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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第四十話 明山雨の練功

 明山雨(みんさんゆう)阿六(あーろっ)の言葉を飲み込めないでいた。阿六は畝る後れ毛を耳にかけると、ニッと笑った。


「へへーん、こうやるんだよ」


 片手はかるく拳を握って腰の後ろにあて、もう一方の手で空気を掬う動作をした。掌から靄のようなものが出て、手の窪みに水が少し溜まった。


「うーん」

「難しく考えなくていいんだよ」

「うん」


 明山雨はとにかくやってみた。上手くいかない。


「感覚を忘れちゃったら、また実際に池の水を掬ってみて」

「うん」


 何度か挑戦するが、一向に成功する気配がない。阿六はニヤニヤしながら見ていた。


「何かコツはあるの?」

「雨雨は水を掬う感覚を思い出す時に、どんなことを思い浮かべてる?」


 阿六は魚龍書院(ゆうろんしゅーゆん)の面々よりは、指導する気があるようだ。質問には答えをくれようとしている。


「ええと、そうだなあ。水に手を入れた時の冷たい感じと、掬ってる時に水を掻き集めるような感覚と、水から手を出す時に、手の周りにある水から掌を引っ張り上げるような感覚、かな」

「うん。雨雨の場合は、触った感覚だけを思い浮かべているみたいだね」

「うん、言われてみるとそうかもしれない」


 確かに阿六の指摘する通りだった。何回繰り返しても、山雨は触感だけを思い出していたのだ。


「そしたら、匂いとか、見た目とか、音とか、あとは普段水を飲む時の味とかも思い出してみるといいよ。ここの水はそのまま飲んだらお腹を壊すから、思い出す手助けをする為なら、水筒の水を飲むのはどうかな」



 阿六の助言は丁寧だった。院長だったら鼻で笑うだけだろう。楽はにこにこと頑張ってるね、とかなんとか言う姿が容易に目に浮かぶ。舟は長々とヒントをくれるのだろうが、明山雨にとっては却って解りにくくなる。


 桃なら何回も繰り返せば出来る、と実体験を伝えるに違いない。桃は同じ動作を単純に繰り返すのではなく、工夫しながらやり直しているのだろう。桃には武術に対する天性の感覚があるので、延々と繰り返すうちに正解を見つけるのだ。


 しかし明山雨には、そこまでの才能がなかった。入り口を教えて貰えれば、あとは自分で進めるだけの技量はある。だが、糸口を探し出す柔軟性は充分ではなかった。魚龍書院の門下生たちは教わらなくても、山野に溢れる草木や水、石、大地や空、そして生き物たちの動きを取り入れて独自の技へと仕上げてゆくことも可能だ。


 こうしたその人ひとり限りの技のことを、武林では独門功夫と呼ぶ。それが心を落ち着けて気の流れを操る瞑想法なら独門心法となり、独自の足運びなら独門歩法である。独門とは即ち、門派に所属する人がその人独りしかいないということだ。弟子を取り数が増えれば、技を編み出した人が宗祖、開祖などという立場に着く。複数人が所属する門派の代表者が掌門人だ。こうなると、当然その技術は独門〇〇ではなく、ナントカ門派の〇〇と称されるのだ。


 実際、現在の魚龍書院筆頭弟子である大師兄(だいしーひん)雲風楽(わんふぉんろう)は、独自の技術を編み出した。書院には、激流に浸かって鋼の肉体を作り上げる外功である魚龍鱗功(ゆうろんらんこん)がある。


 修行方法を公開しない奥義なら秘功である。魚龍鱗功に関しては、長期間激流に浸かり続ける修行を外部の人が誰も実践しないだけで、特に秘密の訓練方法ではない。これを土台に開発した龍鱗葯櫃功(ゆうろんやっかんこん)が、楽の独門秘功である。



「触った感覚、見た目、匂い、音、飲んだ感じ」


 何度か試すうちに、辺りが暗くなって来た。


「今日はここまでにしなよ。分からないことがあったら、いつでも聞きに来てくれ。南雀王山荘に居るからさ」

「うん、ありがとう」


 明山雨が答えた時には、二人は既に山荘の廃墟に戻っていた。阿六は、その場に置き去りにするようなことはしなかったのである。魚龍書院の者どもとは大違いだ。


「雨雨、今晩はどこに泊まるの?」


 崩れた木の橋や、ひび割れた敷石の隙間から生える草木が、茜色に染まっている。夕べの風が髪を梳いて吹き抜けてゆく。明山雨は空を見上げた。雲が長閑に流れる中を、巣に帰る雁の群れが滑るように飛んでいた。


「今から客桟まで降りても途中で暗くなっちゃうから、今日はここに泊めて貰うよ」

「いいよ」


 食べ物は、山で採った果物や野草を懐に入れている。飲み物は、仙水入りの竹筒がある。屋根は廃墟にかろうじてある。放浪生活を送る明山雨にとっては、贅沢とも言える環境だった。



「お湯使う?」


 阿六が聞く。


「あるの?」

「ちゃんとした器はないけどね」

「じゃ、お願い」


 阿六は内功を使って、廃墟に落ちていた金属の鍋のような物を引き寄せた。それを蓮池功で出した水で洗う。仙水だからなのか、一面の鯖もすっかり落ちた。その後鍋を満たした水に、阿六は内功を流した。程なく湯気が立つ。


「蓮池功はお湯も出せるの?」

「これは蓮池太陽功だよ。蓮池の水を太陽が温める様子を参考にした内功なんだ」


 明山雨には、阿六が何を言っているのか分からない。言葉の意味は分かるのだが、蓮池の水を太陽が温める様子をどう参考にしたらお湯が出てくるのか理解し難かったのだ。


「お湯を出したんじゃなくて、水を内功で温めたんだ。水は、ただ周りから蓮池功で取り出した水じゃなくて、仙水だけどね」


 明山雨は、おっかなびっくりお湯に指を入れてみた。ちょうど良い温かさだ。


「あっちの屋根が残ってる建物で身体を拭くといいよ」


 裸足の旅人にとって、身体をお湯で拭くことなど考えられない幸運である。書院では湯船まで使わせて貰ったが、普段はせいぜい川に浸かる程度だ。火は起こせても器を持たない山雨には、そもそもお湯を沸かすことすら困難なのだ。


「ありがとう」


 明山雨は、心からのお礼を告げた。



 明山雨がさっぱりして戻ってくると、桃が阿六と雑談をしていた。


「阿桃!」


 明山雨は駆け出した。


「うす、雨雨」

「どうしたの?もうすぐご飯じゃない?間に合う?」


 明山雨は心配そうに言った。


「あははは、雨雨、心配しすぎ。雨雨を呼びに来たんだよ。院長が、話があるってさ」


 明山雨は警戒した。院長に対する不審は、日を追うごとに強くなる。雲風天院長は、凄惨な過去を経験した。そのことは同情に値するが、だからと言って信頼出来るかというと、そこは疑わしい。嫌がる明山雨に、事あるごとに修行させようとして来たのだ。何を話そうとしているのか知れたものではない。


 院長は、身元を隠す必要がある子供たちを匿う日々を送っている。そこは尊敬に値した。だが、明山雨は現在の冤罪以外には隠す過去などなかった。


「聞かなくてもいいよ」

「雨雨、まあそんなこと言わずにさ」

「やだよ」


 桃は良い奴だが、院長の事を尊敬している。盲信はしなくても、おおむね院長の指示には従うようだ。明山雨は抵抗した。


「雨雨も書院生として人相書きを回されちゃったからさ。狙ってくる連中のことは知っといたほうがいいよ」


 桃の言うことには一理あると、山雨は思った。


「うん、まあ、そういうことはあるかも知れないけど」

「例えば、追手に養老派(やんろうぱい)の高手がいたら、好酒想歩(ほうじゃうしゃんぼう)も簡単に破られちまうだろ」


 明山雨の「いつもの山歩き」と「殆どの危険から逃げられる歩き方」は、院長や楽たちに言わせると「養老派の好酒想歩」なのである。同じ門派の達人相手には通用しない。明山雨は養老派がなんなのかは知らないが、院長たちが同じ門派の歩法だと言うのだから、そうなのだろうと納得した。


「そりゃまあ、そうだろうねえ」

「通用しない場合の対策も考えたほうがいいんじゃないのか?逃げきれなかったら、命を落とすかもしれんよ?」


 桃の声には気遣いが滲む。山雨のこわばった顔が途端に弛んだ。


「阿桃、心配してくれてありがとう!書院に行くよ」


 久々に流木を掴まれて、明山雨は桃の摸魚功で連れ去られた。阿六が腰に手を当てて、やれやれと言う顔で見送った。



大家好だいがあほう

みなさんこんにちは


後書き武侠喜劇データ集

武林怪獣

カンフーモンスター

Kung fu monster

2018

武侠 魔幻 喜劇

オープニングは円谷パロディ

始まった瞬間から、怪獣、武侠、ホラー、宇宙人SFそのほか雑多な映画のネタ祭り

その割には一本道のストーリー展開、という往年の香港武侠喜劇の王道構造である

怪獣映画の原点である、人間の身勝手で苦しめられる特殊生物の悲しみもきちんと描かれている

そのため、80年代武侠喜劇ファン以外からは到底受け入れられない作品ともなっている

武侠喜劇ファンは歓喜するが、2018年の作品なので、往年のミラクルカンフーは観られない

大歓喜とはいかない

マトリックス1999年で袁和平が徐克寄りに目覚めちゃったからね

それ以降はもう、かつての袁家班みたいな喜劇作品は無理よね

誰も作らないし作れない


監督 劉偉強

武術指導 李達超

片尾曲 凡人英雄歌 腾格尔

ちょっと説教臭いが、エンディングにこれを持って来たのは大英雄のパロディネタだと思う

もう一曲の主題歌にアイドルを使ったのは、あざとジャンルへのパロディと思われる

本編には女子も男子も十代アイドルひとりも出てない

かわいい担当は招財師父

劉徳華が歌う大英雄の素晴らしい思春期ソング「玩世不恭」に寄せている気配を感じる

ジャッキーの「英雄故事」も武侠精神満載なので、武侠喜劇のエンディングで大袈裟な英雄ソングを持ってくる事自体がジャンルのパロディとして機能している


主な配役

招財 普通話ちょうさい、広東語しうちゃい

怪獣だが、正体は武侠によくいる霊獣

実は巨大化は武功による奥義

ギズモ臭がすごいが、監督の愛犬がモデルらしい

造形としては猿

声が配音演員なのかAIなのか不明

クレジット、公式発表なし


封四海 古天楽 ルイス・クー

錦衣衛千戶。明代政府特務機関の中間管理職

殺人兵器として育成されている怪物に同情し、招財と名付け逃したので指名手配される

英雄、自由人、武侠高強、痴男、役人

武侠特有のキャラ痴男怨女の痴男とは、愛の為になりふり構わず行動する男性のこと

中の人は1995年香港版《神鵰俠侶》楊過でブレイク

まさしく痴男型の主人公である。

古天楽は古装第一美男と言われることもあり、古装時に魅力倍増するタイプの風貌

この人かなり黒いんです

白く塗られた役も多い中、当作品では黒い

封封のキャラにあっていて大変よろしい


周冬雨 熊嬌嬌

主人公、封封に次ぐ招財の友であり弟子となる

武侠ヒロインによくいる元気で優しく可愛らしい義賊

話の流れからして、このキャラが主人公


上記二人は招財のパートナーだが、人間としての情侶はそれぞれにいる


孫玉鶴 方中信

反派


武柏 包贝尔

招財は鈴を通して三人と縁分があるのだが、その二人目。ひとり目は封四海、三人目は熊嬌嬌

打楽器を使い語り芸をする江湖浪子

途中ミュージカル風になるターンで両手に拍板を持っていて、右手に二枚タイプ、左手に複数枚タイプを持ち一応本当に演奏しているっぽい

古代の拍板は、宮廷でも使われた打楽器であり、右手で拍板、左手で鼓を打っていた

沖縄の民族楽器である三板のルーツ


痴男、痴狂

情と義に厚く、情愛だけではなく友や国の為にもなりふり構わなくなる

しかし英雄タイプであるため、友、国、横恋慕女に対する義理人情を愛する女性よりも優先したり、義理人情のせいで悪人を信じて女主に激しい憎しみを抱く確率も高い

このため痴男はしばしば怨女を製造する


劉徳華のヒット曲「忘情水」は、選択の失敗を取り戻せなかった痴男がアラサーくらいになった時の心境じゃないかと思われる

なお、これが主題歌だった映画は古装ではない

この歌、歌唱力の効果で、凡人とは違う痴男の心境や行動原理を理解することができる

現代一般人の視線だと単なるじゃーなん=クズヤローに見える痴男だが、可哀想で泣けてくる

古天楽も劉徳華も、そういう役うまいよね

多くの作品では痴男が主人公だが、「白髪魔女伝」は怨女が主人公の経典作品である

痴男の精神状態を表す痴狂という言葉、日本語だと恋愛脳と訳されることがあるようだが、それだけではない

クレイジーな人のマッドラヴかと思うと、そのように見えつつ、視野狭窄を起こして情侶に対する敵意を芽生えさせ、一気に反転、殺意を持って迫害するに至る男主もかなりいる

一方で、激情型の人間ばかりでもなく、物静かな文弱書生が愛する女侠の為に戦場にまで駆けつけるエピソードも多い


反派と大反派

大反派は通常、最初は聖人君子な善人や気弱でお人よしな一般人として登場する極悪人、ラスボスとなり最後まで反省しない

普通の反派はもうちょっと小物、たまに善転する

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