第6話 両親
翌日になり、太郎は相変わらず洞窟の中であぐらをかいて壁を睨んでいた。太郎は考えた。なぜ妹は俺にそこまで親切にしてくれるのか。俺がグズでダメな兄だとは妹も思っているはずだが、妹はなぜか俺に優しかった。海で両親を亡くし、二人で生きるようになってから、妹はその傾向が強くなった。両親がいなくなったことで俺たち兄妹の絆が強まったのだとは思うが、いかんせん、それは俺のダメさを覆うほどの厚い幹になるのだろうか。俺は妹には迷惑をかけてばかりいる。ここ最近は俺の仕事がうまくいってないせいで、ほとんど妹の稼ぎで生活していた。今もこうやって妹に飯を持ってきてもらっている始末である。村人は俺と妹を比較していたが、俺自身が比較しても妹はよくできていて、俺はろくでもないのは身に染みるほどわかった。
妹は母に似ている。母は気丈で真面目な人間だった。風来坊な父に苦労していたが、母は俺たち二人をちゃんと育ててくれた。父と母は海の漁に出掛けて船が転覆して帰らぬ人になったが、生きていたら今も母は俺たちの大事な存在となっていただろう。俺を認めてくれる唯一の存在。
いや、母は俺を認めていただろうか? 俺は母が存命の内からまるでダメな男だった。村の中でもイジメられるし、仕事を手伝っても失敗ばかりするし、なにをやらせてもダメだったように思う。母はそんな俺に愛想が尽きていなかっただろうか? 母は表立って俺を批判するようなことはなかったが、愚痴ぐらいは周りに漏らしていたかもしれない。父に至っては完全に俺のことを見下していたのはわかっていた。俺が失敗しても叱りもしないし、憐みの目を向けたりもしない。ただうっすらとほほ笑むだけだった。果たして俺は両親には愛されていたのだろうか? 実は両親は俺のことを愛していなくて、ただ俺が愛されていたと思い込んでいるだけなのではないだろうか。両親は俺のことをどう思っていたのか、それはもう二人が亡くなってしまっているのでわからない。だが、もし問いただすことができたなら、両親も返答はしないだろう。
両親の俺への愛は、それぐらいのものだ。
妹は、愛情というよりは、唯一の身寄りに対する希望を持っているかのように感じる。妹は俺がダメであることはもう諦めていて、生きているだけでいいとか、それぐらいのところまで期待を落としているのかもしれない。
だが、こんなことを考えても答えなどは出やしない。すべては俺の妄想でしかない。
「お兄ちゃん、いる?」
コヨミの声が太郎の背中に届いた。太郎は壁を見る目線をゆっくりと横に向け、後ろをうかがう。明るい洞窟の入り口に女のシルエットが浮かんでいた。
「いつまでここにいるの? 帰ってこないの?」
コヨミは続けて聞いたが、太郎は返事をしなかった。太郎は返事をしたくなかったわけではない。自分でも答えがわからないでいたのだった。
「ご飯、ここに置いておくね」
コヨミはそう言うと入り口の際に笹の葉で包んだ物を置いていった。太郎はしばらく背中をむけていたが、寸刻してから入り口まで出て行って、それを手に取った。笹をほどくと中には握り飯があった。太郎はそれを手で持ち匂いを嗅ぎ、そしてほおばる。米の味が太郎の口いっぱいに広がった。




