっつもいっつもせかせかせかせか…あっ涼し…いや?!寒っ!!寝ちゃう!!冬眠しないはずの俺が冬眠しちゃ………」
………
「~~ぅっと」
受付カウンターの前には"常温だったもの”が一つ
手慣れた動作で、彼の首に『本日、情緒不安定により強制冷却中』の札を引っ掛ける
「えいっ」
可愛らしく蹴り飛ばされた氷像はロビー横の氷像が立ち並ぶコーナーに綺麗に参列した
「今日も毎週恒例の発狂具合でしたね~。さて、準備の続き続き」
静かで、”ひんやり”としたロビーはいつも通り平常通り
"常温だったもの”の脇を小なり大なり様々な姿が通り過ぎていく
「氷柱女ちゃんおはよ~」
「あっおはようございます。小豆さん」
「○▼※△☆▲※◎★●!」
「はいおはようございます。今日も熱いですね」
「畏怖」が枯渇しつつある現代、妖怪は存在のために「会社員」になった
八百万の怪異から末端の付喪神まで...
それぞれの能力を用いて”明るい”人間社会で、”暗い”妖怪社会を存続させるために
妖怪複合企業体 (モノノケ・コングロマリット)では、
大変だけど不思議な妖怪たちの日常生活が人間知れず活発に蠢いている




