月島光さんと同じクラスになれたことは僥倖の極みではなく必然だった
月島さんの一挙手一投足は、皆を幸せにすることにかけて極めて優れている。
今年の四月から同じクラスになれて誠に有意義だ。
これも、高校2年の担任教師との面談で、クラス分けについて「月島光と同じクラスにしてほしい」という一点に絞って願いを申し入れたことが大きいだろう。
彼女は文系、私は理系クラスだったが、何も問題はない。私は常時、試験において九科目すべて96点を維持している。理系から文系になることなど、造作もない。
「お前、月島のことが好きなのか。でもそれだけの理由で同じクラスにはできないぞ」
2年時の担任だった真島先生はずっと顔をにやつかせていた。私が男性だからだろう。
私が異性愛者で、月島光に恋愛感情を抱いていると信じて疑っていなかったようだ。
①私が生物学的に男性である
このことは疑いようもない事実だが、②異性愛と③恋愛感情については定かではない。
何故なら、産まれてこの方、誰かに恋愛感情を抱いたことがないからだ。
図書室で読了した書籍によれば、「動悸が高鳴り、頬が紅潮すること」と因果関係があるようだが、マラソン大会の時に「幸田、追い抜かせ」と激励してくれた40代の男性教師(体育)に恋をしているかどうか、親友の倉橋に相談したところ、
「それはただ走っていたからじゃないかな」と一蹴された。
何にせよ、自分の恋愛感情について把握する必要はない。決して少なくない小説の作中内で恋愛感情を持った登場人物が良好とはいいがたい結末を迎えている。
クラスメイトも小説ほどに劇的ではないが恋と学業との両立に苦しんでいる。私に恋愛という感情は、これからも必要ない。何にしても、月島さんと同じクラスになれたことは、僥倖の極みである。
「航大、お前さっきから月島さんのことチラチラ見てるけど、気になるの?」
私としたことがとんだ失態だ。
人は、特に思春期の女性は、男性からの無遠慮な視線に嫌悪を示すことが多くあるのに。こう言ったことを学習できるのも、小説の極めて優れた点だ。
「気になるっていうのは、どういう観点からなんだ?」
「いや、好きとかそういう……」
「好き、という言葉に込められた意味は非常に多義的だって知ってるか?その中のどれだ」
「もういいよ」
倉橋がため息をつく。ブカブカの学ランに本人は不満があるらしいが、私からしたら成長期を見越した彼の母の判断は素晴らしい。
「聞いて損した」
「何かを聞いて、損することはないぞ。その返答によって、人は多くのことを学b……」
「分かったよ」
小柄なことを気にしているらしいが、倉橋の美点は、誰に対してもフラットに話す公正さと他人の心の痛みが分かることだ。身長のことなど、気にすることはない。
大体、彼の顔立ちは目立たないながら整っている。しかし、そのことを以前伝えたら、倉橋は顔を真っ赤にして、半日と少し口を利いてくれなかった。
「でも、航大と同じクラスになれるなんて思わなかったなあ」
倉橋が学ランの襟の裾を握りながら、嬉しそうに言う。
「絶対、理系の特別特進に行って、東大理Ⅲに現役合格!って思ってたから。てか、何で?」
月島さんの周囲に与える影響力が理由だと、どう話したら倉橋に分かってもらえるだろう。
そもそも私は、東京大学に進学するなどと決めていない。そのことも否定しておくべきだろうか。そう考えあぐねていると、3人の女子がやってきた。
「幸田君、幸田航大君」
目を向けると、右側に月島さんがいる。なぜか彼女だけ不安そうな顔をしているが、理由は分からない。横を見ると、これまたなぜか倉橋の色白の顔が紅潮している。
「月島さんがね、幸田君と逢引きをしたいそうです」
「逢引き?」
倉橋が少し高い声で疑問を発する。
「つまりデートってことかな」
私が言うと、月島さんを除く女子数名がキャッキャとはしゃいだ。この「キャッキャとはしゃぐ」行為は、何を意味してるんだろう。
「いや、無理にとは言わないんだけれど、まあ、親睦を、えっと……」
月島さんが言い淀んでいるので、私が制した。
「カラオケに行こう」
女子数名は、少し驚いたようだった。月島さんがこちらを窺うようにこちらを見ている。
「いや、まだコロナ渦に迂闊だろうか。何か別の……」
そう言った私の袖を月島さんが掴んだ。
「行きましょう、行こうよ、カラオケ」
私は一緒に来た女子、中山さんと佐山さんと倉橋もカラオケに誘ったが、皆が一様に、
「意味ないだろ、それ!」
「私たち、お邪魔虫だから!」
「デートって言ったじゃん!」
そんな風につぎつぎと突っ込まれた。
私が馬鹿だった。近所のカラオケ店は学生が5人以上で来店すれば2割引きになるということに気を取られた。
月島さんは、私と個人的に親睦を深めたいのだ。
それは、よりよいクラスの雰囲気のキーマンになる彼女との交友を望む私に願ってもない話ではないか。
納得したことを告げると、
「じゃあ、LINEかDM教えて」
と言われた。
ラインもSNSもやっていないことを伝えると、その場にいた皆が絶句した。
無用な通信料を使いたくないことを話そうとする私を察知した倉橋が、これを機に始めろ、と強く所望した。
私はLINEとXのアカウントを開設した。
なぜかグループLINEも作った。倉橋がとても嬉しそうなのが不思議だった。