第五話 明山雨は向日葵を貰う
食卓に彩り豊かな皿が並べられた。野草と木の実を蒸した緑鮮やかな一皿が食欲をそそる。干し肉と薬草の炙り焼きは香りが良い。配られた粥の椀にも青菜が添えられていた。
「干し肉がまだあったか」
運ばれてきた肉料理に、院長が目を細めた。
「さあ、食べよう」
皆が席について院長が促すと、賑やかな食事が始まった。
「明弟、どうしたんだい?」
明山雨は、ぼんやりと食卓を見渡していた。声をかけてきた雲風楽だけではなく、他の三人も気遣わし気に客人を見た。
「ほら、肉だよ。ぼんやりしてると無くなっちゃうよ」
桃が明山雨の器に炙った干し肉を入れる。明山雨は笑顔になって、勢いよく桃の方へと顔を向けた。
「えっ、何」
「食事を取り分けて貰ったのなんて、初めてだよ」
「そうなん?名前をくれた散仙は?」
「山で食べられる物は教えてくれたけど、器に取り分けてくれたことはなかった」
「育てて貰ったわけじゃないんだ?」
「ちがうよ。ある年の夏から秋の間、ほんの少しだけ一緒にいただけなんだ」
舟が悲しそうに眉を下げた。それから黙って青物を取ってくれた。よほど気の毒に感じたのだろう。長話は始まらなかった。
「二人とも、ありがとう」
「ううん、どんどん食べな」
院長と楽も取ってくれた。
「ここにいる間は、好きなだけ食べなさい。魚龍山には食べる物がたくさんあるからね。この山は書院の敷地だから、なんでも好きに採ってきたらいい」
明山雨は、生まれて初めてお腹いっぱい温かく清潔な料理を食べた。胃が満たされて眠くなるということも、これまでにない経験だった。
「ははっ、雨雨、眠そだね」
桃が歯を剥き出して笑った。大きな口を隠そうともしない。重たい瞼の隙間から見える飾り気のない笑顔を、山雨はいつまでも眺めていたいと思った。
翌朝、明山雨は庭に降りて晴れあがった空を見上げた。
「早いね」
「もう起きたか」
「嵐の翌朝はよく晴れた青空が気持ちようございますね。我等が魚龍書院の学舎には、適度の雨風陽射し以外、入ることは許されません。それでも庭を出れば山には嵐も吹き荒れますし、大木が引き裂かれていることもございます。そんな大嵐の傷跡を優しく包み込むように、広々と爽やかな雨上がりの空はなんとも明るく伸びやかなことでしょう」
三人の弟子たちも庭に出てきた。昨夜も三人しか弟子を見ていない。教師は院長だけのようだ。舟は言葉の内容とは裏腹に、憂いを帯びた囁き声で空について語った。語りながらも仕事はしている。腕に提げた籠に庭の野菜を摘んでいた。今日の食事当番は舟なのだろう。
楽は雨など一滴も降らなかったかのように、干し果物を裏返したり並べ替えたりしている。果物もザルも棚も乾燥していて、晴れていた時の状態と同じだった。果物を干す棚には、特別強力な陣が張ってあるのだろう。
「ちょっくら行ってくるっす」
桃が院長直伝の摸魚功を使って跳び去った。明山雨が行方を目で追っていると、果物の世話をしながら大師兄雲風楽が話しかけてきた。
「気になるかい」
「えっ、ああ、どこに行くのかなと思って」
楽はにこにこと笑いながら振り向いた。
「鍛練だよ」
「朝ごはんの前に?」
「うん。僕と雲風舟師弟も、作業が済んだら朝の鍛練に行ってくるよ」
「みんな熱心なんだね」
「そりゃそうさ。その為にここにいるんだから」
明山雨は軽い体操をした後、書院の中を歩き回った。建物の内部を知っておくことは、逃げ出す算段の内である。山雨が再び庭に現れた頃、弟子たちが鍛錬から帰ってきた。一足早く戻った舟がお粥を焚く。厨房の煙が、澄んだ初夏の空に立ち昇る。門口の柳が雨の名残でキラキラと輝いていた。
青菜粥で簡単な朝食を済ませると、皆は庭に並んだ。横一列の弟子たちと客人を前に、院長が竹笠に棹という出立ちで睨みを利かせている。ともすれば勝手なことを始める弟子たちなのである。
一見落ち着きが無さそうな桃が一番まともだった。がさつだが誠実で勤勉なようだ。大師兄は何を考えているのかよくわからない青年だ。ひょいと姿を消しそうである。舟は真面目ではあるが、ゆったりとしつつ、これまたどこかへ行ってしまいそうな雰囲気がある。
「さて、雨は上がったが」
院長が圧力をかけるような声音で言った。
「すぐ門に向かいます」
山雨は心中、美味しい食事と安全な家屋に後ろ髪を引かれていた。桃の躍動的な佇まいにも気を惹かれた。もう少しだけ一緒に過ごしたいという気持ちもあった。
しかし、ここに留まれば書院のメンバーにされてしまう。昨夜も危うく指の体操とやらをさせられそうになった。院長の指先からは、達人を追い払った白い靄が出ていた。どう考えても、達人三人を吹き飛ばしたあの恐ろしい技を伝授しようとしていたのだ。その時は舟が布団を運んで来たので中断された。だが、毎日逃げ果せるとは限らない。
「掴まれ」
院長の差し出す棹を掴んで、明山雨は雫の光る梢を跳び越えて行った。弟子三人も後に続く。上空でけたたましい鳥の鳴き声がしていた。山の彼方から此方へ向かって飛んで来る。目を凝らすと、黒い部分と白い部分がある。かなり大きな鳥のようだ。
鳥は雲風天院長より速い。初めは青空の中にあるシミのようなものだったが、みるみる大きくなった。形がハッキリと分かるようになり、翼が起こす風を感じるまでに近づいてきた。
頭上を通り過ぎる時、桃は大きく手を振った。黒白の鳥はこちらに眼を向けた気がした。
「鵲姐!」
桃は鳥に呼びかけた。カササギと呼ぶにはいささか大きすぎる鳥である。否、明山雨が今までに見たことがあるどんな鳥よりも大きい。翼を広げた姿は、おそらく魚龍書院の建物をすっぽり覆い隠してしまうほどだろう。
「怪鳥」
山雨は呟いた。鳥はギャギャッと腹立たしそうに鳴いた。
「やめろ、失礼だろ!」
桃も怒っている。
「ごめん」
明山雨はとりあえず謝った。怪鳥は魚龍書院の面々を追い越して飛び去った。
「鵲姐はすごい神鳥なんだよ!」
「分かったよ」
「ぜんぜん分かってねぇっ!」
桃の機嫌は直らない。思えば昨日尋問を始めた時にも、簡単に敵意を失くすことはなかった。納得がいかないことに対しては、なかなか譲らない気性のようだ。
二人の話を他の三人は黙って聞いていた。鵲姐への挨拶も桃だけである。院長すら反応しない。これはどうしたことなのだろうか。
そうこうするうちに、石造りの門に到着した。
「ん?」
なにやら強く鳥の匂いがした。そして何よりも、門がふかふかした白い物で塞がれているのだ。
「なんだ?」
明山雨は白い物の上に目を走らせた。右から左、下から上へと首を巡らせて調べる。どうやら白ばかりではない。黒い場所も多い。最後に首が痛くなるほど上を向く。
「あっ」
山雨の視線が、ジロリと見下す鳥の目に出会った。
「鵲姐?」
恐る恐る声をかけてみる。書院メンバーは苦い顔で見守っていた。巨大カササギは知らん顔で立ち塞がっている。
「怪鳥って言って悪かったよ」
明山雨は頭を下げた。鵲姐は動かない。
「反省してるから、通してくれないかなあ」
院長としては、山雨が門を通れないほうが良い。口添えはしないだろう。大師兄はどういうつもりなのかわからないが、今は苦笑いを見せていた。舟は悲し気に佇んでいる。
「許してくれよ」
とうとう山雨は膝をついて神鳥に懇願し始めた。
「あっ、そこまでしなくても」
桃が慌てて立ち上がらせる。腕を掴んで引き上げたのだが、少し力が強すぎた。
「いたたたた」
「ごめん」
桃はひらりと巨大カササギの肩に跳び乗った。頭のそばで何か話しかけている。宥めているのだろうか。
「傷ついてるから、今はそっとしておくしかないよ」
地面に降りた桃が残念そうに伝えた。
「仕方ないか」
山雨は諦めると、院長の方へと向き直った。
「門を潜らなくても、向こう側へ出られればいいんだよね?」
「いや、門を通れたら自由に立ち去って良いという取り決めだった」
院長の主張は正しい。
「もっとも、門じゃなくても出られないだろうがな」
院長の目の奥がギラリと光る。
「そうかな」
明山雨は門の脇を通ろうとした。すると、鵲姐が少しだけ羽を広げてゆく手を遮った。更に外側へずれると、鵲姐は羽をもう少し広げた。それを何回か繰り返して、最後は山雨が走り出した。だが鵲姐は一気に翼を広げて、風圧で山雨を吹き飛ばしてしまった。
「酷いよ」
山雨は竹林に寝転んで、天に向かって呟いた。カサリという音に顔を向けると、楽がしゃがみ込んでいた。手には黄色い花を持っている。
「何?」
「向日葵だよ」
「ふうん?初めて見る花だけど、何?」
「何かを成し遂げる為には、何か大切な物を手放さなければならないってことさ」
雲風楽は向日葵を山雨の顔の脇に置くと、摸魚功を使って去った。
「何なんだ」
山雨は顔を顰めて黄色い花を見つめた。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
後書き武侠喜劇データ集
今回は香港産ではないし広東語配信も観てません
縈縈夙語亦難求
別題名 夙語
邦題不明
Su Yu
2020
ネット連ドラ
古装、甜宠
いやいやいや、その層にはウケないだろ
筆者の推奨タグ: 武侠 喜劇 ラブコメではあるが
ぜんぶネタとはこういうのを言うのだろうなあ
武と侠とラブとコメが1:1:1:1で突っ走る。
すーゆーは物語の鍵となる曲の題名
監督 曾庆杰
最近の監督作「九重紫」。相変わらずのカッコいい絵作りでしたが、またゴリゴリの武侠喜劇も撮って欲しいなぁ。
主な配役
慕绝尘 郭俊辰
鋼メンタル不憫イケメン
幼少期死にかけた時修練を始めたのが、なんと「葵花寶典」!やめたげてー。本作最終回では後継生まれてます。よかったね。
中の人はけっこう休みなくドラマに出演
それなりに動けるイケメン
千語 李诺
公輸家最後の当主
魯班経ではなく葵花寶典を継承している世界
途中でthe虐恋身勝手大女主になる
He武侠喜劇なのでまあいいか
中の人はもうちょっと動ける人を選んで欲しかった