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国立競技場にて(最終話)

それから四年後。僕とバンドメンバーと月島さんは国立競技場にいた。国歌斉唱の君が代を口ずさむ四月一日君は金髪でネックレスをしていて、相変わらずチャラい。


「四月一日君がサッカー日本代表とはねえ」


「それもスタメンだよ」


ベースの由真とギターの奈央(なお)が口々に声を出す。左隣には月島さんの嬉しそうな綺麗な横顔がある。でもその視線の先は選手ではなく国歌斉唱を任された青年に向いている。


幸田航大だ。


「倉橋君、嬉しいでしょ。親友が国歌斉唱なんて」


一瞬チラッと右の二人に目をやると「お察しします」という表情だった。


あの後、高校最後の文化祭で間がもたない中、ピンチヒッターでボーカルを務めた僕は、そのまま「たび重なる僕の不祥事」の歌い手になった。今は大学に通いながら、メンバーと在学中にインディーズで活動している。


月島さんとメンバーは親友だから、時々会える。しかし、大学入学も落ち着いてすぐの同窓会、月島さんは顔を頬に染めてスマホの画面を見せてくれた。


そこにはチェコの街並みと満面の笑みでピースする月島さんと無表情の航大のツーショット。


「続いてはチェコの国歌斉唱です」


航大は歌い出した。歌詞の意味は分からないけれど、発音と声質がいいことは僕にも伝わる。


航大、お前は高校卒業直後に教師一同の懇願を振り切って東京大学受験を断り、突然チェコに移住して民芸品を作りに行き、そこに月島さんが訪ねてお前は今サッカー日本代表チェコ戦で対戦相手の国家まで歌って……。


少し立ち眩みした僕を月島さんが支えた。


「大丈夫?疲れてるのかな?無理しちゃダメだよ!」


「男のくせに」と安易に言わない月島さんのことが……いや、よそう。今の僕は、歌唱の面でも、心の余裕でも航大にかなわない。


視線の先にいる幼馴染は歌い終えたあと、両手を振ってお辞儀をした。その表情には見知った無表情より少し柔和な温かみを感じた。


試合が始まると、月島さんは四月一日君そっちのけでradikoを聴き始めてしまった。


「え?光、試合見ないの?」


「うん。だって関西では聴けないから」


彼女が聴いているのは『幸田航大の2番手RADIO』だ。


いや、どんだけ月島さんは航大のことが好きなんだ!


そして、何であいつラジオ番組持ってるの?普通の21歳で?……いや、アイツは普通ではないか。


「倉橋君も聴いとるんやろ?」


……ええ、聴いてますよ。あいつから目も耳も話せなくて聴いてますよ!


「でも、チェコまで訪ねに行くなんて情熱的だよね」


遠慮がちに奈央が聞く。


「結構遠かったでしょ」


由真も僕のためにあえて話題を振っているようだ。


「うん!勝手な押しかけ女房って感じ。部屋も別で寂しかった。でも、ナポリの楽団で唯香にも会えて良かったよ。あの子、大学すべて落ちて心配してたんだ。イタリアでどうなることと思ってたら音楽に関する単語力と会話の組み立てとコミュ力はお化けだね。詞と曲は皆んなにメールで添付してくれるんやろ?」


押しかけ女房、というフレーズにへこんだ僕の背中を由真がどつき、月島さんと僕に挟まれた奈央が月島さんのイヤホンを片方奪い僕に渡した。


「あ、倉橋君も聴きたかった?」


黙って頷いた。これじゃまるで……


「あはは、恋人みたいだね」


脈ナシか。それでも僕は月島さんとイヤホンを分け合って、親友のトークを聴く。


「続いてはラジオネーム『その日暮らしのアールグレイティー』さん。私の親友と大切な人の親友がバンドを始めました。曲をぜひ流してください。あ、奇遇ですね。このバンドはですね、僕も参加していたんですよ。いや本当に。学生時代に一度だけですけどね……ひょっとして、このリスナーさんは同級生なのだろうか。この間の同窓会には参加できず誠にすみません」


この声を聴いて心底嬉しそうにしている月島さんを見ていたら、僕の心の澱も少しずつ澄み切っていくような気がした。そんな力があいつには、幸田航大にはある。


「それでは聴いて下さい、『たび重なる僕の不祥事』で『あなたに誰より幸せになって欲しいから結婚なんてお断りします』」

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