光ちゃんの思考は時に不可解だ
光ちゃんが幸田くんとデートをした翌日、体育の時間は男女交代のサッカーだった。
「光ちゃん、幸田くんとのデートの成果は?」
「うん、変な人だったー」
微妙に聞いたことと違う返事が返ってきたけれど、特に気にも留めず、男子のサッカーを見ていた。
目立っているのは何といっても四月一日優希くん。ドリブルにパスに、ちょっと強引にシュートを決めて女子の喝さいを浴びている。本人もちょっとご満悦。
勉強もスポーツも英語のスピーチも一番で生徒会長。やや我が強くて、皮肉も込みで「王子」と呼ばれているけれど、うちの高校のナンバーワンはことごとく彼がかっさらっていく。とにかくイケメンだしなー。
姓名と自己顕示欲がもう少し控えめだったらとは悔やまれるけれど、漫画の主人公そのものの2.5次元の美貌とサッカー県選抜で国体を控えた足技。言うことなしの眼福だわ。
「すごいよね、あの人」
そう呟く光ちゃんの目は王子のドリブル姿を追っていない。
「さっきから、幸田くんがパスを繋いでる。あの人がリズムを作ってる」
「え?そう?」
私からしたらゴール場面しか分からない。
「ほら、シュートの前の前のパスは全部、幸田くんが出してるよ。幸田くんを経由して攻撃とパス回しにリズムができている。私、ガンバ大阪ってチームに昔いた遠藤保仁選手が好きだったんだけれど、よく似てる。手柄は極力、味方に譲ってるじゃん?でも、すべての起点は幸田くんのパスから始まってるんだ」
そう言われて見てみると、確かに幸田くんはよくパスを出している。目立たないけれど、難しい動作をいとも簡単にこなす。おまけにくまなく観察すると、四月一日くんは幸田くんにパスを出さない。
四月一日くんの部活仲間も、彼を輪に入れてないように見える。時々、顔に近いところに強いパスを出す。でも、眼鏡を危惧しているのか長い脚を伸ばしてトラップして味方に確実に繋いでる。
「おもろいなあ……」
千葉から出たことがないはずの光ちゃんは時々、明らかにエセの関西弁を話す。
また四月一日君がゴールを決めた。こちらをチラチラと見ている。
四月一日君、光ちゃんのこと好きなんだなあ。王子、あんた分かりやすいよ。
最も、光ちゃんの視線は幸田君に固定されている。
「幸田君、良いパス出してたね!」
微笑む光ちゃんに幸田君は、殆ど汗をかかずに近づいた。四月一日王子、睨んじゃダメだって。
「ひょっとして、四月一日君に花向けしてたんじゃない?アシストのその一つ前のパスばっかりだったじゃん」
「ここだけの話にできるかい」
幸田君は涼しげな表情で眼鏡を外し、光ちゃんに近づいた。え、結構、大胆じゃん。
「僕は四月一日君と出会った幼稚園の頃から、彼が一番になれるように加減してきた。テストの点数も、マラソンのタイムも、サッカーの個人記録も。彼は極めて優秀だ。全ての成績を平均すると97点になる。だから僕は96点をキープすれば良い」
「おい、それ、どういうことだよ」
あー、幸田君、すぐ後ろに王子がいたの気付かなかったんだ。
「何でそんなこと言っちゃったの?」
果歩が聞くと、幸田君は首を傾げた。
「そうだな……月島さんには言いたくなったんだ。こんなの初めてだ」
まるで飼い主に遊んでほしくて尻尾を振り回している時の小型犬みたいな表情の光ちゃん。
止せばいいのにのに、幸田君に詰め寄って喚き散らして掴みかかろうとした挙句、優しく背負い投げをされて大騒ぎする残念王子。
まあ、幼少期からそこまで気を使われていたなんて、四月一日君のプライドの高さからしたら屈辱だろうな。
体育の授業が終わった頃には噂は出回って皆の周知となってしまった。