第四十五話 冷宮の夜美人
梨花城から首都神鵲京まで、老人と幼児のよちよち歩きでも徒歩でひと月ほどである。だが、二人は修行と演奏をしながらのんびりと移動したので、都に到着した時には、すっかり季節が変わってしまっていた。梨も桃も花は散り果てて、青々とした葉を茂らせている。替わりに木槿や紫金花が今を盛りと咲き誇り、街中では冷たい緑豆湯の屋台が「清熱解毒」という幟を立てていた。
神鵲京には、瓦舎と呼ばれる芸人街がある。町外れの倉庫街を抜け、東西に走る燕辰江を挟んだ南北両岸に広がる賑やかな地区だ。南面の北岸地区には、芸妓を抱える高級な酒楼や、宮中に呼ばれることもある器楽の名手を育成する楽仙坊などが立ち並んでいた。
袁海が訪ねたのは、雑多な芸人たちが住む南岸だ。川沿いの店は当然北向きの店構えになっている。そうは言っても広い川を挟んでいるので、陽当たりは悪くない。そうした小さな演芸場のひとつに、袁海は江水を連れて行った。
「都で語り物を生業とするなら、梨花楽坊を訪ねるようにと伺いまして」
戸口に立つ気の荒そうな中年男が、旅の老人と幼児をじろじろと見た。
「楽器のひとつも出来ないのかい?よほど喉自慢な様子だな」
伴奏もなく歌や語りだけで人の心を掴むのには、極めて高い技術が必要だ。一見したところ、袁海と江水は楽器を持っていないので、そんなことを言われたのである。袁海は懐に愛用の拍板を持っているのだが、身元を隠すために隠したままにするつもりだ。
「まあいい、運良く楽坊主がいらっしゃるから、通していいか聞いてやるよ」
少しだけ待たされて、劇場兼用になっている一階の部屋に通された。三人掛けくらいの床几が並んだ客席で、壮年の女性が旅人二人と向かい合って立つ。
「神鵲京は初めてかい?」
「はい。袁家鎮から出て参りましたばかりです」
袁家鎮は、神鵲京郊外の山中にある村だ。言葉は都と殆ど変わらない。袁海は本当に袁家鎮の出身であるし、都育ちの江水は、数ヶ月の旅の間に訓練しただけで微妙な訛りを身につけていた。出身を怪しまれることなく、話はスムーズに進む。
そこで承認を受けて、二人は辻芸人としての活動を開始した。他の町や村にはなかったシステムである。江水はなんだか一人前の語り手になった気がした。
「北岸地区には宮中のお墨付きが必要だから、川向こうで演奏しちゃいけないよ。首が飛ぶかも知れないから、よく覚えておくんだね」
南岸地区の楽人を束ねる梨花楽坊の主が脅すように人差し指を振った。江水はきゅっと口を引き結んで頷いた。
瓦舎の中に一間を借りて、二人は新しい生活を始めた。神鵲京には、白圓庵という小さな薬種問屋があった。袁海は手当たり次第に訪ね歩いた店々の中で、この裏通りの店に辿り着いた。気さくな庵主から聞いた噂話を足がかりとして、二人はスパイ事件を調べて行った。
白圓は袁山と改名した袁海としか会わず、江水を見かけたことがなかった。町の噂で、袁山は袁岳という孫を連れて神話語りをしていると聞いた。だがその姿を観たことはなかった。袁海は、白圓の情報収集能力を警戒していたのだ。ただの噂好きではないことくらい、すぐに看破した。江水の安全の為には、会わせないことが一番だ。
二人は、西狼国に関わることなら、どんな小さなことでも必死に集めた。事件現場にいた夜美人の来歴や交友関係は、もとは宮中にいた袁海が知っていた。
「夜美人は、楚侯府の四番目のお嬢さんだ。五年前に西狼との停戦協定の一部として、妹さんの楚七小姐が西狼の第四王子と和平婚をした」
「やっぱり、夜美人は西狼と繋がりがあったんだね」
「スパイともなれば、証拠なしで告発は出来ない。それどころか、証拠なんか提出したら首が危ないよ。皆疑ってはいるが、陛下は夜美人へのご寵愛が深くていらっしゃるから、そんなことを口にする訳にはいかないんだ」
当時の西狼王は実利家であり、建前ではなく正真正銘の友好婚だった。だが逆子四王子が王太子と父を殺害して玉座を簒奪したことで、再び鵲国との小競り合いが始まったのだ。即位して簒奪王となった第四王子の野心のせいで、正妃でありながら楚七小姐は人質扱いになった。
噂では、夜美人が妹を助けに行ったが、気の小さい妹は脱出のチャンスを活かさず、怯えて約束の場所に行かなかった。巡視兵に捉えられた夜美人とは面会もせず、ひとり部屋で震えていた。この話は、帰還した夜美人が冒険談として影絵芝居にして好評を博していた。
影絵芝居は引き裂かれた姉妹の悲劇である。劇中、姉は妹の命を盾にスパイになれと言われる。皇帝への忠義や愛と、妹の安全との板挟みに苦しむ姿が観客の涙を誘う。影絵では、護国の英雄梨花仙人が華々しく夜美人を救出して、終幕である。
お話は夜美人が主人公なので、妹が敵国に置き去り状態であっても、観客は気にしない。ミッションは失敗だが、危機に陥った勇敢な美人を英雄が救出する話にすり替わって終わる。皇帝と美人が抱き合って再会を喜ぶ場面で終わりだ。
問題は何も解決していない。宮中の噂では、この事件をキッカケに夜美人のスパイ活動が始まったのではないか、と言われている。楚七小姐が、怯えるばかりでなにもしないため事態が悪化したとも囁かれていた。
こんなにも権勢を誇っていた夜美人であるが、驚いたことに、南雀王山荘でのスパイ事件後まもなく病死していたことが明らかになった。
「六年もかかって、ようやく宮中に袁山としてのツテが出来たのに、夜美人を見張って真実に近づくという希みは断たれてしまったよ」
袁海は悔しくて歯を噛み締めた。事件当夜は初老だった袁海も、六年経ってすっかり髪も白くなっている。友達の死の真相を探るという執念だけで生きてきた。知り合いの多い宮中に新しいツテを求めるには、慎重の上にも慎重を重ねなければならなかった。危険を顧みずに試みを続けて、とうとうチャンスが巡って来たというのに。
夜美人は、皇帝の不況を買って冷宮と呼ばれる妃の牢獄のような場所に追いやられた。病気の治療も受けられずに衰弱死したのだという。それはあくまでも噂に過ぎない。だが、徹底的に箝口令が敷かれて、宮中ですら夜美人の死を知らない人の方が多いのだ。
誰も興味がない、という程度なら多少の噂は流れるものである。それが、かろうじて宮廷の中枢部でのみ噂が流れるだけだったのだ。不自然なまでに夜美人の生死は語られていなかった。袁海に出来た新たなツテというのは、たまたま夜美人の遺体が冷宮の裏庭に埋められている所を目撃した人物だった。
「人物というか、一皇女殿下なんだがな」
お転婆を通り越して荒唐皇女の異名を持つほどの問題児だ。しかし彼女には忠実な側近が二人いて、自身も武功高強な為に、無鉄砲な振る舞いをしても生き延びていた。
「皇女殿下は、すごい人だね」
「ううむ、すごいというか、なんというか、あまり真似はして欲しくない」
「でも、これからどうするの?」
「そうだなあ。ここで止めるかどうか、決める時がきたようだね。夜美人と親しかった連中も一通り調べたんだが、もう一番危険なルートしか残ってないんだよ」
二人の目的は、西狼スパイを一網打尽にすることではない。ましてや、その母体とされる古代殺人宗教の末裔と対決する気など毛頭なかった。母の冤罪が晴らせればそれでいい。もし無理だったとしても、せめてあの夜何があったのかを知りたいとは思う。しかし、それ以上は諦めるつもりなのだ。
袁海は今や、宮中と何の関わりもない一介の楽師である。江水にも、母の死をきっかけに世の悪を討とう、などという勇壮な目標は生まれなかった。
「おじいちゃん、危険なルートって、誰かスパイでも見つけたの?」
十一歳になって、そろそろ髷を結う為に、江水は髪を伸ばしていた。切れ長の眼はまつ毛が長く、色白で絹のような肌は、しばしば高貴な少女と間違えられるほどだった。
倚天屠龍記之魔教教主
カンフー・カルト・マスター/魔教教主
Kung Fu Cult Master
1993年
古装 動作 武侠
ドタバタでは無いが喜劇要素が強い
監督 王晶
武術指導 洪金寶
張無忌 李連杰 ジェット・リー
小昭 邱淑貞
張三豊 洪金寶
リチャード・ンが楽しそうに蝙蝠やってる
ヒロインが小昭でほぼ固定なので、切り取り成功
前後とか途中の途中とか作んなくて良かったよ
現代視聴者にとって英雄物語ハードルの一つである、じゃーなんストレスが少ない
現代ネット武侠劇に比べて血をドバドバ吐く人がほぼいないのも安心
レッドクリフに流用されたシーンがあるらしいが、レッドクリフはずいぶん昔に2回くらい観ただけなので、覚えてない
サモハン知らなきゃ誰だか分からん
観るたびに同じこと思う
お髭だけじゃなくて古装だから肥な感じがカバーされちゃってるのよ
サモハンと李さんとの対決シーンが素晴らしい
現代武侠のつよじじい戦、このシーンに影響うけてるつよじじいキャラの動きを散見します
ワイヤー撮影技術者が神。飛んでる感、飛び上がりの高さ感がすごい
実際、今の武術出来ないダンサー武侠より高く吊るされてたんだとは思う
ワイヤーアクションで事故の話もけっこうあったよね?あの頃は。
最初のナレーションが最大のハードル
別に聞こうとしなければおけ
映像だけ眺めていればよい
若い頃のジェット・リーには、ビジュアル的にもっとこっちよりの武侠やって欲しかったなあ
今で言えば劉学義が武術出来るようになった感じかな
因みに原作小説の英文題名は
Heavenly Sword Dragon Slaying Saber




