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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第三十七話 明山雨と薬屋

 楽に促されて、明山雨(みんさんゆう)飛花客桟(ふぇいふぁはっざーん)の中に入った。


「おや、いらっしゃい、来てるよ」

掌拒的(おやじさん)、また奥の間?」

「ああ」


 楽は宿の主人と短い挨拶を交わす。舟は本来飛花客桟を目指していなかった。銀銀と楽は面識が無さそうだ。となると、待ち合わせはまた別の人なのだろう。


明弟(みんだい)、ついてきて」

「え、ああ」


 帳場の前で立ち止まった明山雨に、楽が声をかけた。一瞬、人体実験の場面が頭に浮かぶ。だが、今回はなんとなく着いて行ったほうが良い気がしたのだ。なにか不味い事が起きたら、「いつもの山歩き」で逃げれば良い。明山雨は警戒しながらも、大人しく楽の後ろに着いてゆく。



 片側が裏庭へと開けている廊下を黙って進むと、一つの部屋から舟が出てきた。ちょうど荷物を運び込んだところであった。戸口まで送った銀銀(にゃんにゃん)とは、改めて客桟の食堂で落ち合う約束をしている。


「やあ、三師弟(さんしーだい)


 話が済んだとみて、楽が舟に話しかけた。


大師兄(だいしーひん)

唔使客氣喎(やめてって)


 いつもの通り舟が丁寧に頭を下げ、楽がにこにこと遮った。


白兄(ばっひん)が居るけど、三弟(さんだい)もちょっと顔出す?」

「はい、お邪魔でなければ」

「じゃ、いこう。今日も奥だって」


 楽を先頭にして、三人はぞろぞろと廊下を進む。一番奥の部屋に着くと、楽は木製の扉を叩いた。中から返事があって、扉はすぐに開いた。


「入れ」


 扉を開けたのは、人の良さそうな小父さんだった。全身から薬の匂いがしている。楽の同業者だろうか。招き入れられた部屋は、椅子が四つとテーブルがひとつ、小さな戸棚と簡単な床があるだけの質素な客室だった。


 三人が卓に着くと、部屋の主は水を注いでくれた。この人が楽の言っていた白兄だろう。


「ありがとう」



 それぞれに水を飲んで一息ついたところで、白兄が切り出した。


「最近の話なんだが」

「うん」


 楽が合いの手を入れる。


梨花城(れいふぁせん)郊外に染め物屋が棲みついた」


 銀銀(にゃんにゃん)のことだろうか。


「来歴不明の小柄な女で、鵲菫(じゃっがん)を扱っている」

「うん、白兄(ばっひん)。ちょっと待って」


 楽が優しそうな垂れ目でにこやかに笑った。


「なんだ?小子(こぞう)


 白兄は話を遮られて不機嫌になった。


明弟(みんくん)、こちら薬屋の白圓(ばっゆう)神鵲京(さんじゃっけん)小店(こみせ)を構えてるんだよ」


 不機嫌には構わず、楽は穏やかに紹介した。白圓は楽の同業者のようだ。


「はじめまして」

「ああ、どうも」


 紹介を受けた白圓と明山雨は、二人とも気のない様子で挨拶を交わした。


「このとおり偏屈だもんだから、大店(おおだな)に奉公することは叶わないし、自分の店を大きくすることも出来ないんだ」

「けっ」


 楽のからかいに対して、白園は額に皺を寄せた。


「けど、いろんなこと知ってるんだよ。面白いから、話を聞いてみてよ」

「なんだ偉そうに」

「良いじゃない。どうせ話そうとしてたんだしさ」

「けっ、しょうがねぇな」



 形式美のような紹介が終わる。白圓は話を再開した。


「特に隠すでもなく、鵲菫の変異種を大量に採ってんだよ。仁義に反するってんで、変異種を知ってる奴らから睨まれてる。変異種の存在を知らなかった奴らは、なんでわざわざ梨花城から都まで、平凡な鵲菫なんぞを採りに来てんのか怪しんでる。後をつけて探った連中が、染め物工房に行き着いたんだろう。仕上がりを待って、荷物を横取りしようとしたのさ」


 白圓は、そこまで話して、ちらりと(ざう)のほうを見た。


「ひょろいの、おめぇ、その場にいたろ?」

「その場とは?」


 舟が珍しく警戒心を見せた。しかし、表情は常に変わらぬ哀しさを湛えていた。


「数日前、梨花城郊外の坂道で、染め物屋の荷車が襲われたって話だぜ?」


 白圓は上目遣いで舟を睨む。


「左様でございますか。それは物騒なことでございますねぇ」

「けっ、しらばっくれやがって。裏ぁ取れてんだよ」

明月(みんゆう)别枝(べっちー)惊鹊(りゃんじゃっ)


 寂しい口調で口ずさむ舟を、白圓は忌々しそうに睨み続ける。


「けっ、なんだよ」

「人相書きの出回った書院門下生を見張っていたら、武林では互いに知らないふりをするのが暗黙の了解だった鵲菫の秘密を、無遠慮にも公にしようとしている人間に行き当たったというわけですか」

「いや、むしろ逆だな。染め物屋を探ってたら、魚龍書院門下生と二回も出くわしたって寸法だ」


 出くわした、ということは、白圓は河原にも山道にも居たということか。それもあって、楽を呼び出したのかもしれない。


「小子、どう見る」


 白圓は、舟から楽へと目線を移した。



 楽は悠然と水を飲んだ。


「どうって。二回とも偶然でしょ」

「どうだかな。ひょろいのは、染め物屋とずいぶんとまあ、親しそうだったじゃねえかよ。窓から観てたぜ」


 舟は返答を躊躇った。楽と山雨は黙っている。


「偶然通りかかったのですよ」


 沈黙の後に口を開くと、舟はいつもの囁き声で説明した。


「幼い頃に少しの間、交流があったのです。あの方はわたくしめの傘を覚えていらしたんですよ。たまたま暗殺者を追い払った時に、この傘をご覧になったのです」


 舟は卓に立てかけていた絵傘を示した。


「取引先のことはなんか聞いてねぇかい?」

「いえ、特には。武林大会があるから、武人に売れるんじゃないか、とは仰っておられましたが」

「武林大会?会場で売んのかね?」

「そこまでは残念ながら存じ上げません」


 白圓は顎を撫でた。


「しかしよ、そんじゃあなんだって飛花客桟に来てるんだ?武林大会が開かれるなあ、乗風城(せんふぉんせん)だろ?まるで反対の方向じゃあねえか」

「左様でございますね」


 舟はなよなよっと目を伏せた。両手は指を揃えて膝に乗せている。


「ニ師弟、染め物屋さんに聞いてみたら?」


 楽はこともなげに言い放った。


「けっ、小子、何言ってやがる」

「何って、それが一番良いでしょ」


 顔を顰める白圓に、楽は平然と答えた。舟も心なしか眉を寄せていた。


「どう?ニ師弟」

「大師兄、それはいささか不躾と申すものではございませんでしょうか?幼馴染とは申しましても、もう十年近く離れておりまするゆえ。あまり立ち入ったことをお尋ねするのは、やはり、なんと申しましょうか、少し、その、礼儀知らずな行いかと存じます。まして、銀銀は若い女性なのですから、あまりこちらからあれこれ質問するのは、少々不都合がございましょう?」


 舟は抵抗した。明山雨は、舟の言うことは尤もだと思った。


「そうかなあ?」


 そう言うと、楽は立ち上がって戸口に向かった。


「えっ、どこ行くんだ、小子」

「おおかた染め物屋さんを探しにいらっしゃるのでしょう」

「はっ?おい、ひょろいの。止めなくていいのかよ?」


 舟はとても悲しそうに首を振った。


「わたくしめに、大師兄が止められるとでも仰るのですか?」


 その深い深い悲しみの波動に、白圓はたじろいだ。


「う、けっ、お、むむむ」



 楽と舟については好きにさせておくしかないと判ると、白圓は明山雨に話の矛先を向けた。


「でかいの。おめぇさんはいつから荷車に着いて来たんだよ?」


 明山雨は、むしろ白圓がいつから山雨に気がついていたのかを知りたかった。だが、それを口にするほど気を緩めてはいなかった。


「けっ、だんまりかよ」


 白圓は荒々しく水椀を傾けた。まるで酒でも煽るかのような勢いである。


「まったく、魚龍書院(ゆうろんしゅーゆん)の連中ってなあ、どいつもこいつもヘソ曲がりで()くねぇや」


 明山雨は、院長、楽、舟を次々に思い浮かべた。当然、自分は含めない。白圓は明山雨も門下生に数えているのだが、明山雨はそんなことは認めなかった。


 確かに、魚龍書院のメンバーは、みな一癖も二癖もある人間だ。ただ、桃だけは違うと思った。山雨にとって、桃は真っ直ぐで気持ちのいい奴なのだ。面倒見もよく、武功高強で、おまけに美人だ。


「ん?なんだ?でかいの。ニヤニヤしやがって」


 明山雨が桃を思い出して思わず目尻を下げていると、白圓が見咎めた。舟はククッと含み笑いをした。


「なんでもないよ」


 明山雨はぶすっとして答えた。



大家好だいがあほう

みなさんこんにちは


文中の詩句は、

辛弃疾 西江月 夜行黄沙道中より


中華時代劇でよく見かける天蓋付きの中華寝台は、清代のものらしいです。それより前のものには天蓋がない

天蓋付きは、西洋同様に貴人の使う高級品だったようです

宋代の古詩では、荒屋に住んで縄の寝床に眠るという描写があります

時代劇では、荒屋でも木賃宿でもカーテン付きの寝台がありますけどね


広東語、広東話

語系

漢藏語系シナ・チベット語系

漢語族シナ語族

粵語 えつ語

廣府片 広府片

廣州話 広州話

香港粵語 いわゆる広東語


北京語よりも古代中国語にちかく、古詩において詩人の意図した押韻は、広東語に近いと言われている

尚且つ、外来語を多く取り入れている

カタカナで殆どの外来語を取り入れてしまう現代日本語と同じような感覚

言葉としては全く違うけど、言語に関する感受性は日本人と香港人とは似てる


広東語、方言というよりほぼ別言語ですよね

というより別文明レベル

ただし筆者は古装と武侠しか観ないので、虚構古代についてのみの話です

現代現実文明については全く知りません


例えば、中国製武侠喜劇で必ず見かける風景で

丁寧すぎる親しい人に対する偉い人の言葉

深々とお辞儀している腕をとって起こす時


不必多礼

不用客気

別客気

不用、不用

別、別、別


香港武侠喜劇には、そもそもこの場面がない

正式な場所で皇帝が平身、免礼というくらいしか見かけない

これに関しては発音が違うだけで単語は一緒


辞書によれば

唔使客氣喎

が近そうだが、香港製武侠喜劇では、そもそも親しい客は偉い人に客気しないので、こういう場面が発現しない

挨拶とかなしでワラワラ入ってきて、バタバタ出ていく仕様

貴族も物乞も関係なく、みんな無軌道、全員荒唐



後書き武侠喜劇データ集

観られる環境で配信されたら必ず観るべし!


富貴列車

冒険活劇 上海エクスプレス

The Millionaires' Express

1986

喜劇

主人公が武で俠なのでおけ

監督 洪金寶

程放天 洪金寶

町への恩返しのために豪華列車を爆弾で強制停止しようと頑張る

元彪 曹卓堅

端役でも脇役でもないユンピョウ

目にも鮮やかな動きの数々を披露しています


日本忍者 黃正利

日本忍者 倉田保昭

日本忍者 大島由加利


全部掲載したくなるほどの物凄いメンツで全編全部全員絶技

勿論、面白アクションあり

奇天烈絶技は残念ながら少ないが、笑える動きは山ほどある

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