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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第一章 生と死の境に立つ者たち

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第6話 魂の帰還

 空気が凍りついていた。

 誰もが言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。


 左腕を失ったまま大剣を構えるガレオン。

 その瞳は濁っているのに、どこかで何かを探しているようだった。

 娘の声に反応したのか、わずかに首が揺れる。


 次の瞬間、地面が爆ぜた。

 周囲の森がざわめき、闇の中から新たな影がうねり出す。

 魔獣や人のアンデッドの群れが、村を取り囲むように押し寄せてきた。


「マリーナ、下がれ!」


 俺は叫び、前へ躍り出る。

 リヴがすでに一歩、俺の前に出ていた。

 黒い魔力が拳に宿り、夜の空気が軋む。


 轟音と共に地を叩く拳。

 衝撃波が走り、アンデッドの群れが吹き飛んだ。

 肉片と骨の欠片が宙を舞う。


 リヴの動きには迷いがなかった。

 冷徹で、正確で、そして――どこか哀しみを含んでいた。

 命を奪うことをためらわないのではなく、そこに生がないからだ。


「リヴ、後ろだ!」

「問題ありません」


 振り向きざま、拳が閃く。

 次の瞬間、三体の魔獣が塵となって消えた。

 村人たちは息を呑み、その光景をただ見つめるしかなかった。


 しかし、闇の奥から――またあの音が響いた。

 低く、金属の擦れるような音。


 鎧に包まれた巨躯が、足を引きずりながら一歩、また一歩と進み出る。

 剣を引きずる音が、地を裂いた。まだ腐りきっていない肉、滴る血。

 そして、わずかに人の温もりが残る瞳。


 ガレオン――彼が、『向こう側』に堕ちた姿だった。


「リヴ!」

「了解しました」


 鋼と拳がぶつかる音が響く。

 凄まじい衝撃が走り、地面が抉れ、破片が飛び散る。


 リヴが後退しながらも拳を繰り出す。

 ガレオンがそれを受け流し、大剣で反撃した。


 火花が散り、闇が照らされる。

 互いの一撃は、まるでかつての戦士同士の再会のようだった。


「クロム様、この男は……!」

「分かってる、だが――」


 言葉が喉に詰まった。

 その時、背後で小さな叫び声が響いた。


 マリーナの泣き声が、夜を裂いた。

 その小さな手が、俺の服の裾を掴んで震えていた。

 涙が頬を伝い、泥に落ちる。


 だが、その隣でイリーナが首を振っていた。

 彼女の瞳は赤く腫れ、けれど、そこには覚悟が宿っていた。


「クロムさん……どうか……眠らせてください。あの人を、もう苦しませないで……」


 母の願いと、娘の願い。

 そのどちらもが真実で、どちらもが痛みだった。


 俺は拳を握りしめた。


 どちらを選んでも、誰かの心を壊す。

 胸が軋み、息が苦しかった。


 けれど、逃げるわけにはいかなかった。


 今の俺にできることは――ただひとつ。


「リヴ、ガレオンを抑えてくれ!」

「了解……全力でいきます!」


 リヴが踏み込み、拳で剣を弾いた。

 金属音が爆ぜ、火花が散る。

 その瞬間、リヴは体を滑らせるように背後へ回り込み、渾身の力で巨躯を押さえ込んだ。


 鎧が軋み、リヴの腕が震える。

 それでも彼女は離さなかった。


「今です、クロム様!」


 俺は駆け出した。

 冷たい金属に手を伸ばす。

 心臓が早鐘のように鳴った。


 恐怖ではない。


 これは、覚悟だ。


 ガレオンの鎧に触れた瞬間、視界が暗転した。


 重く、深い闇。

 その奥に、確かに何かがいる。


 ――届くのか。この手で、まだ人の灯を掴めるのか。


 闇の中で、誰かが俺の手を掴んだ。


 それは温かく、懐かしい光。


 俺は全力で引き上げた。

 胸の奥に光が走り、世界が戻る。


 ガレオンの体がびくりと震えた。

 赤く濁っていた瞳に、わずかに生気が戻る。

 呼吸のような音が漏れ、途切れていた左腕が再び形を取り戻した。


「……イリーナ……マリーナ……?」


 その声を聞いた瞬間、マリーナが泣き叫んで駆け寄った。

 イリーナも膝をつき、震える手で夫の頬に触れる。


「あなた……本当に、あなたなの……?」


 ガレオンは、ゆっくりと頷いた。

 その瞳には確かな意識が宿っていた。


 村人たちは息を呑み、誰も声を出せなかった。

 恐怖でも、驚きでもない。

 それは――祈りに似た沈黙だった。


「説明はあとだ!」


 俺は息を荒げながら叫んだ。


「まだ残ってる! アンデッドを止めなきゃ!」


 ガレオンが頷き、剣を構えた。


「……なぜ俺が戻ったのかは分からん。だが――守らなきゃならないものが、まだここにある」


 鎧の隙間から、淡い光が漏れていた。

 その瞳に宿るのは、迷いと、それでも消えぬ決意。


 ただ、何かを取り戻そうとする意志だけがそこにあった。


 リヴが再び前へ出て、暴れるアンデッドたちを押さえ込む。

 その傍らで、ガレオンも地を蹴った。

 重い鎧が軋み、地面を震わせる。


 巨躯が躍動し、大剣が夜気を裂く。

 振り抜かれた一撃が、迫る魔獣のアンデッドの首を断ち切った。

 黒い血が飛び散り、火花が闇を照らす。


 それでも獣は倒れない。

 四肢をもがれながらも、這いずって襲いかかってくる。

 ガレオンはそれを見据え、片足で踏み砕いた。

 骨が砕ける鈍い音が響く。


 俺はその背中を見つめ、走り寄った。

 リヴが押さえる人間のアンデッドへ、俺は手を伸ばす。


 冷たい皮膚に触れ、魂の奥を覗く。

 黒い魔力が脈動し、光が弾ける。


 ――帰ってこい。闇に囚われたままの魂よ。


 次々とネクロマンシーの力が発動する。


 光が夜を裂き、闇の底から声が漏れた。


「……ありがとう……」


 そう言って、光となり消えていく者もいた。

 魂が救われ、肉体は朽ちていく。


 だが、中にはガレオンのように、体を保ったまま戻る者もいた。

 何がその違いを生むのか、俺には分からなかった。


 ただ確かなのは、どの魂も――帰る場所を求めていたということだ。


 リヴが最後の一体を打ち砕いた瞬間、静寂が訪れた。


 風が止み、夜空に星が瞬く。

 血の匂いと焦げた鉄の臭気が混じり合う中で、俺は膝をついた。


「クロム様……」


 リヴの声が遠くから聞こえる。

 視界が霞み、体の感覚が薄れていく。


 魂を削る感覚――それでも、構わなかった。


 リヴの手を借りて立ち上がり、ガレオンの前に立つ。


「……助けてくれて、感謝する」


 ガレオンが深く頭を下げた。

 その声には、確かに生きた人間の響きがあった。


「だが、教えてくれ。お前はいったい何者だ? 今の力は……一体なんだ?」


 イリーナも、村人たちも、俺を見つめていた。

 マリーナは父の腕に抱かれ、涙で濡れた頬に微笑みを浮かべている。


 俺は空を見上げた。

 星の光が冷たく瞬いていた。


 この力は、救いなのか、それとも――冒涜なのか。


 答えはまだ、どこにもない。


「……長くなる話だ。すべてを話す前に、少しだけ休ませてくれ。魔力を使いすぎた」


 リヴが静かに隣に立ち、俺の肩を支えた。

 ガレオンは頷き、剣を地に突き、深く息をついた。


 夜風が吹き抜け、遠くで梟が鳴く。

 それが、戦いの終わりを告げる鐘のように響いた。


 俺は拳を見つめた。


 今、救った命は――本当に『命』と呼べるのだろうか。


 胸の奥で、静かに痛みが広がった。

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