受付のカナリアさんは今日も死を予言する
「あなたのパーティーは今から24時間以内に全滅します。詳しい死の状況が知りたい場合は別料金となりますが、どういたしますか?」
勇者ヤリス率いる勇者パーティーは、要請された魔人討伐に向かう矢先、冒険者ギルドの受付の端にちょこんと座る少女からパーティーの全滅を予言されてしまった。
まだ10代前半に見える少女は小首を傾げ、ニコニコと返答を待つ。少女の前には『カナリアの死因占い』の小さな看板が置いてある。
突然の余命宣告に呆気に取られる勇者ヤリスを押し退け、聖騎士ガルドは受付のカウンターにバンっと手を叩きつけた。
「我々は魔人発生の報告を受け、聖教会により選抜された勇者パーティーだ。実力も装備も覚悟もそこらの賞金稼ぎの冒険者共とは違う。実戦も知らぬ小娘が、無礼にも程があるぞ!」
「気を悪くされたのならすみません。でも、あなた方がどんなに強くても、このパーティーは全滅します。私は24時間以内に死亡する人間が分かるんです」
自身の黒々とした目を指差し、死が見えると語るカナリアは、小脇に置かれた小箱を聖騎士ガルドに差し向け自信満々に言った。
「絶対に損はさせません、なんと今なら1人30000Gで詳しい死因をお調べします!命の値段としては破格ですよ!さあっ」
ずずいっと迫るカナリアに、様子を見ていたギルド職員や冒険者たちが加勢する。
「勇者様方、悪いことは言わねーからカナリアちゃんの言うことは聞いた方がいいぜ。カナリアちゃんの予言はマジで当たるんだ」
「魔境に一番近いこの北東ギルドの死亡者が激減したのはカナリアちゃんが受付で働き始めてからだ。確かだぜ」
「死因を聞いて、行動を変えればまだ助かる。俺はそれで生きてる」
「うちのギルド長の娘さんなんで身元はハッキリしています。お話だけでも聞いてあげてもらえないでしょうか?」
やんややんやと騒ぎ出した外野に顔を顰める聖騎士ガルドの肩を叩き、まあまあと前に進み出たのは勇者ヤリスだった。
「ガルド、君はただでさえ顔が怖いんだから、女の子にはもっと気を遣ったほうがいい。お嬢さん、僕の分をお願いしてもいいかな?」
「余計なお世話だ。勇者、子供の遊びに付き合うことはない」
「僕だってどんな敵が現れても勝つ自信はあるよ。でも、なんだか面白そうだし。ほら、当たらなくてもお金は無駄にはならないよ」
勇者ヤリスは自身の財布から金貨を取り出すと、カナリアが持っている箱の中に入れる。箱には『魔獣災害孤児のために愛の手を』。つまりは募金箱だ。
「まいどありです!それでは勇者様、お手を拝借!」
ぎゅっ!にぎにぎ。
カナリアは勇者ヤリスに手のひらをこちらに向けるように言うと、自分の手のひらを合わせ、指を指の間に入れてぎゅっと握る。いわゆる恋人繋ぎだ。
そのまま目をつむり、しばらくにぎにぎしていたが、終わったのかパッと目を開く。
「勇者様は後ろにいる、そこのお二人に刃物で刺されて死亡します。つまり死因は刺殺です!」
あのお二人です!とカナリアが指差したのは同じく勇者パーティーの仲間である魔導士ナターリアと拳士マルカ。
「はあ?何で私たちが勇者様を殺さなきゃいけないんですか?」
「そうよ!それに万が一勇者様が襲われることがあっても、今回の任務で教会が貸与した鎧は総ミスリル製であの名工ロダンの作よ。そこに聖教会の司教が総出で加護とバフを付与してある。聖剣でもない限りかすり傷すら付かないわ」
「あれ?でも・・・鎧は着てなかったですね」
勇者を殺す犯人だとカナリアに宣言された魔導士ナターリアと拳士マルカは、こんな侮辱をされる覚えは無いと、カウンター前の勇者ヤリスを押し退けカナリアに詰め寄る。
外野もどういうことだ、とざわざわしだす。
「適当なこと言わないでください」
「子どもでも言っていいことと悪いことはあんのよ!」
「適当じゃありません。勇者様の死因は確かにあなた方に刃物で刺されたことによる刺殺なんです」
「そんなに言うなら私たちの死因も見てみなさいよ!あんたの言い分ならわたし達は全滅するんでしょ?」
「わかったわ、あなたの茶番に付き合ってあげる。ただし、辻褄の合わないことを言った時点で1週間は口がきけなくなる魔法をかけてあげる」
募金箱にチャリーンと金貨の落ちる高い音がして、2人はそれぞれ片手ずつ手のひらを差し出した。
「それではお二方、お手を拝借!」
ぎゅっ!にぎにぎ。
「あ〜これは・・・・・・二股ですね」
「「はあ!?」」
「・・・・・・おや」
驚愕の表情でお互いに見つめ合った後、「嘘でしょ、あなた勇者様と・・・」「まさかあんたも!?」と言い争い始めた魔導士ナターリアと拳士マルカ。「ばれたか」と少し気まずそうな顔をした勇者ヤリス。
「勇者様と野営中に事に及んでいた魔導士様でしたが、最中に拳士様が鉢合わせ。お互いに裏切られたことに気づいたお二人は逆上し、殺し合いを始め、止めようとした勇者様を刺し殺し、その後お互いにとどめを刺し合いました。勇者様と魔導士様は裸でしたし、拳士様も勇者様のテントに忍び込んだ時は下着姿にマントを羽織っただけでしたので、すごい鎧も加護も無意味でしたね。つまりお二人の死因はキャットファイトの末の戦死です!」
周りの人間に武器を取り上げられ、それでもお互いに髪を掴み合って激しく罵り争う2人は、もはやカナリアの話など聞いてもいなかった。
顔のいい女同士の壮絶な喧嘩に、外野がやんややんやと盛り上がるのを眺めていたカナリアに聖騎士ガルドが声をかける。
「さっきは悪かった。どうやらお前は間違いなく本物らしい」
「いえいえ。勇者パーティーは解散しそうですが、死ぬよりはマシでしょう。喧嘩も浮気も命あってこそできるものです」
「はあ・・・・・・勇者パーティーの選定には時間も金もかかる。このまま強行するのか、メンバーを選定し直すのかは上の判断に従うが、正直もう胃に穴が開きそうだ」
「ご愁傷様です」
「もうここまできたら全員分の死因が知りたい。俺と僧侶アンジュラの分も頼む。3人が死んで、あの後残された俺たちは魔人の襲撃にあったのかもしれない。このパーティーに円滑な連帯が期待できなくなった今、情報はあって困らない」
「分かりました。じゃあそちらの僧侶様の方から見させていただきます。なんか、ものすごく具合が悪そうですし」
カナリアは受付のカウンターから出て、今にも倒れそうにフラフラと揺れ、顔面蒼白で何かをブツブツと呟いている僧侶アンジュラの手を握り、体を支える。
「それでは僧侶様、お手を拝借!」
ぎゅっ!にぎにぎ。
「あ〜、あぁ・・・・・・三股ですね」
目を開いたカナリアは、ガタガタと振動がまずいことになっている僧侶アンジュラから手を離しカウンターの下をごそごそと漁る。
「あの男!勇者はねぇ、言ったのよ、かわいいって、私のことかわいいってキスしてくれて、うゔゔう・・・・・・、この戦いが終わったら、母にも会ってくれるって!私、彼と結婚するって、もう上司にもこの仕事で引退するって言ってあったのに、結婚するって、君は素敵なお嫁さんになるよって、なんなの三股って!もういやぁぁぁぁぁあぁ!」
カナリアは、ついに錯乱し始めた僧侶アンジュラの顔に、カウンター下から取り出した睡眠薬スプレーを勢いよくぶっかけた。たまにいる、面倒なカスハラ冒険者用である。
僧侶アンジュラは睡眠薬をモロに吸い込み、一瞬で昏倒した。倒れたアンジュラを並べた椅子の上に寝かせる。
「この戦いが終わったら勇者様と結婚するつもりだった僧侶様は、全裸で浮気相手の女2人に殺された勇者様を見つけ発狂。極度の絶望から魔力暴走を起こして四肢爆散します。つまり死因は爆死です!」
同じパーティ内で二股をかけていた事実に加え、まさかの三股。
「ちょっと待てアンジュラは勇者と肉体関係があったのか?処女は?処女は無事なんだろうな?」
勇者ヤリスの肩を両手で掴み、揺さぶりながら詰問するのは聖騎士ガルドだ。彼がこんなにも僧侶アンジュラの処女の有無を気にするのには理由がある。
パーティーを構成するメンバーの中でも、治癒術を使えるのは僧侶だけだ。神への信仰の力によって、たとえ腕を失おうが目を失おうが元通りまで回復してみせる最上ランクの僧侶は貴重で、僧侶アンジュラは教会の抱える最上ランクの僧侶だ。
それが非処女になったとなると話が変わる。治癒術は童貞処女しか使えない。
「挿入したのか?それによっては新たに僧侶を送ってもらわないといけなくなるぞ」
「入れてないよ。それ以外は、まあ、いろいろやったけど」
神による童貞処女の定義は入れた、入ったのみなので、抜け道はある。
そのため恋人がいる、という僧侶も中にはいるが、僧侶アンジュラは今まで恋人もいたことはなく、今年30歳。今回の勇者パーティーでも最年長だ。
同期は寿退職で次々と僧侶を引退していく中、経験豊富なベテラン僧侶として第一線に立ち続けてきたアンジュラが焦っていたのも、初めてできた恋人に舞い上がっていたのも無理はなかった。
年若い魔導士ナターリアと拳士マルカを差し置いて自分が選ばれたのだと幸せの絶頂からの絶望。魔力暴走も仕方なかった。
悪いのは全部勇者である。
「勇者、顔を合わせてまだ一月も経っていないというのにパーティー内で三股とはどういうことだ?お前の評価は、そのままお前を選んだ聖教会の評価となるんだ。私生活に干渉する気はないが、頼むから任務の間だけは大人しくしていてくれないか?恋人を作ろうが、女を買おうが構わないがパーティー内で相手を見繕うのはやめてくれ!」
お前のせいで勇者パーティーは全滅だ!訴える聖騎士ガルドに、勇者ヤリスはうーんと困ったように笑いながら答えた。
「そうもいかないんだよね。・・・・・・本当は聖教会から口止めされていたんだけど、まあこんな事態だし仕方ないか。今回の任務で聖教会が僕に貸与した聖槍ラブホノテレビは、一日一回喘ぎ声を聞かせないと刃先が錆びていってしまうんだ。普段は娼館で管理されているらしい」
「それは・・・・・・しかたない、のか?」
「聖教会が所有する武器は、普通の武器とは比較にならない性能だ。それゆえ使い手を選ぶし、その使い手に僕は選ばれた。外聞が悪いから口止めされてたけど、聖槍ラブホノテレビの管理も今回の任務における僕の仕事だった。ガルドも聖剣の使い手だ。分かるだろ?」
聖騎士ガルドの持つ聖剣マッスルバストーもまた、聖教会から貸与されている。凄まじい威力を持つ身の丈ほどの大剣であるが、剣自身が認める胸筋の持ち主にしか帯刀を許さず、使用前には持ち手をその鍛え上げられたムチムチの胸筋に挟んでやらないと切れ味が悪くなるという、これまた使い手を選ぶ武器だ。
「さすがにアンジュラに手を出したのは悪いと思ってる。2人の喧嘩は責任持って僕が止めるから、そっちはお願いしていいかい?」
「ああ、良い縁談を探してもらえるよう上に掛け合おう。・・・・・・はあ」
そう言っていまだに取っ組み合いを続ける魔導士ナターリアと拳士マルカの方へ向かっていった勇者ヤリスを見送り、聖騎士ガルドはため息を吐いた。鎧も着ているし、大丈夫だろう。
そこにカナリアが近づく。
「聖騎士様、あの〜勇者様に四股疑惑が出てまして・・・・・・」
「次は誰だ!?もう勘弁してくれ!」
「疑惑の相手は聖騎士様ですね」
聖騎士ガルドが気がついた時には、外野はこの騒ぎを酒のつまみに、もはややりたい放題だった。隣の酒場から出前を注文し、華麗に土下座で女同士の喧嘩に割って入る勇者にヤジを飛ばしたり応援したり、待合所では会議室から黒板を取り出して聖騎士ガルドの死因トトカルチョが行われていたり。
死因トト第一位に、四股をかけられていたガルドが恋人の死に正気を失いヤケクソで魔人に単騎特攻をかまして見事相討ち、と書いてあるのを見た聖騎士ガルドはブチギレた。
「俺は神に誓って童貞処女だ!頼む、早く俺の死因を見てこの誤解を解いてくれ!」
聖騎士は信仰心でバフをかけて戦う戦士なので、僧侶と同じくその身は童貞処女であることが条件だ。また、神による貞操判定では尻に入れるのは童貞卒業とみなされるが、尻に入れられるのは判定に引っかからないため、聖騎士には彼女はいないが彼氏はいる、という人間は多い。
そういった聖騎士特有の事情と、ここまできたら勇者によるパーティーメンバー全制覇だろうという期待と、三股をかけていた女性が全員巨乳だったことから聖剣マッスルバストーに選ばれるムチムチ胸筋を持つガルドも勇者のストライクゾーンなのでは?という疑惑もあって、トトカルチョは白熱していたのだ。
「それでは聖騎士様、お手を拝借!」
急くように差し出されたガルドの手に、自身の手を合わせたカナリアは指を絡めて目を閉じる。外野も固唾を呑んで見守る。
ぎゅっ!にぎにぎ。
「・・・・・・うわぁ、これはなかなか」
「四股か?」
「僧侶アンジュラへ密かに片想いしていた聖騎士様が後追い爆死か?」
「魔人襲来か?」
「僧侶様の自爆に巻き込まれた聖騎士様は大怪我を負い、命からがら近くの聖教会に助けを求めます。そこで勇者パーティーが痴情のもつれで全滅したこと、任務失敗、貴重な装備を失ったことを聖教会本部に報告。幸い魔境近くにある聖教会ということもあって、優れた僧侶が在籍し、聖騎士様の命は助かるはずでした。が、こんな馬鹿げたことで聖教会の威信である勇者パーティーが全滅したと広まるのを恐れた聖教会本部の指示で、聖騎士様の治療を拒否。聖騎士様は聖教会本部、勇者パーティーの仲間たち、そして神様に恨みと呪詛を吐き、苦しみながら死にました。つまり死因は見殺死です!」
「この世界に神はいない」
首から下げたロザリオを引きちぎり、窓からぶん投げた聖騎士ガルドは、それだけ言うとばったり倒れてしまった。彼の精神は限界だった。
190センチ越えの巨体を、背負った聖剣ごと持ち上げられる人がいなかったため、ガルドは床にそのまま放置された。聖剣マッスルバストーは剣が認める胸筋の持ち主以外には、重さが10倍に感じるのだ。
結局、この悪夢のような勇者パーティーを解散する許可が、聖教会上層部から降りなかったため、魔人討伐は強行された。
任務の間、勇者ヤリスは絶対に2人を平等に扱うと誓約の元、魔導士ナターリアと拳士マルカと正式にセフレ契約を結んだ。
2人は幼い頃から何かにつけて競い合ってきた仲の悪い幼馴染で、今まで勇者の前だからと被っていた猫が取れ、顔を見れば罵り合い、倒した魔物の数で争い、スープの肉の量で喧嘩をするようになった。
目覚めた僧侶アンジュラは治療を拒否してやると騒いだが、任務の間は勇者ヤリスのテントと30メートル距離を離すこと、好条件の縁談紹介、勇者仲間をお見合い斡旋、今年中に結婚が決まらなかった場合には聖騎士ガルドが彼女と結婚することが上層部より決められしぶしぶ勇者パーティーに戻ってきた。
聖騎士ガルドは幼い頃から敬虔に信仰し、信じてきた神と聖教会上層部への信頼が地に堕ちた。
しかし任務から逃げることはできず、毎晩堂々と聞こえるようになった勇者ヤリスのテントから聞こえるあられも無い声に、心を無にして耐え、魔導士ナターリアと拳士マルカの時には殺し合いに発展する喧嘩に仲裁に入り、時々思い出したように発狂する僧侶アンジュラの機嫌を取り任務を完遂した。
その後胃に穴が空いた聖騎士ガルドは一月入院し、入院生活で自慢の胸筋が衰えたため聖剣マッスルバストーは失望し、彼の下を離れた。
聖教会からの口止め料で高い酒を飲んだ北東ギルドの面々は魔人の脅威の去った地で、今日も魔獣討伐に励んでいる。
聖騎士死因トトカルチョで一人勝ちしたギルドの経理部で働く男は、その金で買った指輪で付き合っていた彼女にプロポーズし、結婚式を挙げた。
5人分の占い代金に加え、結果的に全滅を免れた勇者パーティーから礼金をはずまれたカナリアは、じゃらじゃらと硬貨の詰まった募金箱を手に、兄と親友が経営する魔物災害遺児のための孤児院に向かい、子供たちの「ありがとうカナリアちゃん」の大合唱を聞きながらデザートがつくようになった昼食を一緒に楽しんだ。
人を助けるって素敵なことだなあ、とほくほく幸せな気持ちになったカナリアは、明日もいっぱい頑張ろう、とこれからも仕事に励むのだった。