二十八時間祭、開幕
文化祭当日。校長先生は挨拶を始めた。
「今年も始まりました、二十八時間祭。皆さん、人生は28時間テレビです。一日経って救われなかったら、4時間くらい遅刻してもいいんです。それでも辛かったらまた28時間休んで下さい。でも、そんなに待てないよ~、という人はこの学校に来て下さい。この学園はそんな風にしてできているんです」
どんな風にできてるんだよ、ちゃんと仕事しろよ。そんな声が聴こえた。
「良いこと言ってるつもりなんだろうけどね」
俺の宿敵の親友、倉橋大翔が呟いた。
「底が浅いのにこねくり回すから失速すんねん」
俺が心ひそかに心を寄せてきた女子、月島光さんがエセ関西弁で吐き捨てる。
ゾクゾクする!可愛い顔して、毒を吐く君に俺はずっとゾクゾクしてきた。
この感情が恋だと知ったのは、サッカー部の練習の20分ミニゲームの最中に120回月島さんの方を見ていることを副キャプテンの石田に気付かれた刹那だ。
「10秒に1回じゃねえか。欲望に正直すぎるよ」
そう叱責されてからだ。
でも大丈夫。月島さんは俺をコケにした幸田なんぞに惹かれているようだが、俺たちのバンド「D’où êtes-vous?」の演奏を聴けば吹っ飛ぶぞ!何といっても俺がボーカルだからな!
しかし、前日に「D’où êtes-vous?」をグーグル翻訳にかけたら「どこの出身ですか?」と出てきて、俺は激怒して石田に電話した。
「ワールドワイドに活躍できそうでいいじゃん」
「俺たちはサッカー選手になるんだろ?」
「うるせえなあ、女子の目ばっかり気にして練習も疎かなくせに。考えるのが面倒だったんだよ!」
おかげで石田と朝から口も利いていないが、大丈夫。俺の歌唱に光ちゃんも酔いしれるぜ!
そう思っていたら、俺たちの演奏前に月島さんはあっさりとトイレに入って、演奏後きっかりまで出てこなかった。おかげでオリジナル曲『理由を聞かせtell me why』の歌詞が飛んでしまった。
「紅の夕陽が……燦燦と……tell me why ……ll me why……」
ステージから降りて次に出てくる「たび重なる僕の不祥事」の仲間・アンダーソン・唯香に感想を聞いた。
「バンド名はフランス語なのに歌詞は英語なのは何故だ」
ベースとギターの二人も口々に呟く。
「tell me whyって4分半で18回は多いよ」
「こっちが『なぜか教えてください』だよ」
肩を落としていると、幸田航大が無表情でマイクを持ってステージに上がろうとする。
「おい!何でお前がバンドなんかやるんだよ」
「大丈夫、カラオケの採点基準で君より低くなるように歌うから」
「そうやって火に油を注がないの!行くよ!」
あの幸田が?なぜ?俺は、月島さんと倉橋の背後に回り、会話を盗み聞きした。
「ちょうど、仲間さんと航大たちだよ」
「うん!だってあたし、前のバンドの曲が終わるタイミングで戻ってきたから」
俺は、頭に落雷が落ちるような衝撃を食らってしまった。
「おい、程々にしろよ。ストーカーになるぞ」
「石田っ、月島さんに聴こえる……」
「月島さんはお前に興味ねえよ」
肩を落とす俺の頭を、石田がポンポン叩く。
「彼女ヅラすんな!」
「お前の考えてることはそんなのばっかりか」
石田は俺の首にチョップして、ボソボソ喋り始めた。
「俺はさ、お前が本気でサッカーに打ち込むところが見たいんだよ。四月一日、お前の強引なシュート、それでいてパスも出せるセンス、感覚的なドリブル、どれも真似できねえ」
俺は俯いた。
「なのにお前ときたら、モテたいからバンド、幸田は気に入らないから勧誘しない、そんなのばっかじゃねえか。お前が最初から本気でサッカーしてたら、去年の冬の全国選手権行けたぞ?その方がお望み通り、お前もチヤホヤされるだろ?なのに目先のことばかり、本当に底が浅いバカ野郎だ」
何も言い返せないでいる俺の目線は、月島さんのポニーテールの髪に向けられている。
「一つ縛りも可愛いな、とか思ってるんだろ」
倉橋はさっきからこちらの方をチラチラ見ているが、月島さんは幸田一点から目を離さない。……つうか、幸田、歌うめえ。時々、お経みたいになってるけれど。
「何かに一生懸命な奴は格好いいよ。モテる、モテないとかじゃなく。でも、今の優希は駄目だ。目的じゃなくて、結果の皮算用ばかりしてる。そんな奴、誰にも相手にされないよ」
歯を食いしばる俺の方に石田は手を置いた。
「今年の選手権予選、秋からだろ。やってやろうぜ」
俺の気も知らず、幸田は歌っている。
え?あいつ、何歌ってる?
「渋いよな、『たび重なる僕の不祥事』。吉田拓郎の『結婚しようよ』歌ってるぜ。しかもアレンジ付き」
心なしか、少しずつ歌声に心がこもってきている。あいつ、幼稚園の頃から学習能力速いんだよな。年少の時にボーっと見てる倉橋の横でお手玉ずっとやってて地元のテレビに出たし。
そういえば、放送の次の日に皆に囲まれてる幸田を睨んで以降、あいつに負けることなくなったんだよな……クソ、バカにしやがって。
しかしあの幸田がバンド?なぜ?拍手喝采の後、司会の男女2人にインタビューされている。確かあの2人、付き合ってるんだよな。チクショウ、なんで俺には彼女がいないんだ……。
「ロックテイストの『結婚しようよ』最高でした!幸田君らしからぬセクシーな歌声で」
「誰かを思い浮かべたんですか?なんt……」
「はい」
えーっ!ものすごい反響が沸いた。そりゃそうだろう。ミスター無機質の幸田が愛の告白か?それってまさか……。
「月島光さんを思い浮かべていたら自然と」
それって告白ですかー!野次馬が飛ぶ。
「告白の定義を自白とするならば、率直に申し上げて僕は彼女を特別な存在だと思っているんだろうな。なぜだか彼女に向けて歌を歌いたくなった。選曲は仲間さんのチョイスだけど、歌えて幸せだ。ちょっと僕だけが幸せになり過ぎているかもしれない。皆にとって有意義な時間だったのならよいのだけれど」
じゃあ今の歌詞はプロポーズ?俺は月島さんの右隣に回り込んでいたが、その表情は完全に恋する乙女だった。
「いや、月島さんが婚姻届を出すのは四月一日君がいいだろう」
今度は俺が吹っ飛んだ。
「四月一日君は月島さんに相応しい。四月一日君は容姿も良く、勉学スポーツともに優れ、野心家でもある」
皆の頭に?マークが浮かんでいた。
「僕にとって誰より大切なのは月島さんだ。少し前まで倉橋と両親だったけれど、依怙贔屓からか超えてしまった」
「じゃ、じゃあ何で……」
司会も完全に困っている。校長はアワアワするだけで何もできない。教頭はハナから静観を決め込んでいる。
「僕は誰より月島さんに幸せになってほしい」
幸田はいつもより頬を紅潮させて大きな声で話す。
「だから、結婚なんてお断りだ。僕は人の気持ちに気付けないし、心の機微も分からない」
月島さんは首をぶんぶん振って、揺れる髪が可愛いと思っている俺は哀れなピエロだ。
「他にもっといい人がいる。当初は倉橋も考えたが、僕と親友という時点で彼には悪いが候補からは除外した。僕は遠くから月島さんを見守りたい。皆さんありがとう」
ぺこりとお辞儀をした幸田に、月島さんが叫ぶ。
「そういうところだよ!」
幸田はぽかんとした顔をした。
「幸田君は確かに何にもわかってない。自分のいいところを一番分かってないよ。不登校の人がいたらプリントを届けて話を聞いたり、部活で怪我して落ち込んでる人がいたらリハビリの方法を印刷してきて落ち込まないようにとまで話すのに、肝心なことは気づかないよね!いつも独りよがりでさ。1番を同級生に譲ったからってそんなの思いやりでも何でもないよ!」
真っ白な肌を少し赤らめながら珍しく大声で話す月島さんに、俺は興奮した。チラッと石田を見ると奴は俺に引いていた。
「分かってる?幸田君が私の親友とバンド組んでてどんなに嫉妬したか。そういうの気付いてよ」
周囲の生徒は俺含め、ぼーっと二人を交互に見ている。もう独壇場だ。
「もうあたし、知らない。私は私の好きな人と一緒にいたい。でもそれはあなたじゃない。5年経っても10年経っても、もうそうするって決めた」
月島さんは外に向かって極めて普通の速度で堂々と歩いて外に行った。
「こういう時、『追いかけなよ!』とかはやし立てないところがうちの学校らしいよね」
倉橋の言葉に石田が頷く。
「普通の学校なら不適合者の集まりだからな」
すると、校長が前に出てきて、話し出した。
「幸田君、追いかけたら?えー、人生は青春です。28秒、つまり約30秒で物事のすべてが……」
教頭がマイクスタンドで校長をつつきまわして追いやった。
「えーっと、どうしようかな……」
司会のカップル2人も困っている。
「四月一日君がとんだピエロだよね」
声がどこかからするが、最早どうでもいい。
「俺は、お前に賭けてるぜ」
「石田、俺に恋してるのか?」
「お前はそればっかり……友情だよ!言わせんなって」
「うちの学園祭、ベストカップル賞ってあったよね。君たちでいいんじゃないかな」
倉橋のこの言葉で、俺の記憶の中の文化祭は閉幕している。