第8話 タコ
陽が沈み始める夕方になり、コヨミは仕事を追えて家に帰る。そして家で握り飯を二つ作り、それを笹の葉で包むと、それを持って家を出て鬼山に向かった。夕暮れの空はオレンジ色と水色が混じりあい、その中に鳥の黒い影がぽつぽつと映って、いつ見ても綺麗だとコヨミは思った。
鬼山に着き、山を登っていく。そして洞窟に着くと、コヨミは洞窟の入り口から穴の奥に向かって声を発する。
「お兄ちゃん、いる? 夕飯持ってきたよ」
コヨミは笹の包みを入り口のふちに置いた。
「ねえ、お兄ちゃん。そろそろ家に帰ってもいいんじゃないかしら? 私、家で一人で寂しいよ。話し相手もいないし、ずっと一人だよ。お兄ちゃんが帰ってきてくれると嬉しいんだけど……」
コヨミは無言の穴に向かって話し続けた。
「お兄ちゃん、昔、川で遊んだことを覚えてる? 二人で魚獲りに行ったよね。ほら、村のすぐ近くの川。お兄ちゃんたら、魚を捕ろうとして、足を滑らせてひっくり返って、溺れかけたよね。今でもよく覚えてるよ」
穴は無言を続ける。
「他にも、一緒にこの鬼山に木の実を採りに来たことも思い出すよ。お兄ちゃん、草木のことは詳しいじゃない。だから色々な食べれる実を手に入れられて、ほんと助かるよね。今もここで木の実を採ったりしているの?」
コヨミは無言になって返事を待った。すると穴の中から人影が見えて来る。それは太郎の姿となって現れた。
「……」
太郎は無言でコヨミに片手一杯の木の実を渡した。
「すごいじゃない、お兄ちゃん! これくれるの?」
「……」
コヨミは木の実をつまむとそれを口に頬張った。
「おいしいね。お兄ちゃん、木の実を採るのは得意だよね」
「お前、それは?」
「え?」
「その、手の」
太郎はコヨミの手のタコを指さして聞いた。
「ああ、これ最近できちゃって。畑仕事が多いから……」
「……」
太郎は無言で返事をすると、笹の包みを持ってまた穴の奥に行ってしまった。コヨミは呼び止めようとしたが、声が詰まって出なかった。
「お兄ちゃん、なんで帰ってきてくれないの……」
穴は再び無言になった。コヨミは諦めて、帰ることにした。夕暮れの鬼山は夏の木々が影を作り、情景的な雰囲気を作っている。コヨミはその中を歩き、洞窟から離れて行った。




