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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第三十六話 明山雨と青雨竹馬

 白い二人は、荷車の前後で話を続けていた。雲風舟(わんふぉんざう)は囁くような声である。葉銀花(いっにゃんふぁ)も小声だ。それで支障なく言葉を交わしているのである。明山雨(みんさんゆう)は山野で生き延びる為に耳が鍛えられていたので、少し離れた木陰から二人の会話を聞き取る事ができた。舟は武人なので耳がよく、また、楽と同じ技術で自分の声を相手の耳に届ける事が出来るのだろう。


 舟と山雨の例を踏まえて考えると、銀銀も何らかの技術を身につけていると予想できた。彼女は音楽が得意である。師匠に着いて琴を習ったこともあるのだ。耳は普通の人より良いだろう。琴師は歌う場合もある。声を響かせる技術も身につけているに違いない。


 彼女の移動速度は、軽功を使える人のレベルだ。もしかしたら、師匠はただの琴師ではないかもしれない。そうなると、銀銀は音功の遣い手だという可能性も出て来る。武林大会の開催を知っていることから、武人との付き合いが深いことも窺える。



「昔、急にいなくなってしまったけど、何があったの?」

「旅先で母が病気になりまして、そのまま都には戻れなくなったのです」

「お手紙、くだされば良かったのに」

「当時はほんの子供でしたから、気が回らなかったのですよ。母が倒れて、悲しかったですし、不安でしたし、途方にくれておりましたから」


 舟も幼い頃に苦労をしたようだ。惨劇があった九年前には、舟はまだ魚龍書院に入門していなかったという話だ。魚龍渓谷に流れ着くまで、一体どんな暮らしをしていたのだろうか。


「師兄も苦労したのね」

「どうでしょうか。その時々をやり過ごしているうちに、今になってしまいましたから」


 舟の言葉を聞いて、山雨は何故舟のことを苦手だと思わないのか解った気がした。彼は辛気臭い人間ではあるが、どこか達観したところがあるのだ。怨みや慚愧の念は微塵も感じられない。それは若さ故でもあった。愁いは青春の感傷である。そこに老年の諦念が見えないことが、危うくもあり、また美しくもあるものだ。


 ただ、雲風舟に落ちる陰は、そうした青春の幻よりも幾分深く感じられた。山雨自身もまだ十六、七の少年なので、通って来た道は短い。命の危機に何度も見舞われ、後の禍いとなるような悪縁奇縁に付き纏われる人生だった。それでも、長年の信頼を覆すような手酷い裏切りや、長い年月をかけて構築された権力との対峙は未経験だ。それまで積み重なってきた年月故の停頓に見舞われるには、幸いなことにまだ若過ぎた。


 だから明山雨には、舟の纏う重さと軽さの不思議な均衡が、どこから来る物なのか分からなかった。



「湖に立つ漣は、晴れた日の光を反射してキラキラと美しく、眺めているだけでも明るい心持ちになるものです。湖に船を出して独り悠然と杯を傾けるのも、また一興。雨にけぶる山々を眺めつつ、小寒い波間に船を浮かべ、美酒を味わうのも格別な趣きがございます。煌めく青春も麗しく、雨に降られる青春もまた素晴らしいとは思いませんか?」

「ふふふ、江水師兄らしいわ」


 銀銀が舟を振り返り、帷の隙間から二人は控えめに微笑み交わした。


水光(すいこん)潋滟(りんいん)晴方好(ちんふぉんほう) 山色空濛(さんしっくふんむん)雨亦奇(ゆういっくけい)


 銀銀がまた前を向くと、舟は囁き声で歌う。労働歌にしてはしっとりと上品な歌であった。言葉も日常語ではないので、明山雨には理解出来なかった。


「山色空濛雨亦奇」


 銀銀がそっと繰り返した。山雨のいる位置から、頬を伝う涙が見えた。小柄で細身の銀銀である。見た目からは、武林に特殊な布を売り込むような逞しさが想像出来ない。富裕な高級織物店のお嬢様だった銀銀が、天涯孤独となって生き延びる苦労は並大抵ではないだろう。気弱なばかりでは、この年まで命を長らえることが難しかったに違いない。



 明山雨は二人の後につかず離れず歩いて行き、梨花城を再び通り過ぎる。銀銀の実家が没落したのは、皇帝と関係がない事故によるものだ。舟は人相書きの話をしていない。何故銀銀が町に入らないのか不思議である。それに、武林大会で商品を売るならば、通る道筋も不審だった。飛花客桟は逆方向なのだ。


「ありがとう、助かったわ」


 飛花客桟に到着すると、銀銀は荷車を前庭に停めて汗を拭いた。


「いいえ、このくらい、何でもありませんよ」


 明山雨は、何となく着いてきてしまった。特に咎められもせず、また話しかけられることもなく、荷車から少し離れたところから眺めていた。山雨は、銀銀が荷物をどうするのだろうと思って見ていたのだ。


「荷物を部屋までお運び致しましょう」

「えっ、そこまでして貰うのは悪いわ。客桟の方に頼むわよ」

「わたくしめがお手伝い致しました方が、早く運び込めますよ」

「そう……?」


 銀銀はもじもじと躊躇っていた。切れ長の目を舟は儚げに伏せて、幼馴染の答えを待っている。


「それじゃ、お願いしようかしら?」


 しばらく後、尚も遠慮がちに銀銀は舟の申し出を受けた。


「では、運びましょう」


 舟は囁き声でそう言って、積荷を全て持ち上げた。


「えっ」


 銀銀が驚きに息を呑んだ。布目の粗い麻袋に詰めた商品は、全部で十五個ほどあったのだ。三段積みになった荷物の山を、舟は軽々と浮き上がらせていた。見た限り、陣法を使っている気配はない。内功の技なのだろう。そのままスタスタと飛花客桟の玄関口を潜る。


「あっ、待って」


 か細い声で呼びかけながら、銀銀は小走りについて行く。舟は長身なので脚も長く歩幅が広い。本人にそのつもりはなくても、小柄な銀銀は置いて行かれてしまうのだ。書院の仲間は技量が知れていて、集団で移動する時には同じ速度を保つことが出来る。だが、およそ十年ぶりに再会した青梅竹馬(おさななじみ)の相手だと、そうはいかないようだった。さほど歩幅が変わらなかった子供の頃の感覚で、さっさと歩き出してしまったのである。



 明山雨が二人の背中を見送っていると、すれ違いで楽が出てきた。ずいぶんと頻繁に来ているようだ。


雲風舟(わんふぉんざう)師弟(しーだい)は、ああ見えて人付き合いを良くしてるんだよ」

楽兄(ろうさん)

明弟(みんくん)。あの人もしかして、河原で鵲菫の変異種を摘んでたっていう人?」


 楽は白い帷帽姿に目を留めたのだ。


「うん、たぶんそうだよ」

「やっぱり?荷物から変異種の染料特有の匂いがしてるからね」

「武林大会に行くんだって」


 適切な忠告を受けたり、薬を貰ったりするうちに、明山雨は楽への警戒を解いていた。薬については、やや怪しくはある。書院で傷や毒の手当てが行われる場面に出会ったことはない。常用薬なのか、新薬なのか、明山雨には判別出来なかった。


「へえ?」



 鵲菫(じゃっがん)の変異種は、雲風楽(わんふぉんろう)の暗器である雲魚龍帯(わんゆうろんだい)にも使われていた。楽は草花に関する造詣が深い。髪帯も自分で染めたのだろう。楽だからこそ知っている、と考えられなくはない。しかし、鵲菫の変異種は、神鵲京(さんじゃっけん)付近で普通に採れる草なのだ。都の染物屋が気がついて、武人に紹介する機会もありそうだ。


 そうなると、銀銀は嘘をついているという疑惑が湧いてくる。明山雨には、武林で本当に知られていないのかどうか判断できない。舟なら、そのあたりの事情を知っているだろう。白い二人が交わす会話の様子からは、探り合いの雰囲気が感じられなかった。少なくとも武人に知れ渡っている染料ではなさそうである。


「新商品だって言ってたよ」

「ふうん、新商品ねぇ?」

「武林の人は、今までも変異種の布を使ってたの?」


 明山雨は好奇心に駆られて聞いてみた。


「使ってる人もいるにはいるね。僕も使ってるでしょ」


 楽は茶色い髪帯の端を摘んでみせながら、曖昧な返事をした。


「新商品の荷物からした匂いと違うよね?」


 楽がひらひらと振った雲魚龍帯からは、一般的な茶色い布の匂いしかしてこなかった。鼻先でひらひらやられなければ、意識に留まらないくらい微かな匂いである。一方の荷物は、大量に積んであったためか、薬のような匂いがまだ前庭に残っていた。


「こういうの使う人は、分からないようにするもんなんだよ」

「それじゃ、あの人の布は、売れないね」

「どうだろ?値段次第かな」

「布を扱うお店の人だったみたいだから、値段は上手につけそうだよ」

「へえ?商人の子か」


 楽はフフッと笑った。


「楽も武人には見えないけど、あの人も商人には見えないね。ああいう人たちは、侮ると痛い目にあうから気をつけるんだよ?明弟(みんだい)




大家好だいがあほう

みなさんこんにちは


作中詩句は、苏轼 1037年—1101年 飲湖上初晴后雨 より

この古詩は、中国の小学生が学ぶべき古詩七十首のうちの一首に選ばれています


この人の一歳歳上の姉苏八娘も才人だったが、従兄と結婚して二年で虐待死。親族の手記が残っていて、本当に酷い。創作物で幸福な結婚生活を送ったとされるのは、人々が史実の悲惨さを憐れんだからだという見方がある。



中国の時代劇で、狂言回し的な人物が幕切れ付近で主人公にかける言葉に、「放下吧」手放せ、と「走啊」行きなさい、があります

とくに輪廻転生ものの終着点によく聞かれます

魂まで消えてしまう、魂になって旅立ってしまう、別世界へ行ってしまう、行方不明になる、等々

カップルで遺された方の絶望感は筆舌に尽くしがたい

不憫萌えの最も不健全な発現です


このケースを好むのは、現在どちらかというと女性

このジャンルでは、昔は待つ女モチーフが一般的でしたが、現在では探し続ける男モチーフが人気です

男はじっとしてない


強い女主人公だと探し回り捕まえますが、これは別ジャンル

固定CPが虐恋乗り越えて共に悪を撃つ物語は、中国チャンバラには非常に少ない


墓を守る男モチーフも人気

好好活着。幸せになってね。

不要ー!やめろー!

墓守は何故か女性版を見かけない


女性は解脱してしまい、男性はむしろ手離せない

走啊や不要の名作は色々あるけど、近年の作品では「一傘烟霧」、「古相思曲」、「二十四剣」などが、悲しいけれど炎上しない、どこか爽やかな後味を残す作品だと思います

人は涙を流すと心が健康になるらしい

もちろん、泣かせる為だけの惨殺殲滅展開だと不快ですが

ただ、墓守系の男主が失う天命情侶は、第一子を妊娠中である場合が多いのが難点


後書き武侠喜劇データ集


滚出来,凶手

邦題なし

come out, murderer!

2017

喜劇 古装 嫌疑 探案

主人公グループが武で侠なのでおけ

監督 沈火新

段嵐 孙一明

北宋の時代、訴師の名家に生まれた天才

でもアバラ屋に客の来ない事務所を構えている変人

訴師とは訴状の代筆人ですが、唐代に活動制限をされる迄は、正確な業務範囲が謎に包まれている不思議な職業

事件の最後に段嵐が訴状を書くシーンがあり、宋代なので禁止事項を破ると最悪死罪、という部分も劇中に織り込まれています


欧阳飛雪 艾佳妮

大理寺から派遣された覆面監察官

武功高強なヒロイン

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