2話 ここはどこ、私は幼女
⸺⸺名も無き島⸺⸺
『主、起きてくださいですにゃ。主〜!』
「んー……」
ほっぺを執拗にポムポムポムポムと猫パンチされて、私はようやく意識を取り戻した。
『やっと起きましたにゃ、我が主』
「あっ、ルキちゃんが起こしてくれたんだ……ありがと、って……森?」
キョロキョロと辺りを見回すと、木や蔦がボサボサと生い茂っているだけの森が広がっていた。
よっこらせと起き上がり、服についた土をパンパンと払う。
あれ、何か違和感が……手が小さい? 服の丈も短い……?
「あれ!? 私、小さくない!?」
心なしか声のトーンも幼い気がする……。
『んにゃ。主、あっちに綺麗な泉がありましたにゃ。主のお姿が映ると思いますにゃ』
「そうなの? ありがとうルキちゃん。ってか、ユノで良いよ。主なんてそんな柄じゃないし」
『主がそう言うなら……ユノと呼びますにゃ』
私はうんと頷くと、ルキちゃんに案内されて泉へと向かった。
⸺⸺泉に映った私は、幼稚園児くらいの見た目になっていた。
「ぬおー!? 何これ、ピチピチのベビーフェイスじゃない! やだ、私、可愛い……あっ! もしかして……」
私はある事を思い出し、ゆっくりとルキちゃんの方へ顔を向ける。
「あの女神様、最後ヤバイこと言ってたよね?」
『んにゃ。スキルの配置を間違えて、僕たちの転送位置もズレてしまったと言ってましたにゃ』
「つまり、設定とかもごちゃごちゃになっちゃっていたとしたら……私、5歳ってこと?」
野崎さん、5歳からスタートしたいって言ってたし。
『おそらくそうですにゃ』
「なんかこのピチピチフェイスを体験したら、野崎さんが5歳が良いって希望した理由も分かる気がする……」
呑気に泉を覗き込んで自分の可愛さに見惚れていると、背後から異様に禍々しい気配を感じ、勢い良く振り返った。
「グルルル……!」
よだれをダラダラと垂らし、目が赤黒く光った巨大な黒い狼。
「ぎゃぁぁぁぁーっ!」
まさか、魔物!?
あっ、これ私終わったじゃん……。
さよなら、私の短かった第二の人生。社長に嫁いで寿退社とか嘘ついたからバチが当たったんだ……。
諦めかけたその時だった。ルキちゃんが私の前にバンッと躍り出て、ぶるぶると身体を震わせる。すると、ルキちゃんから神々しい光がピカーッと発せられ、その光が巨大な狼を丸々飲み込んでいった。
「くぅ〜ん……」
光が消えるとそこにいた狼は毛が真っ白に染まり、赤黒く光っていた目は透き通ったエメラルドグリーンへと変わり、尻尾をブンブンと振りながら嬉しそうに伏せをしていた。
「えっ、ルキちゃん何した!?」
『この魔物の“邪気”を浄化しましたにゃ。これでこの魔物が凶暴になることはもうないですにゃ』
平然と答えるルキちゃん。
「邪気を……浄化……? そんなスキル、さっき出てきたっけ?」
『恐らくですが……“勇者の光”かと……自分の中に聖なる魔力を感じますにゃ』
「えーっ!? それ一番間違えちゃ駄目なやつじゃない!? 野崎さん、大丈夫かな……。聖なる魔力って……ルキちゃん、聖獣になったのかな……」
『この魔物もその意味では僕と同じ魔力が宿ったため、聖獣になったのですにゃ』
「そっか……じゃぁ、とりあえず魔物を見つけたら浄化、よろしくね」
バトルなんて物騒だから極力したくないし。
『はいですにゃ。きっとこうすれば魔物も寄って来ませんにゃ』
ルキちゃんは自身を中心に足元に光の陣を出現させた。
「まさか、結界的な……?」
『多分、ですにゃ』
ルキちゃんすごくない? もう勇者の力色々使いこなしてるし……。
「よし、じゃぁまずここがどこなのか確かめよう。近くに村とかがあるかもしれないし」
『はいですにゃ』
「がう、がう」
私とルキちゃんがトボトボと歩き出すと、白狼も尻尾を振りながら付いてきた。まぁ、もう暴れたりもしないだろうからいいか……。
⸺⸺
私たちはしばらく歩き続けた。しかし、行けども行けども森の風景が終わらない。それに、5歳の身体だからか疲れて足がクタクタになってしまった。
「あーん、疲れたぁ……お腹も空いてきたし……」
その場にしゃがみ込む。
『ユノ、ちょっと休憩しますかにゃ?』
「うん、そうだね……あっ、そうだ」
私はくるっと振り返り、狼を見上げた。
「くぅ〜ん、はっ、はっ、はっ♪」
尻尾をぶんぶんと振って、なんだか嬉しそうだ。邪気とか言うのから解放されて気分が良いんだろうか。
「あなた、背中に乗せてくれない?」
「わぉ〜ん♪」
狼はサッと伏せをした。乗っても良いって事だね。
「ありがとう、お邪魔します!」
もふもふな背中をよいしょ、うんしょっとよじ登り、背中にボフッと埋まる。うーん、幸せ。
『僕も失礼しますにゃ』
ルキちゃんも乗ったところで狼は立ち上がり、私が「真っ直ぐ進めー!」と言うと勢い良く走り出した。
「わぁーっ、すごい、はやーい♪」
『快適ですにゃ〜』
年甲斐もなくルキちゃんとはしゃぐ私。あっ、でも私、今5歳だから別に良いんだ。
ぐんぐん進む狼。森を抜けると砂浜が広がり、その先には広大な大海原が広がっていた。
「あれ、行き止まり……? ここが端っこかぁ」
ここに来るまでの間、村とか人の気配も一切なかった。
もしかしてここ⸺⸺無人島?
そんな考えが、私の脳裏によぎった。