第四十六話 神鵲京の奇毒門
夜美人が密かに埋められた時、荒唐皇女花珠は、まだ単なる一人の皇孫だった。父もまだ立太子前であった。
「一皇女殿下はな、本当に不世出の大人物であられるよ。知らないフリをなされておられるが、おじいちゃんの本当の名前もご存知だと思う」
袁海は、一皇女に心服しているようだった。
「一皇女さまと、危ないルートと、関係があるの?」
「一皇女様が情報をくださったんだ。阿岳より少しお姉さんだけど、やはりまだお小さい。それをうまく利用して、自由に走り回っておられるんだよ」
袁海は、咄嗟の時にうっかり本名を言わないように、二人きりでいても江水を偽名で呼んでいた。
「殿下は白圓とも仲良くしておられる」
しかし皇女は、噂話の交換はするが、自分の手の内を完全には見せない強かさを持っていた。白圓の店に行く時には、孤児のふりをしていた。幼い頃からあらゆる身分の人々の真似が上手かったのだ。それを見込まれて、丐幫と呼ばれる物乞諜報門派の掌門人の養子に迎え入れられた。つまり、皇孫でありながら丐幫の少主にまで祭り上げられていたのだ。
白圓はそちらの身分は知っていたのだが、花珠が皇族だとは知らなかった。丐幫でも、知っているのは幫主だけだ。結果、花珠は、町場の白圓たちと、裏社会にも通じている丐幫と、皇宮中枢部の全ての情報を手に入れていた。
「それで、誰よりも多くの情報を繋ぎ合わせることがお出来になる。夜美人が埋められた時、埋めていた連中の灯りで、顔が見えたそうなんだ。髪は抜け落ちて殆どなく、眼は白く濁って、顔中に緑色の斑点が出来ていたらしい。それで、殿下は死因が特殊な毒によるものなんじゃないか、とおっしゃってな」
数年後、同じ状態の遺体をまた見かけ、丐幫ルートで奇毒教まで辿りついたのだという。
「奇毒教?」
「西狼のスパイとも繋がっている、邪教の末裔だよ」
江水はその時初めて、傘の柄に隠した小さな玉佩の由来を聞いた。その証拠品は、最初に手に入れた手がかりでもある。そして、袁海が見つけた最後の手がかりもまた、古代殺人宗教に関するものだったのだ。
「奇毒教は西狼の邪教だが、神鵲京に奇毒門という邪悪な門派を立てていることが分かったんだ」
袁海は、そのメンバーを探して近づこうと考えたのである。
「おじいちゃんも噂しか聞いたことがなかった手強い相手だけど、皇女様が手がかりを下さったから、もう少し探せば何か解るかもしれない」
「おじいちゃん、それは危ないよ」
江水少年は、不安そうに顔を曇らせて袁海の袖を掴んだ。
「残念だが、やはりここまでにしておくか」
袁海はため息をついた。
冬も近づき、家々の庭に立つ樹木も風が吹くたびに葉を落としている。酒楼の窓辺からは菊が下げられ、色付きだした橘の鉢植えが飾られるようになっていた。
「おじいちゃん、実がなってるね」
散歩の途中で窓辺を見上げた江水が、何気なく言った。
「だいぶ寒くなったからなぁ」
袁海は答えると、いつもの素朴な語り歌よりは複雑な歌い方で詩を口ずさんだ。
「曾枝剡棘 円果摶兮
青黄雑糅 文章爛兮」
「トゲトゲとまんまる、黄色と緑、今は両方とも観られるね。ちょうどよく混ざってるのがいいんだね」
「ははは、曾枝剡棘」
「円果摶兮!」
「よしよし、青黄雑糅」
「文章爛兮!」
二人はしばらく歌いながら川沿いを歩いて行った。江水が飽きるまで歌うと、後は黙って歩いてゆく。
「おっと」
急に飛び出してきた猫を避けて、袁海と江水が身体の向きを変えた。ちょうど建物の間にある狭い抜け道がある場所だった。荷物や箒が壁に立てかけてあり、実際には通り抜けに向かない道である。
その奥に、人影がふたつ見えた。商人風の平凡な男たちだ。
「ひゅっ」
江水が息を呑んだ。たまたま抜け道の方を向いた時、光る文字が見えたのだ。それぞれの男の前に、色も形も違う文字が浮かんでいた。片方は赤く、片方は緑だった。
袁海はさっと江水を抱き上げると走り出した。見られたことに気づいた男たちが追ってくる。寒くなったため、人通りは少ない。袁海は人波を縫って逃げてゆく。男たちが飛鏢を投げた。袁海はダダッと音を立てて、階段を昇った。数段先から水上通路になっていて、途中に休憩スペースもある。
通路に並ぶ屋台を、袁海は避けて進むが追手は気にせず突き進む。屋台の屋根を支える細い柱や、台に並べた小間物が折れたり砕けたりして飛び散った。あちらこちらで悲鳴が上がる。売り手は怒鳴ったり腰を抜かしたりと様々な反応を示していた。
追手がしつこく投げてくる飛鏢が、通行人に当たった。
「痛っ!」
「大丈夫かっ?なんだ?血が緑色っぽいぞ」
聞こえてくる声に、袁海は目を見開いた。
「えいっ」
江水は、袁海の袖口から薬瓶を取り出して、中身の粒を投げた。内功を使って飛ばした薬は、あちこちで呻いている被害者達の口へ飛び込んだ。
「よしっ、阿岳!」
江水を誉めながら、袁海は北岸の建物に向かって飛び上がった。追手の二人も軽功で続く。
「きゃああっ」
「わわっ」
「なんだ?」
騎楼の手摺に足を掛けると、木枯らしにもめげずに川を眺めていた風流人達が叫び声を上げた。そのまま追いかけっこは、屋根の上に舞台を変える。カタカタと屋根瓦が揺れる。
「はっ!」
江水は背中の傘を引き抜いて、投げつけられた瓦を払う。
「ガキが!くたばれ」
「ちっ!」
追手が呪いの言葉を吐く。袁海の背中に毒の吹き矢が飛んでくる。
「つかまってて!」
袁海は叫ぶと同時に、川に浮かぶ小舟に飛び降りた。小舟は無人だ。すぐに追手も続く。いく艘か並ぶ船を渡る。一艘の船のもやいが、飛び乗った弾みで切れてしまった。町外れには、持ち主が放置した古い小舟も稀にあるのだ。もやい綱は脆くなっていたのである。
袁海は内功を使って船を流れに乗せた。しかし、見捨てられていた小舟である。船体も崩れやすくなっていた。強い内功で勢いよく走り出した川舟は、悲鳴をあげてたわんでいる。
「おじいちゃん!壊れそうだよ」
「なに、壊れるまではもつさ!」
今にも折れそうな小舟に、追手が飛び移ろうとしていた。
「おろして」
「落ちるなよ?」
「大丈夫!」
江水は船底に足をつけると、ふうっと息を吸い込んだ。
「小僧っ!」
追手の手にはぬらりと光る飛鏢が握られていた。指の間に挟んで、開いた鉄扇のようになっている。
「阿岳、毒だ!」
「分かってるよ、おじいちゃん!」
二人に向かって放たれた毒飛鏢に向けて、江水は傘を回しながら開く。内力も通して一振りすれば、投げつけられた武器は全て追手へと戻ってゆく。
「卑劣な!」
「凶悪なガキめ」
悪党の言うことは、大抵が身勝手で理不尽である。袁海から教えられてはいたが、実際耳にすると醜悪さは億倍であった。
「うわ、何言ってんの?」
ギシギシと割れそうな音がする小舟に、西狼の間諜二人が乗り込んできた。
「ああー、やめてよ、沈んじゃう」
江水は泣きそうな声を出しながら、華麗に傘を操った。
「山中下雨!」
短刀を突き出す腕を斜め上から叩いて払い、江水は相手の体を閉じた傘の先で突いた。
「ぐわっ」
突きで舟外まで飛ばされた男は、着水の瞬間に水を蹴った。爪先に仕込んだ毒が混ぜられている。江水が山中下雨の最後の動作で素早く防ぐ。即ち絵傘を一気に開いたのだ。
もう一人の刺客は、腰に巻きつけた軟剣をギュルルと抜いて、江水の喉元を狙う。
「やあっ」
「樹下避鳥!」
一旦半分閉じた傘を再び開きながら、江水は身体を捻った。
「枝間から不規則に飛び出す怒った鳥たちに驚いて、転びそうになった人の動き!」
「うるせえっ!」
江水は、相手の軟剣の特性を活かして、傘にそわせるようにした。次第に開く傘は、曲線を描きながら不規則に回転する。その動きに吸い込まれるように、柔らかな刃が紙の上を走る。まるで傘の飾りのようだ。
「何しやがる!」
剣を握っていた追手も、動きに呑まれて奇妙な回転運動をさせられて喚いた。
屈原 前340年?~前278年?「楚辞 九章 橘頌」
笑功震武林
Princess and Seven KungFu Masters
2013
武侠 喜劇
時代背景は民国初年
監督王晶, 姜国民
福星鎮七怪 主題歌「江湖七怪」登場順、この主題歌では何故か小裁縫が抜けている
麥當娜 吳君如
食堂経営、猛女
花天嬌 曾志偉
子供に人気
小喇叭 鄭中基
化粧品売り、猿まわし
麥當紅 謝娜
小喇叭の恋人
甲乙炳 元華
太極拳の先生
嬌婆四 王祖藍
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林黛玉 孟瑤
妓楼経営者、ダンサーを率いてマネキン脚功夫を操る
林雪兒 童菲
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林國棟 洪金宝
雪児の父。日本人刺客から狙われている




