光を失った日
初投稿です。
今回は最初なのでジャブとして50000文字くらいの中編作品です。
私の世界から光が消えたのは半年前のこと。
今でも時折、あの日の音が悪夢となって私の眠りを苛む。
ガタガタガタ、と不吉なリズムを刻む車輪の音。
あの日は、父の領地では珍しく朝から冷たい雨が降り続いていた。
庭園の石畳は濡れそぼり、鈍色の空を映して、まるで黒い鏡のようだったと記憶している。
手入れの行き届いた馬が二頭、真新しい革の匂いを立てる馬車を引いていた。
私はその中で窓の外を流れる雨粒の筋を、ただぼんやりと眺めていた。
――遠乗りには、あいにくの天気ね。
そんな他愛もないことを考えていた、ほんの一瞬の出来事。
ヒヒィィィン!
馬の、引き裂くような甲高い嘶き。
そして、ごう、と地を揺るがす轟音。
御者が何かを叫ぶ声と、革の手綱が限界まできしむ音。
パァン、とそれが断ち切れる乾いた破裂音。
全てが異常なほどゆっくりと、私の耳に届いた。
身体が、ふわりと宙に浮く。
美しい刺繍の施された座席の感触が、背中から消える。
私の金色の髪が目の端に映る。
一瞬の無重力。
その直後、世界は凄まじい衝撃音と破壊音の濁流に呑み込まれた。
バリバリバリ!と木製の車体が裂ける音。
ガシャァァァン!と窓ガラスが粉々に砕け散る音。
私の身体が、何かに叩きつけられる、鈍い衝撃。
そこで、私の意識は、ぷつりと糸が切れるように途絶えた。
次に気がついた時、私の周りは柔らかな布と、薬草の匂いに満ちていた。
自室の寝台の上だということは、背中に感じるマットレスの沈み具合でわかった。
けれど、何かがおかしい。
瞼が、開かない。
いや、開いているはずなのに――世界は、ただただ昏い。
まるで分厚い黒い布を被せられたかのように、一筋の光すら感じられない。
「……誰か、いるの?」
掠れた声を出すと、すぐに衣擦れの音がして、誰かが私の手を握った。
ひんやりとした小さな手。
侍女のアネットだ。
「お嬢様! お気がつかれましたか!」
彼女の声は喜びと、そして痛ましさを懸命に押し隠そうとしている悲痛さが混じり合っていた。
その声の震えが、私の胸に最初の不安の染みを作り出す。
「アネット……。どうして、こんなに暗いの? もう、夜なの?」
「……」
アネットは、答えない。
ただ、私の手を握る力が、わずかに強くなった。
代わりのように重々しい足音が近づいてくる。
父だ。
「エリアーナ、気がついたか」
父の声は努めて冷静さを装っているが、その奥に深い動揺と苦悩が渦巻いているのが私にはわかってしまう。
「父様。明かりを、つけてください。何も、見えません」
その言葉が、残酷な真実を示すことになる。
父の長い沈黙。
やがて、絞り出すように父は告げた。
医師の診断。
馬車の破片が私の頭部に強い衝撃を与えたこと。
そして視神経が回復不能な損傷を負ったこと。
その意味を私の頭はすぐには理解できない。
理解することを、拒絶していた。
回復、不能?
それは、つまり、どういうこと?
この闇が、ずっと続くということ?
――永遠に?
「……嘘よ」
私は、笑おうとした。
なんて、たちの悪い冗談だろう、と。
けれど唇は引きつり、喉からはひきつれたような息が漏れるだけ。
現実が分厚く冷たい壁となって、私の前に立ちはだかる。
じわり、じわりと、その壁から染み出す冷気が、私の心を凍らせていく――。




