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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第四十四話 袁家鎮の操傘術

 翌朝早く、二人は梨花城の隠し部屋にいた。


「ここをひねると開くよ」


 袁海は、傘の柄に施した細工を江水に見せる。夜のうちに加工したようだ。


「わあ、面白いね」

「気に入ったか?」

「うん!」

「けどな、江水。ここに入れてあるものは、じかに触ったらダメだぞ。猛毒なんだ」

「ええっ、なんでそんなの入れておくの?」


 江水は怖そうに首を縮めた。袁海が傘の柄に入れたのは、布に包んだ証拠の玉佩である。


「これはね、いつかお母さんの濡れ衣を晴らすチャンスが来たら役に立つものなんだ」

「今じゃダメなの?」

「ダメだ。安心して渡せる人が誰なのか、まだ分からないんだよ」

「梨花仙人さまは?」

「いまはここに隠しておくほうがいいんだ」

「どうして?」

「親切な人を巻き込んだら悪いだろう?」

「そうだね」

「それに、大切なものは自分で隠しておいたほうがいいんだよ」


 袁海は、繰り返し「隠しておく」ということを強調した。


「ここが開くことも、秘密だからね」

「秘密」

「秘密だ」

「うん!秘密だ!」


 幼児は秘密が好きである。宝物を隠しておくことにも魅力を感じるものだ。江水は、すんなりと傘の柄に隠された秘密を守ることに同意した。



 朝食の席に着いていたのは、梨花仙人と側近二名、そして逃亡中の二人である。具のない饅頭と魚のスープ、そして翡翠のように鮮やかな緑色の山菜と豚肉を炒めた一皿が、二人の前で湯気を立てていた。


「江水、食欲は湧かないだろうが、何か口にしないといけないよ」


 江水は黙って頷くと、衛山月が差し出す炒め物を素直に受け取った。


「君のお母さんは、スパイの汚名を着せられたんだ。これから先、逃げたり隠れたりする技術を身につけて、強く生きていかないとならないよ」

「城主様」


 江水は、涙を目に溜めて梨花仙人と呼ばれる衛山月を見上げた。


「どうだい。私が率いている梨花派という武門に入門してみないか?武術を身につければ、いざという時に身を守ることが出来るんだぞ」

「うーん」


 江水は悩みながら炒め物を食べた。



「おじいちゃん、昨日すごいジャンプしたよね?」


 山菜と豚肉を呑み込むと、江水は袁海に尋ねた。


「うん、そうだね。武術を学べば江水も出来るようになるよ」


 公公は、江水に優しく頷いた。


「それに、おじいちゃん、ビュンビュン飛んでくる矢を全部避けてたよね?」

「ほう?袁公公は凄いんだねえ」


 梨花城の主も温かな眼差しで江水に話しかけた。


「はい!凄かったんですよ!」


 江水は五歳だが、宮廷楽師の息子である。目上の人との接し方をきちんと知っていた。


「はは、子供の言うことです」

「ご謙遜を。袁公公はどちらで修行なされたのですか?」


 袁海の所属する門派を、梨花仙人は知らなかった。昨夜のような姿を江水が見たのも初めてだ。


「なに、見よう見まねですよ。宮中におりますと、色々と目にしますからね」


 袁海公公は、あくまでも白を切る。梨花仙人もそれ以上は追及しなかった。



「おじいちゃん、僕も見よう見まねしたい」

「そうかい?」

「うん」


 昨日の体験は、江水の記憶にくっきりと焼き付いていたのだ。追手の矢は袁海に掠りさえしなかった。剣を向けられた時には、思いがけない助けがあったが、それ以外は全て避け切ったのだ。


「分かった。いいよ。教えてあげよう」

「ほんと?」

「本当だとも」


 袁海に受け入れられて、江水は満面の笑みを浮かべた。


「おじいちゃん、ありがとう!」


 それから箸を置いて、さっと跪くと、母が新しい弟子を迎える時の様子を真似た。


師父在上(おししょうさま)請受(でしのいちれいを)徒児一拝(おうけください)!」


 額ずく子供を慌てて立たせると、袁海は江水を椅子に戻した。だが江水は、続きの儀式も進んで行った。


請、師父(おししょうさま)喝茶(おちゃをどうぞ)


 食卓に伏せてあった小さな茶杯を三つ上向にして、江水は茶を注ぐ。


「うん」


 袁海は満足そうに言うと、三杯の茶を飲み干した。それを見届けて、梨花仙人が拍手した。


「袁公公、新弟子、おめでとうございます」

「ありがとうございます」



 食事の後、朝の清々しい空気の中で、二人は梨花城に別れを告げた。二人とも目立たない村人の扮装をしている。袁海の背には昨夜客桟から持ち出した小さな荷物がある。荷物にくくりつけてあった絵傘は、紐をつけて江水が背負っていた。ヒョロっとした子供が背中に唐傘を斜めにくっつけて歩いている姿は、むしろ非常に目立つのだが。


「どれ、貸してごらん」


 その日から先の早朝や夜明け、周りに人がいないのを確かめると、袁海は傘の使い方を実演してみせた。


袁家(ゆんがあ)(ざん)操傘術(ちょうさんさっ)山中下雨(さんちょんはーゆう)


 まずは閉じたまま斜めに振り下ろし、前に踏み出しながら閉じた傘を突き出した。そして、最後にバッと傘を開く。


「降り出した雨に慌てて傘を出そうとして、つんのめってしまった人の動きだよ」


 第一招式がそんなふざけた動きでいいのか、と明山雨なら思ったかもしれない。しかし、幼児江水は熱心に取り組んだ。


「転びそうになって、弾みで開いちゃったのかな」

「そうだね、孫よ。袁家のご先祖様が、山で雨に降られた時に、実際起きたことらしいよ。その時思いついた技なんだって」

「へえー!すごいね」


 こうして江水は、旅をしながら修行を始めたのである。操傘術の他には、傘歩(さんぽう)と呼ばれる袁家鎮の歩法を学んだ。その後には傘舞(さんもう)という軽功も学び始めた。



 梨花城で発行してもらった通行証では、祖父袁山(ゆんさん)と孫袁岳(ゆんの)ということになっていた。二人は大道芸人として、短い物語歌を歌いながら首都を目指した。


「危ないのはどこでも同じだからね。それならいっそ、情報を集めやすい都にいたほうがいい」

「知ってる人に会うんじゃない?」

「服装や髪型が変わると、同じ人だとは気が付かないものだよ」

「そうかなあ」

「そんなものだよ。用心したほうがいいことは確かだけどね」

「ふうん」



 道端で、村の広場で、客桟で、街角で。身一つで逃げて来た袁公公は、懐に拍板を持ってはいたが、使ったら身元が知られてしまいそうなので使うのは控えた。二人とも歌だけである。


「鵲山は神秘の山、見えているのに辿り着けない不思議な山」


 などと江水が可愛らしい子供の声で語り始めると、子供好きの大人たちが集まってくる。観客は少ない。途中で立ち去ってしまうことも多い観客が相手だ。それでもめげずに、神話や伝説を短くまとめた物語歌を老人と幼児で工夫しながら披露した。実際には路銀に困っていないのだが、旅芸人なら怪しまれないので、演奏は毎日行っていた。


 時には巡回中の役人に出くわした。しかし、のろのろと演奏と修行をしながら移動していたので、追手を恐れて逃げ惑う場合に考えられる移動距離を遥かに下回る場所にいた。そのため、却って怪しまれることがなかった。



 町では謝県令の一族が滅門になった告示が張り出されていた。しかし、スパイ事件については、曖昧な噂しか聞けなかった。それよりも、南雀王が叛逆者討伐の途中で惨殺され、禁軍も多くの犠牲者を出したという事件のほうが、皆の関心を集めていたのだ。


「おじいちゃん、怖いねえ」


 町からまた山道に出たとき、江水が小さな声で言った。


「そうだねえ」


 袁海は厭世的な声音で答えた。


「なんじゃーうぉんって、梨花宴が開かれた山荘の持ち主だよね?」

「そうだよ」

「その人の手下が、お母さんに毒を飲ませたの?」

「どうだろう?南雀王と関係があるかどうかは分からないよ。本物のスパイが、お母さんに濡れ衣を着せる為に飲ませたんじゃないかとは思うんだけどね」


 袁海は、五歳の子供に対しても、母の死に関わる話を隠さなかった。淡々と語るだけで、どぎつい表現は避けて伝えた。事実を知らせておくほうが、後々おかしな誤解や思い込みで暴走することを避けられると考えたからである。


「お母さんの仇も、南雀王や禁軍と一緒に死んじゃったのかな」


 江水は細い眉を寄せて難しい顔をした。五歳の頭と心では、とても処理しきれないことだったのだ。江水には、はっきりと仕返しをしたいという気持ちがあったわけではない。それでも、母の死に関わる者が、呆気なくこの世からいなくなってしまったと思うと、どこかやりきれない感じがしたのである。



 それから数ヶ月後に、上手くもなく下手でもない、老人と幼児の歌い手は、無事首都へと潜り込むことに成功した。




烏蒙奇緣

2024

古装 喜劇 穿越 奇幻

武侠世界の叛逆事件に巻き込まれる現代人

監督 周德新

孟遠(來喜飾)

鉱業従事者。

古代の銀山地図を持って調査に来た烏蒙山でタイムスリップする

薬草知識や商売の才能もあり、なんの説明もなく車を作る

魯班メカの疑惑はあるが、明白な説明皆無

喜劇なので気にしなくて良い

李晓雨(熊玉婷 )

ヒロイン

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