第四話 明山雨は指の体操をさせられる
院長は明山雨の拒絶に対して、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「とにかく嫌だ」
明山雨は真顔で述べた。
「師父、そんなに嫌なら仕方ないんじゃねっすかー?」
桃は単純なだけに、物分かりが良い。明山雨は、さっぱりとして気持ちの良い奴だと思った。
「師父」
舟がなよっと目を伏せて何か話そうとした。
「明弟、きみ、秘薬の副作用が無いよね」
舟の言葉を封じた楽は、信用ならないにこにこ笑顔で話しかけて来た。師父の提案した入門問題とは無関係な話である。人体実験でもするつもりなのだろうか。そして、彼もまた急に距離を詰めて来た。非常にこわい。
「楽よ、今その話はやめなさい」
「では、後で」
院長も、その話題を禁止しなかった。今は、止めただけである。
「明山雨、それで、罰のことなのだが」
「やだよ」
「そういうわけには行かない。もし、侵入者を罰せずに帰したことが武林に知れ渡ったら、越境してくる愚か者どもがこれまで以上に増えるであろう」
「そんなこと言われても嫌なものは嫌だ」
押し問答である。
「師父、罰って何やらすんすか?」
話が進まないことに苛立ったのか、桃が口を挟んだ。
「鯊魚宝典の書き取りをしてもらう。文字も自然に覚えるだろう」
院長がとんでもないことを言い出した。桃がガタリと音を立てて立ち上がった。楽の口元が大袈裟な笑みを浮かべた。舟は少し目を見開いてそっと院長を見た。
「師父!鯊魚宝典て!秘伝の書すよね?」
「なんでまた」
桃が詰め寄り、楽が言葉に詰まる。舟は黙っていた。
「これもまた縁と言うものだ」
「そんなことないでしょう」
院長の言葉を明山雨はバッサリと斬って捨てた。
「何を書かせるつもりか知らないけど、文字は全く書けないよ」
明山雨は繰り返し文盲であることを盾にする。しかし、院長は怯まないのだ。
「形をそのまま写せば良いのだ」
「大師兄もまだ修練が許されてないのに、入門を望んでない雨雨に写させるなんて」
「雲風桃師妹、師父にはお考えがあるんだよ」
「大師兄」
桃は不満を露わにした。
「んん?」
院長のひと睨みで桃もおとなしくなった。再び視線を向けられた明山雨は、慌てて断りの言葉を重ねた。
「やだよ」
「何がなんでも嫌なようだな」
「うん、嫌だ」
院長は溜息をついて首を何度か左右に振った。
「ではひとつ、提案をしよう」
明山雨は、何を言われても承諾しない意志を固めた。
「結界門を内から外へと通り抜けることが出来たなら、罰を受けずに立ち去ってもよい、というのはどうだ?」
明山雨は拍子抜けしてふっと息を吐いた。
「良かったっすね!雨雨」
桃が純粋な笑顔で喜んでくれた。明山雨は、なんだか居心地が悪いような、それでもやっぱり嬉しいような、不思議な気持ちになった。
「抜けることが出来なければ、鯊魚宝典を最後まで全部間違いなく書き写すまで、魚龍書院を半歩たりとも離れてはならぬ」
ならぬもなにも、物理的に出られなければ書院を離れることは不可能だ。結まるところは、出られるものなら出てみろと言っているに過ぎない。
「門から出られたら、もう何も言わない?」
明山雨は慎重に尋ねた。
「言わない」
院長は厳かに宣言した。
「後から捕まえに来たりはしないよね?」
「しない」
「門を出たところで、腕や襟首を掴んで引き戻したりもしない?」
「しない」
院長と明山雨は、無言で互いの目を覗き込んだ。三人の弟子たちは、固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
外は相変わらずの大雨である。びゅうびゅうと唸る風の音が聞こえる。書院は素朴な作りだが、戸がガタガタ揺れることはなかった。地面や山の木々に雨が激しく当たっている。それなのに、書院の屋根や戸を打つ雨音は聞こえない。これも陣とやらの恩恵なのだろう。魚龍書院は、そこで暮らす人々にとって極めて安全な場所のようだ。
「門から出るのは何回試してもいいの?」
明山雨が沈黙を破った。院長は少し考えてから、重々しく頷いた。
「よかろう」
「何回目でも、出られたらその後は自由だよね?」
明山雨が念を押す。院長は再度首を縦に振る。
「自由だ」
「罰の途中でも、外に出られたら続きはしなくていいんだよね?」
「しなくていい」
明山雨は院長の表情を観察した。書院の小部屋は暖かい。隙間風もなく、灯りもないのにはっきりと辺りが見える。しばらく滞在することになったとしても、快適な暮らしができそうだ。野良暮らしよりはずっといい。罰さえなければ、喜んでここに留まるのだが。
「わかったよ」
明山雨は心を決めた。
「でも、雨が上がるまでは罰を待ってくれない?」
「何故だ?」
「雨が上がってから、門を出られるか試してみたいんだ」
暴風雨の中で最初の試みに挑むのは控えたかった。
「まあ、それくらいなら、待ってやろう」
話がまとまって、弟子たちは席を立った。
「では、私はこれで」
楽が真っ先に部屋を出てゆく。
「山をも崩す大雨も、大樹を引き抜く大風も、岩さえ砕く天雷も、我等魚龍書院の学舎に擦り傷すら負わせることはできません。尊い天と揺るぎない大地と気高い龍神に守られて、我等の住処は心地よく、穏やかで、いつも安心していられます」
舟が弱々しい声で弛みなく話し出した。
「師父の魚龍飛天陣は無敵なんだよ。厲害了吧!」
桃が悪気なく舟の話を止めた。
「うん、すごいね」
「だろ!」
桃が得意そうに胸を張る。山雨は思わず笑みを溢した。
「師父、食事当番と掃除の分担はどうするんす?」
立ち去る前に、桃は院長に確認した。
「雨が上がるまで、明山雨は客人だ。夜も止まなかったら、この部屋に泊まればいい。布団は運んでやるから」
雨が上がれば、すぐに最初の試行をさせるつもりだろうか。もし門を通れたら、真夜中でも追い出されるということか。罰も嫌だが、真夜中の竹林に放り出されるのもまた、良い気はしない。
「日が暮れてからは、門を通れるか試したくないよ」
「夜は危険だもんねぇ」
「うん」
桃は理解を示したが、院長は手強かった。
「何を言っているんだ。お前さん、ついさっきまでは夜でも昼でも屋根も壁もない野山で暮らしていただろう」
確かにその通りではある。だが、明山雨にも言い分があった。
「出来れば屋根も壁も欲しいよ。雨風を凌げるって素晴らしい」
「だったら、入門すればいいじゃないか」
院長の言うことは、一面、尤もである。反面、入門には罰と三拝とやらの害悪がある。
「入門はしない」
明山雨は、その一点を頑として譲らなかった。院長はふんと鼻を鳴らした。
「夕飯は五人前すね」
桃はいつでも必要なことをサクサクと進める。
「五人ぶん頼む。今日は桃が当番だったか」
「そっす。食材調達当番の舟師弟が魚も肉も獲れなかったんで、今日は在り物っすよ」
「よろしく頼む」
「明白!徒児告退」
明山雨は憧れのような淡い気持ちを込めて、桃の背中を見送った。舟はその様子に気付いて、微かに笑った。
「我先走了」
舟は優雅に立ち上がり、ゆったりとお辞儀をしてから部屋を離れた。
明山雨はこの部屋を使うように言われたので、腰を上げずにいた。院長がなかなか出て行かないのを不審に思って、注意深く観察していた。その視線を無礼とも嗜めず、院長は何気ないふうに話しかけてきた。
「時に明山雨、暇つぶしに指の体操でもしないか?」
「指の体操?」
明山雨は眉根を寄せて院長、院長の手、自分の手を順番に見た。
「そうだ。指も案外疲れるものだ」
院長は片手を自分の顔の前にだした。
「どれ、教えてやろう」
そう言うと雲風天院長は、人差し指と中指を残して軽く手を握った。二本の指は閉じている。
「ほれ、こうやって」
院長はすーっと息を吸い込み、指に力を入れた。
「指先に意識を集めて」
言いながら、二本の指を曲げるようにして小さく円を描いた。指の周りに白い靄のような物が湧き出した。それはちょうど、院長が棹を振り回していた時に出していた靄と同じものに見えた。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
鯊魚は広東語で鮫の意味
中国語の鯊は海の大魚、日本ではハゼ
ところで
サモハン・キンポーは好きですか
好きですよね
サモハンは現在73歳
身長は172cm
大きくないけど小さくないよ
香港のひとだからハンキンポーだよ
ほんじんぼうじゃないよ
後書き武侠喜劇データ集
肥龍過江
燃えよデブゴン
Enter the Fat Dragon
1978
現代劇
監督、武術指導、主演 洪金寶 役名: 阿龍
妖怪道士にも出てくる金属の輪っかも見せ場
ひとつの道具をとことん魅せる発想と体術がすごい
ユン・ピョウもチラッと出演
ドラゴン怒りの鉄拳でブルース・リーの対戦相手としてちょこっと出ててくるサモハン
ずっと霊幻道士だと思ってたマイベストコミカルカンフーホラー映画が実は違ったと今回調べて判明したサモハン
題名忘れた現代劇のフラレ役で歌ってたサモハン
すごいぞサモハンすきだぞサモハン
昭和の頃は大人気だったサモハン
令和時代の若者たちには人気ないサモハン
なんでだサモハンかっこいいだろサモハン
みんなもっとサモハンを観ろ!