優しさは、幸せへの最短距離だと私の推しは言った
幸田くんは面白い。
恋愛対象にはならないけど。確かに清潔感はあるし、眼鏡がよく似合っている。容姿も端正と呼べるほどに整っていて、あの「個性的すぎる」性格が無ければ鬼モテだろう。
特別進学コースの文系クラス(私は進学コースの文系)に行ってしまい離れ離れになった唯香は、幸田くんの顔をノートに15枚分書いて「こういうのでいいんだよ、こういうので」と大声で叫び机をたたいていた。
隣には『孤独のグルメ』のゴローさんがグラサンをかけていて、左目のレンズにヒビが入っている。
英語以外はなんでもござれの帰国子女という不思議な親友だ。
彼女のことはよくわからないけれど、その変なところを高校生になっても保持しているところが好きだ。
意外とミーハーなところがあるので、今は早稲田大学の全学部受験に向けて「赤本レジスタンス」と名乗り、勉強に励んでいる。
「赤本に抵抗したら、受からなくなっちゃうんじゃないかな」
そう話したら、彼女は単語帳に書き込みながら左手の親指をグッと立てた。
私は私で「なんば花月と吉本新喜劇の近くに住みたい」という理由で関西の大学ばかり模試の志望校に書いているから、酔狂という意味では人のことは全く言えないのだけれど。
話を戻して、幸田くんを格好いいとか好きだとか特にそういうのはない。なんかアンドロイドみたいだし、どちらかといえば倉橋くんのような可愛い男子の方がタイプだ。
でも幸田くんは「めっちゃおもろい奴」だと思う。彼ともっと話がしたい。
でも、一介の女子高生が、学年2位の成績で、マラソン大会も英語スピーチも絵画コンクールも2位で、妙なところで気が利くのに決定的にずれているイケメンにグイグイ話しかけに行ったら、目をつけられないまでも「個性的すぎる」と思われてしまう。個性的すぎるJK、なかなか生きづらいでしょ。
そう思いつつも、今年のクラスで出来た仲良しの3人でお弁当を食べてると、私は1週間に2、3回のペースで幸田くんのおもろい話を見つけて、話題にしてしまう。
果歩と真凛が「好きなんでしょ!勇気出して」と私の袖を引っ張るから面倒くさい。
果歩たちの目に浮かぶのは、①親友のために背中を押す私、という青春に酔った雰囲気と、②なんか面白そう、という野次馬根性だった。
最初は迷惑だと思ったが、これを口実に、幸田くんと親睦を深められるのも悪くない。そう思い、乗ってみることにした。だって幸田くん、勘違いして口説いてきたりしなさそうだし。
カラオケボックスに入った時点の会話でらしさは全開だったけれど。ドリンクバーにない水を店員さんに頼む幸田くんを私はじっと見ていた。
「お茶や炭酸飲料は歌唱に響くんだ」
「別にこれから20周年ライブをやるわけじゃないんだよ」
「まだ僕らは満年齢18歳だ」
「プライベートで、己を満年齢で語る男子高校生、見たことないなぁ」
「今、目にしているじゃないか」
大学生くらいのカラオケの店員さんが吹き出して、息ピッタリですね、と付け加えた。
「そんなことないですよ」
2人でハモって、また吹き出されてから私たちはボックスに向かった。
「月島さんは紅茶にしたんだね」
「私、紅茶が大好きなんだ」
こちらを向かずに話す端正な横顔に呟いた。
「たとえ極貧生活の最中、段ボール10箱分のコーヒーを無料で貰っても私はティ―バッグを買いに行く」
「月島さんは独特の感性を持ってるんだね」
あんたに言われたないわ、と声に出さずに突っ込んだが、さらなる驚きはここからだった。
カラオケの一発目で幸田くんが予約した曲の画面が映り、「福山雅治『家族になろうよ』」と見た時は仰天した。
「え、いきなり?」
「いきなりって?」
「いや、一曲目で『家族になろうよ』って……」
幸田くんはスマホの画面を見せてきた。スクリーンショットだ。
「デートでおススメランキング! 1位福山雅治」
よく見せてもらうと「9.15 カラオケ(写真は帰宅後に削除)」という写真フォルダまで作成している。マメなんだな。やっぱズレてるけど。
「福山雅治のカラオケ人気1位が『家族になろうよ』なんだ」
ズレてます!あなたズレてます!でも、おもろいなあ。ここまでくると。意図を知るまでは、少し恐怖感じたけど。
「でもさ、いきなりこんな歌詞歌われたらプロポーズ?って思っちゃうよ」
笑いながら冗談まじりに言うと、
「歌詞の内容がその場にいる人へのメッセージだとしたらYOASOBIの『アイドル』はどうなるんだろう」
そう言って頭を抱えてしまった。
「いや、何かごめん、私が自意識過剰だった……とは思わないけれど、まあ、何かごめん」
幸田くんは落ち着きを取り戻したのか、私に真顔でこう言った。
「でも、僕も月島さんと話せて有意義な時間を提供してもらっている」
ありがとう、そういって自分の入れた「いきものがかり」の『じょいふる』に専念しようとした。すると急に耳を疑う声がした。
「僕は、月島さんと同じクラスになりたくて理系から文系に進路変更したんだ」
慌てて『じょいふる』の軽快なイントロを消した。敢えて明るくしておいた部屋を見渡してしまった。
「何で?何でわざわざ私と同じクラスにしたの?」
私はそこまで可愛い訳ではない。人と話すことが好きだから、時たま男子が絡んでくるぐらい。それを、勉強・スポーツ・英語スピーチetc.すべて全校2位で容姿端麗の彼が?
しかもわざわざ「特別進学コース」じゃなくて「進学コース」の文系に来たってこと?そう言えば幸田君って2年まで理系コースだったような……。
「月島さんはいつも皆の幸せを考えているだろう。その姿勢は見習うべきだと思うんだ」
幸せ?私が?今度はこちらが頭を抱えたい気分だ。
「例えば、誰かが寂しそうにしているとすぐそばに寄って声をかける。月島さんのその頻度は、他の生徒の8.6倍はあると思う。これはすごい数値だ」
「よく分からないけれど」
私は無表情で私を絶賛する彼にこう告げた。
「優しいってことかな?そう褒めてくれてるの?」
そう話すと幸田くんは満足そうに頷いた。
「優しさは、幸せへの最短距離だ。優しさがあれば、苦しみは折半できるし、喜びは二乗できる。君の心配りは素晴らしい」
カラオケボックスの画面では、今のところ話題になっていないアイドルが意気込みを語っていた。3人とも髪が赤い。
結局、私たちは一切歌わずにそのまま3時間話した。
「『月島光』って名前は十字架だね。なんか全体的に輝いてなきゃいけない枷を感じるし、駿先生が『月島雫』をアニメ化しちゃうし」
「『耳をすませば』は宮崎駿じゃなくて近藤喜文監督だよ。それに、『月島雫』という名を考案したのは柊あおい先生だ」
「幸田くん、ジブリとか見るの?」
言った後に、失礼だったかな、と思う。でも幸田くんは全く気にしていないようだった。
「ジブリはいつも大切なことを教えてくれる」
「大切なことって?」
彼にとっての大切なこと。いささか気になる。
「愛だよ」
口に含んでいた紅茶を思わず噴き出した。愛?思わず彼をしげしげと見る。ペッパー君より感情のなさそうな彼が愛を語るとは……。
「『千と千尋の神隠し』の釜爺のセリフだね」
やっとの思いでそう言う。個室の画面では、最近注目されているバンドのメンバーがそわそわと謙虚な口調で今後の展望を語っている。
「『千と千尋の神隠し』は非常に優れている。極めて効率的だ」
効率的?もう何が何だか分からない。
「この世界において愛がどれだけ大切かということをたったの124分で深く刻み込んでいる。このすれ違いの多い世界でそんな芸当ができる集団はスタジオジブリだけだ」
うーん、踏み込んで話すと予想以上にズレている気がする。でも、面白い。おもろい奴や。高校3年目にしていっちゃん心を動かされたわ。
「そろそろ時間だな」
「幸田くん、歌ってよ」
私はマイクを渡した。
「残り時間は……」
「あと5分。私はいいや。どっちかというと幸田くんの歌を聴きたいな」
「何を歌えばいい?盛り上がった方がいいのだろうか」
彼の持つ検索機をのぞき込むと「しょうなんのか」と打ち込んでいたので、奪い取った。
「『家族になろうよ』歌ってよ」
「不適切なんじゃ……」
「幸田くんがタオル振り回して歌うのはなんか嫌」
「タオルは持ってないよ」
「とにかく福山雅治歌ってよー」
幸田くんの歌声はそれはそれは綺麗で、採点機能によって96.000点を記録していた。そう言えば彼はいつもテストの時96点ばかり取り「あと4点足りない男」という微妙に皮肉のこもったあだ名を頂戴している。
「すごいね!こんな歌が上手かったんだ。バンドとかやれば?私の友達がドラム叩いてるよ」
「喉を健康に保っておきたいからよすよ」
「さようですか」
なんだか、漫才をしているようでいつの間にかこのやり取りにもなれてしまった。