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盲目令嬢と夜の語り部  作者: 万年亀


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天空都市の物語

その夜からアレンの訪れを待つ時間は甘く、そしてもどかしいものへと変わった。

彼は私の心の変化など知る由もなく、新たな冒険譚を語り始める。


それは、これまでで最もスケールの大きな物語。

『天空都市ラピュティス』の謎を追う冒険だ。


「ラピュティスは、古代の高度な魔法文明を持つ人々が空に浮かべた伝説の都市だ。

だが、その文明はある時を境に忽然と歴史から姿を消し、都市の場所もそこへ至る方法も全てが謎に包まれてしまった。私たちが偶然入手した一枚の古い石板に、そのヒントがかろうじて記されていたんだ」


『世界の背骨と呼ばれるドラゴンテイル山脈の最高峰にて、風の精霊の祝福を受けし者のみ天への道は開かれん』


ドラゴンテイル山脈。

その名の通り、まるで巨大な竜が大地に横たわっているかのような険しい山々の連なり。


アレンの語りは、私を凍えるような極寒の世界へと連れて行く。


ヒュウヒュウと岩肌を舐めるように吹き荒れる、暴風の音。


薄い空気。


吸っても吸っても肺が満たされないような息苦しさ。


ミランダの冗談を言う余裕も次第になくなっていく。

アレンが魔法で寒さから身を守る結界を張るが、それでも体力の消耗は激しい。


「ある吹雪の夜、私たちは小さな岩陰でビバーク……つまり、寒さをやり過ごそうとしていた。このまま進むのは危険すぎると判断したんだ。だが、ミランダはそれに反対した」


『こんな所でうずくまっていたら凍え死ぬだけだ! 嵐が止むのを待つなんて悠長なことを言っていたら食料が尽きちまう! たとえ無謀でも進むべきだ!』


『危険すぎる! 外を見ただろう!? あの吹雪ではすぐに自分の居場所さえわからなくなるぞ!』


そこで初めて二人の意見が真っ向から対立する。


慎重に活路を見出そうとする、学者のアレン。

危険を承知で直感と、自らの力を信じて突き進もうとする戦士のミランダ。


激しい口論。

互いを罵り合う言葉。


聞いている私の心が痛むほどだった。

けれど、それもまた彼らの絆の一部なのだ。


結局二人はどちらも折れず、その夜は冷え切った空気の中で背中合わせに、一睡もせずに過ごしたという。


そして夜が明けた時、ミランダがぽつりと言った。


『……悪かったよ、アレン。あんたの言う通りだ。あたしは焦っていた。この寒さが、あたしの判断を鈍らせていたようだ』


「それは誇り高い彼女からの、最大限の謝罪の言葉だった。私もまた、『いや、私の方こそすまなかった』と静かに答えた。嵐はその時、嘘のようにぴたりと止んでいたんだ。まるで互いの謝罪を待っていたようにね」


そう言ってアレンは笑った。

そして、彼らは再び山頂を目指す。


――そんな彼らの物語に夢中になる一方で、私の周りでは小さな、しかし確実な不協和音が生まれ始めていた。


侍女のアネットがどこか、私に対してよそよそしくなったのだ。


彼女は私の身の回りの世話を以前と変わらず、甲斐甲斐しく焼いてくれる。

けれど、その言葉の端々や態度の所々に何か私を窺うような、探るような雰囲気が感じられるようになった。


ある夜。

アレンが帰った後、私が物語の余韻に浸っていると不意に部屋のドアがノックされた。


この気配は間違いない。

アネットだ。


「お嬢様。まだお休みになっておられませんでしたか。……あの、先ほどまでどなたか、お客様がいらしていたのですか?」


彼女の声は心配と、そしてそれを超えた不審の色があった。

私の心臓がドクンと大きく跳ねる。


「……いいえ? 誰も来てなどいないわ。私が一人で少し物思いに耽っていただけよ」


「ですが……確かに、男の方の話し声が……」


「気のせいよ。風の音でも聞いたのでしょう。もう遅いわ。おやすみ、アネット」


私は彼女の言葉を冷たく遮った。

ドアの向こうで、彼女が納得できないまま立ち尽くしている気配が痛いほど伝わってくる。


まずい。

気づかれ始めている。


この、私とアレンだけの秘密の時間が脅かされようとしている。

その事実は私の心に暗い影を落とした。


そして運命の夜は突然訪れた。

その日、私は昼間の庭の散策で少し風に当たりすぎたせいか、夕方から微熱があった。


喉が痛み、体が鉛のように重い。

アネットは心配し、今夜は薬湯を持って夜半にもう一度様子を見に来ますからと告げていた。

私は、それをぼんやりとした頭で聞き流す。


夜が更け、外は激しい嵐となった。


ザアアアア、と窓ガラスを叩きつける猛烈な雨音。

時折、空が裂けるようなゴロゴロという雷鳴が屋敷全体を揺るがす。


こんな嵐の夜に彼は来てくれるだろうか。

体調を崩したりしないだろうか。


不安に思いながらベッドで横になっていると、果たして彼はやってきた。

窓が開く音は嵐の轟音にかき消され、私は彼がいつもの椅子に腰を下ろすカシャ、というあの乾いた音で、ようやくその訪れを知った。


「酷い嵐だね。来られないかと思ったよ」


アレンの声は、いつもと同じように穏やかだった。

しかし、その声はすぐに心配そうなものへと変わる。


「大丈夫かい、エリアーナ。少し息が荒いようだが」


「ええ、少し熱があるだけ。それより、物語の続きを……。ドラゴンテイル山脈の頂上に着いたのよね?」


私は体の不調を隠して彼にそう促す。


その時、私の頭はぼんやりしており、アネットが夜中に様子を見に来るという言葉を忘れてしまっていた。


そして、それが取り返しのつかない悲劇の序曲となることを、この時の私は知る由もなかった――。

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