91話 勇者マコト無双
⸺⸺ウルユ島、噴水広場⸺⸺
勇者マコトのアイテム図鑑的なのがドアップで映されて、私ユノ・カグラが“万物職人”と書かれているのに気付く。
「うわぁ、異世界に向けての説明、商人ギルドで噂されてる二つ名が書かれてるじゃん。あれ、恥ずかしいんだよね」
「ニシシ。今や島の職人らもお主のことを万物職人と呼ぶからのう」
隣で一緒に勇者マコトの中継を見ていたアメちゃんはニシシシと笑う。もう、完全に他人事なんだから。
そして、私たちの世界の状況を聞いた勇者マコトはサラッとこう宣言する。
『俺が、消し炭にしてやるよ』
その瞬間、広場で見ていたゴブリンや聖獣たちから「きゃぁぁぁぁ〜!」と黄色い声が上がった。
世界を救う勇者らしからぬダークな宣言。
しかし、滅ぼされた故郷のために戦ってくれるという彼の発言は、元ヴォルティス島民にとっては正義の言葉以外の何ものでもなかった。
「あはは、マコちゃん、アイドルみたい」
かくいう私も、勇者マコトを見守り過ぎてマコちゃん呼ばわりする沼っぷりである。
⸺⸺
島のみんなと一緒に勇者マコトの裏ダンジョン攻略を見守っている。
彼は最強のパーティを引き連れて、とんでもない速さでダンジョンの各フロアを突破していった。
「何かに導かれるように進んでいきますにゃ……。目が爛々として、まるで目の前の魔物などいないかのように……魔物の向こう側を見ているような気がしますにゃ……」
と、ルキちゃん。
「ま、まさか、大魔王討伐のご褒美にこんなに食いついてくれるとは……」
私は、あはは……と失笑する。
魔王討伐の全クリを果たした後の裏ボスの追加ストーリーや、討伐のご褒美を決めたのは私だ。
勇者マコトが日本にいた頃の、たまぁに会って挨拶をした時の言動とか、次元の狭間でのマリーちゃんとのやり取りとか、そう言った少ない判断材料で考えたご褒美だった。
きっと彼の原動力はこのご褒美だけではない。
私は戦闘に関してはド素人だけど、そんな私から見ても魔王ロキとの戦闘は練習試合のような、そんな雰囲気を感じた。
練習通りにやった、攻撃したくないけど、しょうがなくやった。そんな感じだ。
だけど、今裏ダンジョン内をジェット機のようにぶっ飛ばしているこの人は違う。
ようやく鍛え上げたこの力を存分に振るうことができる、今度は手加減しなくていい、と言ったところだろうか。
その勇者マコトの無双劇は見ていてとてもスカッとして気持ちが良く、私も「いけー! そこだー!」と夢中になって応援していた。
⸺⸺そして、勇者マコトが遂に大魔王ルシファーのところへと到達した。
『んあ? 誰だ? ったくこの俺様が気持ち良く寝てたってのによ……』
ゴツゴツした玉座から大魔王ルシファーがゆっくりと起き上がる。
緑色の皮膚に覆われ、獣のような瞳に大きな牙。完全に人を捨てたその姿は、滅されるべし悪の化身、そのものだった。
『俺は、てめぇを消し炭にする者だ』
勇者マコトがカッコつけてそう言うと、大魔王ルシファーはお腹を抱えて大笑いをし始めた。
『あーっひゃっひゃっひゃ! 人間ごときが俺様を消し炭にするだと!? 俺様が誰か分かって言ってんのか? 別世界の神の力を奪い、その力を反転させた大魔王様だぞ?』
『てめぇはその力で、異世界の島を1つ滅ぼしたんだろ?』
『ぁあ? 人聞きの悪いことを言うなよ。ちょっと試しに魔障を吐き出したら、それに耐えられなくなった神が勝手に魔障に取り憑かれて、勝手に自分も魔障を出し始めたんだよ』
『……何だと?』
『おや? オツムの残念な人間には分からなかったかな? あの島は、他でもない土地神自身によって滅ぼされたんだよ! あーっひゃっひゃっひゃ!』
もはや変顔のごとき歪んだ表情でそう言葉を吐き捨てる大魔王ルシファーに、モニターを見上げていた島民たちは怒りで震えていた。
ヴルムがそうなった原因はお前だろうと、モニターへ石を投げかねなかった。
当のヴルムも悔しそうに歯を食いしばっている。お願い勇者マコト。早くそいつ、消し炭にしちゃって?
『……実際にてめぇと対峙してよーく分かった。たった1回の消し炭じゃ生温いな。危うくワンパンで終わらせちまうところだったわ』
え、勇者マコト、それは一体どういうこと……?
ぁあん? と、イラ立ちを見せる大魔王ルシファーに、どういうこと? と、モニターにかじりつく島民。
状況が良く理解できないままに勇者マコトは“勇者の珠”を高らかに掲げる。
すると、勇者の珠から聖なる光が発せられ、大魔王ルシファーにまとわりつく魔障はほとんど消えかかっていた。
『は、はぁ!? なんだその玉は!? チートじゃねぇか、ふざけんなよ。てめぇ、何者だ!? ぐぅぅ、ち、力が抜ける……』
10秒前までイキっていた大魔王ルシファーは明らかに弱体化を見せ、泣きべそをかき始める。
勇者のマコトはその問いに答えることなく、賢者キーロへ光り輝く勇者の珠を渡し、立派な銀の剣を構えた。
『じゃ、行くぜ? まず1発目だ』
勇者のマコトは剣に炎をまとわせて高く跳び上がり、振り下ろすと共に巨大化していく炎の斬撃で大魔王ルシファーを真っ二つに焼き切った。
『ぐあぁぁぁっっ!』
断末魔の悲鳴を上げてあっけなくパラパラと消えていく大魔王ルシファー。
⸺⸺しかし。
勇者マコトはある懐中時計を取り出して『刻よ、戻れ』と呟く。
すると、大魔王ルシファーの身体はみるみるうちに復元されていき、焼き切られる前の状態へと戻った。
『あ、あれ……俺様今、殺されたよな……? な、何で……?』
怯え震える大魔王ルシファー。そんな彼のことなどお構いなしに、勇者マコトは賢者キーロを振り返ってこう尋ねた。
『なぁ、キーロ。神楽さんが受け入れた島民って何人だったっけか? 土地神も含めて、な』
『ふむ、確か278名であったと記憶しておる』
『了解。じゃ、今の1発は俺のストレス発散の分だから、後278回な』
勇者マコトがそう言ってニヤッと不敵な笑みを浮かべると、大魔王ルシファーは首を小刻みに左右に振りながら、口をパクパクとさせていた。
私はハッとする。
1回じゃ生温いって、そう言うこと!? 消し炭にした瞬間に時間を戻す魔法のアイテムで元に戻して、ここにいる移民の数だけ繰り返すんだ!
うわぁ、恐るべし勇者マコト。あなたが一番大魔王だよ……。
モニターを見上げていた移民たちはなぜかモニター前に1列に並び始める。
そして、勇者マコトが1回制裁を加えると、先頭に並んでいた人がお辞儀をして列から外れる。というアイドルのファンサービスみたいな状況が作り出されていた。
そして、無事に列の最後のヴルムがお礼を言い終わると、大魔王ルシファーは『やっと死ねる……』と涙を垂れ流しながら無様に消えていったのである。




