第5話 おにぎり
コヨミは目を覚ました。狭い家の中は食器とゴザと、水瓶があるぐらいであった。コヨミは横になって寝ているせいで痛くなった左腕を揉みながら、太郎の寝床を見る。太郎はいなかった。ここ数日、太郎は家に帰ってきていない。コヨミはさすがに心配になった。そして今日は仕事を休んで太郎を探しに行こうと思っていた。水瓶から水を一杯すくって飲むと、コヨミは髪を整えて家を出る。扉もないのれんだけかけてあるその家の出入り口から出て、道を左に進む。向かいの木造家屋の壁沿いに進むと村の大通りに出た。コヨミはその通りを歩きながら村の外を目指す。途中、村人達の噂話が聞こえてきた。
「最近、あれ見ないわね」
「ああ、ダメ太郎ね」
「とうとうダメな自分に愛想が尽きたのかしらね」
村人たちはずいぶん勝手に言うもんだとコヨミは思ったが、コヨミは聞こえない振りをしながらただ黙々と歩いた。村を出て、コヨミは村の出入り口の前で立ちながら腰に手を当てた。兄の行きそうなところは、それほど多くはない。行くとしたら山か川だろう。そうコヨミは当たりを付けて、まずは山に行くことにした。村の近くにある鬼山を目指し歩くコヨミ。距離はそれほど遠くはなく、歩いてすぐに鬼山にたどり着いた。そこから山道を登っていく。太陽は昨日と変わらずにギラギラと輝いていて、コヨミの首筋にはじんわりと汗が浮かんでいる。
途中、コヨミはひらめいた。あの洞窟にいるのかもしれない、と。コヨミはそう思うと洞窟を目指して進んだ。
洞窟に着き、中を覗くコヨミ。すると暗い中に何かの気配を感じた。コヨミは暗闇に向かって話しかける。
「お兄ちゃん、いるの?」
暗闇は無言で返答する。暑い日差しの照りつく洞窟の外と違い、洞窟の中はひんやりと涼しいのが空気の流れでわかった。
「お兄ちゃん、どうしたの? いるんでしょ?」
その時、暗闇の中で、何か白いものが光ったようにコヨミには見えた。それは人間の目だった。目はぎろりとコヨミを睨みつけると、ゆっくりと閉じられた。太郎は無言でコヨミを突き放した。コヨミは続ける。
「こんなところにいたら食べるものだってないでしょ。お腹すいてるんじゃない? 大丈夫なの?」
太郎は無言で返事をする。コヨミはやれやれとかがんでいた腰をまっすぐと立てる。そして木々の縫うような枝の間からちらちらと覗く太陽を、目を細めて見た。
コヨミはその場から立ち去り家に戻ると、窯の飯を握っておにぎりを二つ作った。そしてそれを笹の葉で包むと、それを持って再び鬼山に向かった。
洞窟の前は相変わらずしんとしていて、この中に人がいるとは誰も思わないだろうとコヨミは感じた。
「お兄ちゃん、ご飯、ここに置いておくから」
コヨミはそう言うと、持ってきた握り飯を洞窟の入り口のそばに置いた。
「良くなったら家に来てね、お兄ちゃん。私、待ってるから」
コヨミはそう言うとその場を立ち去っていく。途中、振り返ると洞窟の暗い入り口がぽつんと見えた。その周りには緑鮮やかな夏の木々がそよぐ風になびいている。コヨミは振り返るのをやめると山道を下りて行った。




