94話 やっと手に入れた幸せ
俺はマコト・ノザキ。
日本にいた頃突然勇者として異世界に召喚され、勇者としての使命を果たしたご褒美として、この第3の人生を提供してもらえた。
日本にいた頃、俺は借金の返済に追われていた。自分で作った借金ではない。
⸺⸺父親だ。
俺の父親はろくな人間じゃなく、有り金がなくなればすぐ借金をしてしまい、その返済も滞ってしまうような人間だった。
母親は俺が中学生の時に愛想を尽かして出ていき、それ以来何をしているのかはサッパリ分からない。
母親に会いたいとは思わない。だって、俺のことまで見捨てて1人で勝手に逃げてしまったんだから。
そんな俺の唯一の癒しは、動物、特に猫の動画を見ることだった。本当は直接触れ合いたい。けど、触ったりすると咳やくしゃみが出たりするんだ。だから、小さな画面から眺めるだけ。
⸺⸺
そんな俺の腐った人生は勇者召喚によって急に終わりを迎え、更に勇者の使命も果たしたため、俺には第3の人生が提供された。
第3の人生は、イヌ耳族とかいう激カワ種族のちびっ子スタートだ。
念願のケモ耳ショタ転生だ。
後から聞いた話、俺のこのご褒美人生の内容を考えたのはユノらしい。
日本で暮らしていた頃はほとんど挨拶程度だったけど、確かに一度だけアレルギーで猫飼えないんだよなって話をした記憶がある。
それに、一緒に召喚に巻き込まれた時に俺が次元の狭間で女神に話していたことを参考にあれこれ考えてくれたらしい。あの人は、相手のことをよく見ていると思う。今回のこの大プレゼント、本当に感謝しかない。
だって、俺がああだったら良かったのに、こうだったら良かったのにって事を全部叶えさせてくれた。
本人曰く、日本にいた頃は“おせっかいおばちゃん“なんて悪口を言われていたみたいだけど、ユノの周りにいた奴らはみんな幸せすぎたんだろうなって思う。
今頃、いつも助けてくれたユノがいなくなってそのありがたみに気づいているのだろう。
さて、そんな激カワな俺には、新しい家族ができた。
ロキおじいちゃんにシギュンおばあちゃん。俺のこうだったら良かったのに、の1つ目、“幸せな家族“。
ロキはそもそも勇者の頃から父親のように感じていて、勇者の使命なんか放り出してロキと2人で静かに暮らせたらどんなに幸せだろうかと考えていたこともあった。
今回の人生では、ロキだけではなくその妻であるシギュンも俺のことを本当の孫のように、本当の家族として接してくれている。
更に、成獣猫の兄弟ができた。俺のこうだったら良かったのに、の2つ目、“ペット“。
オス猫のラディとメス猫のシェリア。俺の弟と妹だ。彼らは人のように二足歩行で生活をする練習をしており、人と同じように働き口を探していたので、兄弟3人で一緒に働こうと俺の新しい職場へと誘った。
⸺⸺今日は、そんな俺たち兄弟の仕事デビューの日。
「じーちゃん、ばーちゃん、行ってきまーす!」
「「行ってきまーす!」」
「あぁ、行ってらっしゃい」
「頑張って来るのですよ。行ってらっしゃい」
おじいちゃんとおばあちゃんに別れを告げて、3人で家の玄関を飛び出す。
振り返ると、決して大きくはないけれど庭付きのおしゃれな一軒家が俺の視界を埋め尽くした。改めて俺、こんな素敵な家で暮らしてるんだな……。
「緊張するなぁ……仕事、難しくないと良いな?」
「大丈夫だよ、兄ちゃん。お世話をするって言っても、相手は成獣。会話もできるし難しくないってジェシカさんも言ってたよ!」
と、ラディ。
「アタシは楽しみ♪」
と、シェリア。俺も「そうだな、俺も楽しみだ♪」と微笑んだ。
⸺⸺ウルユ牧場⸺⸺
俺らは3人でこの島の牧場へと向かった。そう、ここが俺たちの新しい職場。
動物たちと触れ合える職場がいいと希望を出したら役場のヴルムが紹介をしてくれて、この牧場主のゴブリンのジェシカが3人まとめて快く受け入れてくれた。
牧場へと入っていくと、ジェシカが放牧場で牛の成獣たちと戯れていた。
「おはようございます! 今日からお世話になります、マコトとラディとシェリアです!」
勇気を出して元気よく声をかけると、ジェシカはこっちを振り返ってにっこりと微笑んでくれた。
「いらっしゃい! 皆、待っていたわ。これからよろしくね!」
俺らは声を揃えて「よろしくお願いします!」と返事をした。
⸺⸺それから一通りの説明を受けて、実際に牛の成獣たちのお世話をすることになった。
「みんなー、ご飯の時間だぞー!」
僕が放牧場へ向かってそう叫ぶと、牛のみんなは「はーい!」と言って猛ダッシュで牛舎の中へと駆け込んでくる。
そして、兄弟3人で頑張って用意した牧草を美味しそうにむしゃむしゃと頬張っていた。
「わぁ、みんな食べてるー! おいしーい?」
と、シェリア。
「とっても美味しいわー! 食べ終わったらスキルでミルクの生成ができるから食べ終わるまでちょっと待っててねん」
「オスの僕たちはミルクではなくて生肉を生成するからな。肉の部位はランダムだぞ」
「食料をアイテム化するスキルかぁ。成獣ってすっげぇなぁ……」
牛たちが美味しそうに牧草を食べているのをしばらく見つめていると、あちこちの牛から「スキルが発動できそう!」と声がかかる。
「はいはーい! 今、行きます!」
俺がバケツを持ってメスの牛のところへ駆けつけて乳搾りを行うと、美味しそうなミルクを大量に出してくれた。
一方でラディとシェリアもカゴの中に大量の牛肉を積んでいた。
「兄ちゃん、牛さんお肉いっぱいくれた!」
「アタシもいっぱいもらったよ!」
「おぉ、やるなぁ! よし、じゃぁこのミルクも一緒にジェシカんとこ持っていこうぜ」
「「はーい!」」
⸺⸺
この他にも豚や鶏のお世話と、生成したアイテム回収。更には羊も羊毛を生成してくれるので、そのお世話も行った。
昼過ぎからは牧場の入り口の小屋でソフトクリーム販売。今朝メスの牛が生成してくれた新鮮なミルクを使った極上のソフトクリームだ。
「こんにちは〜。ソフトクリーム1つくださーい」
そう言って小屋を訪れたのはユノだった。
「ユノ! いらっしゃい! ソフトクリーム1つですね!」
「あーっ、マコちゃん早速働いてる! 牧場のお仕事はどう?」
「すっげぇ楽しいよ、本当に。ユノ、全部あんたのおかげだ。改めて、ありがとう」
俺がそう言って頭を下げると、ユノは「そんなそんな、私は何もしていないよ」と謙遜して首を横に振っていた。
「マコ兄ちゃん、ソフトクリームできた〜」
シェリアはそう言ってツヤツヤのソフトクリームを手渡してくる。
「さんきゅ、シェリア。はい、ユノ、ソフトクリームです。気をつけてお持ちくださいね」
「ありがとう! これ、お金ね」
「えっと……はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました!」
「あ、そうそう。夕方この牧場のバーベキュー場を借りてバーベキューをしようと思ってるんだけど、マコちゃん家族も良かったらどう?」
と、ユノ。
「えっ、良いのか!? 行きたい、行きたい! 仕事終わったらじーちゃんとばーちゃんに聞いてみる!」
「うん、聞いてみて〜」
ソフトクリームをぺろぺろしながら満足そうに帰っていくユノ。
これが、俺の新しいスローライフ。やっと俺、幸せになれたんだ。そう思うと俺は何度も泣きそうになり、その度に弟と妹に慰められていた。




