第2話 居間の穴
小舟が海岸に着くと、漁師の男は太郎に再び怒鳴った。
「このダメ太郎が! お前なんか、二度と来るな!」
太郎は小舟から降りると、波打ち際に足首を浸からせながら、砂浜に向いて歩く。砂浜に上がると、太郎は後ろを振り返る。小舟は再び沖に出て行って、その姿は小さくなっていった。太郎は頭を掻くと、そのまま歩いて太陽の照り付ける真っ白い砂浜を後にした。
太郎は村の入り口から中に入っていく。そして木造の家屋が並ぶ通りを抜けて、自分の家に向かった。温かくなった乾いた土の上を踏みしめながら進み、太郎の家に着くと、太郎は家に入った。小さな木造のボロ屋だった。太郎は居間で包丁を研いでいる妹を見る。妹はそれに気付き太郎に話しかけた。
「おかえり、お兄ちゃん。漁はどうだった?」
太郎はそう妹に言われると、黙って首を横に振った。
「そう……。でも、大丈夫よ、お兄ちゃん。次の仕事は何とかなるわ。白湯でも飲んで、ほら」
妹のコヨミは太郎にそう言うと、太郎のお茶碗に白湯を注いだ。何の装飾もない無地の茶碗も、湯を入れると生き生きとしてくるようだった。太郎は白湯を飲む。
「実は次の仕事の当てがあるのよ、お兄ちゃん。私も今働いているところなんだけど。畑仕事よ。ほら、権作さんが人手が欲しいって言ってるの。明日いっしょに行きましょうよ」
コヨミはそう言うと、研いだ包丁を棚に戻した。太郎は板がむき出しの床の居間に座り、白湯を飲みながら床に開いている小さい穴を手で弄っている。
「畑仕事か……。それならできるかもな……」
太郎はそう独りごとを言うように呟いた。
「そうよ、お兄ちゃん。漁師なんて向いてなかったのよ。お兄ちゃんは畑仕事がぴったり。畑仕事でお手伝いして、それで作物の分け前を貰うの。そうすれば、うちも楽になるわ」
「そうだな……。そうかもな」
「そうよ。大丈夫よ、お兄ちゃん。明日は私も一緒に行くから。それじゃ私は仕事に行ってくるわね。じゃあね、お兄ちゃん」
コヨミはそう言うと太郎の肩をポンと叩いて、家から出て行った。狭いボロ屋にぽつんと残された太郎は、床に空いている小さい穴から伸びている草を手で撫でた。ボロ屋の壁の板の隙間から、生暖かい風が流れ込んできていた。




