1話 おっちょこちょいな女神様
1LDKペット可アパートの2階に住んでいる私。
勤めている会社ではいつの間にか“お局様”と呼ばれるようになり、良かれと思って必死に後輩の指導や悩み相談に乗っていたら、気付けば“おせっかいおばちゃん”と陰口を叩かれていた。
「人のことより自分の心配した方がいいのにね」
「行き遅れおばさん」
そう言うピチピチの新入社員。
今日もどっと疲れて家に帰宅すると、真っ白でふわもこな愛猫が足へと擦り寄ってくれた。
「ルキちゃーん! ただいま、私の癒やし〜!」
「ごろにゃぁ〜」
分かってるよ。ご飯が欲しくてそうやって擦り寄ってるんだよね。でも良いんだ。私はあなたの下僕。今すぐにご飯をご用意致しますね。
ネットでしか買えない高級カリカリをお皿にザッと出し、愛猫ルキちゃんへと献上する。ルキちゃんはガツガツと美味しそうに頬張っていた。ちなみに“ちゃん”って呼んでいるけど男の子だ。
自分もお風呂にご飯を済ませて1人しか座らない2人用ソファにドカッと沈み込む。ルキちゃんはすぐに私の膝の上に乗ってきて、毛づくろいを始めた。
そんなルキちゃんを撫でながらはぁ〜っと溜め息をつく。
⸺⸺私は別に、結婚なんてしなくたっていい。
そう思った瞬間。
「うわ、眩しっ!?」
突然真下の床がピカーッと光り出し、あまりの眩しさに目をつぶった。
⸺⸺⸺
⸺⸺
⸺
⸺⸺次元の狭間⸺⸺
「ん……え!? ここどこ!?」
私はルキちゃんを抱いたまま何もない真っ白な空間へと放り出されてぷかぷかと浮かんでいた。
「あっ、上の階の……えっと……」
そう男性の声がして首を左へ向けると、そこには同じようにぷかぷかと浮かんでいる下の階の若い青年がいた。確か名前は野崎さんだ。
「野崎さん……ですよね? あっ、私、神楽です。どうも、こんばんは」
私はそう言って軽く会釈する。
「そうそう、神楽さんだ、こんばんは」
「……で、この状況何!?」
私がそう叫ぶと、どこからともなく綺麗な女性が「はわわわ〜、遅刻ですぅ〜!」と、あたふたしながら飛んできた。
「……遅刻?」
と、首を傾げる野崎さん。
「すみません、お待たせしました! わたくし、この“次元の狭間”の新人女神のマリーティアと申します! 精一杯、異世界へ旅立つお手伝いをさせていただきますね♪」
女神マリーティアはそう言ってニコッと笑った。
「「異世界!?」」
野崎さんと一緒に声を荒らげると、女神マリーティアは「あらら!? どうして2人も……と言うか猫ちゃんまで……」と、困惑していた。
なんと、いきなりハプニングですか……?
「勇者召喚に呼ばれた“マコト・ノザキ”様はどちらですか?」
と、女神マリーティア。野崎さんが「あ……俺っすね……」と申し訳なさそうに手を挙げた。
と、言うことは……。
「あれ!? 私とルキちゃん、間違えて来ちゃったの!?」
まさか床が光ったのって、1階のおこぼれだったとか?
「すすす、すみません、すみません。わたくしが召喚範囲を間違えてしまったのかもしれません。何か特典をお付けしますので、先に勇者様の方から伺いますね」
女神マリーティアはそう言って野崎さんを質問攻めにしていた。
と言うか特典って何? 元の世界に戻してくれるんじゃないのか……。いや、まぁ、元の世界に未練なんてないから良いんだけどさ。こうして唯一の家族のルキちゃんも一緒だし。
⸺⸺
「ふむふむ、5歳からのスタートで、魔法は一通りデフォルトで使えて、どうせならクラフトのスキルも欲しい……っと。勇者として召喚される方には“勇者の光”もデフォルトで付いていますが、その他にもこれだけスキルをご所望ですか?」
女神マリーティアが一生懸命に聞き取りをしている。いや、それにしても野崎さん……突然こんな所に飛ばされた割にはめっちゃ欲あるな……。
私も何か特典付けてくれるって言ってるし、何か考えた方が良いのかな……?
うーん……と、腕組をして考えてみる。ずっと社畜だったのに、急に何がしたいですかって言われても思い付かないし。
「お待たせしました。えっと……お二方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
女神マリーティアはそう言いながら私とルキちゃんに詰め寄ってきた。嘘、まだ全然考えまとまってないのに。
「えっと、私はユノ・カグラで、こっちは飼い猫のルキちゃんです」
とりあえずそう返事をする。
「ユノ様にルキちゃん様ですね……かしこまりました。今回はこちらの不手際で誤って召喚に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした。では、お二方に何かスキル等の特典をお付け致しますが、何がよろしいですか?」
「えっ、ルキちゃんにも……!?」
「はい、もちろんです♪」
ニコッと微笑む女神マリーティア。なんてこった。こちとら自分の特典すら決めかねているというのに……。
「えっと……」
どうしよう、どうしよう。心なしか野崎さんが“早くしておばさん”的な視線を送ってきてる気がする……。
⸺⸺そうだ!
ルキちゃんの事を心配して独り旅行は日帰りと決めていた私は、咄嗟にこう発言した。
「一度行った場所には瞬時に行き来できる“ファストトラベル”のスキルが欲しいです! あっ後、会社にはお金持ちの社長に嫁いで寿退社したって事にしておいてください!」
「ファストトラベルですね……はい、かしこまりました。現実操作はそのように致しますね。それではルキちゃん様はいかが致しましょう?」
「えっと、えっと……」
どうしよう、思い付かない。すると、ルキちゃんが『主のユノが男にモテモテになる加護をつけてほしいですにゃ』と突然念を放った。
えっ、ルキちゃん、しゃべれたの!? いや、きっとこの空間だからか……。
っていうか、何その加護!? 私別にいらないんだけど!
⸺⸺いや、もしイケメンに毎日囲まれてちやほやされるなら、ちょっとは欲しいかも……。
「かしこまりました。男にモテる加護……っと。では、只今準備しますので、少々お待ちくださいね」
女神マリーティアはそう言って慌ただしく空中をパソコンを操作するようにピコピコといじり出した。
うわ、すごい……光ったボタンみたいなのをポチポチ押してる……。
すると、野崎さんが「女神さん……めっちゃ小便したいんすけど、まだっすか?」と急かしてきた。
なるほど、おトイレに行きたかったからあんな“早くして”って圧を感じていたのか……。そりゃ申し訳ないことをした。
「そ、それは大変ですね……! なるべく急ぎますので……! えっと、これがこうで……あれ? えっと……」
だんだん女神マリーティアの目が泳いでくる。おっと、大丈夫かな。「あれ?」とか聞こえてきたけど……。
野崎さんの貧乏揺すりが始まる。あわあわと慌てふためく女神マリーティア。
⸺⸺そして。
「お待たせしました! 皆様転送致します! ポチッとな!」
女神マリーティアが空中にあるボタンをポチッと押すと、私たちの身体が光に包まれていった。
そして、野崎さんが最初に消えて、勇者召喚に応じる。
⸺⸺野崎さんが消えた、その瞬間だった。
「あ゛ーっ! スキルや加護の配置、間違えてしまいました〜! えっとえっと、変更は……もう出来ません!? あっ、転送位置が……ズレてしまいました〜!」
「えっ!?」
女神マリーティアのとんでもない独り言が聞こえたかと思うと、私もルキちゃんも完全に光に包まれて、意識を失った。