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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第二十九話 端午

 衛梨月(わいれいゆー)から逃げ出した明山雨(みんさんゆう)は、食べ物屋台を覗いて歩いた。蒸したての饅頭、熱々の麺、見事な飴細工、種類豊富な干果物、色に形に香に音に、全てに心惹かれる食べ物たち。どれもこれも美味しそうだ。それなのに、山雨には何故か物足りなく感じられた。


 魚龍書院で食事に参加したのは、ほんの数回である。しかし、温かく香りの良い食事は、明山雨の心に強い印象を残していた。そこには料理が充分にあるだけではなく、ともに食卓を囲む人たちがいた。毒を盛られる危険は、出来ることなら避けたかったが。



「んんっ?」


 手にした流木に引っ張られて、突然明山雨の身体が宙に浮く。桃が流木の先端を掴んで、明山雨ごと持ち上げたのだ。


「阿桃、せめて声かけてからにしてよ」


 摸魚功(もうゆうこん)で運ばれながら、明山雨は文句を言った。


「書院の関係者は似顔絵が出回ってた。雨雨(ゆうゆう)も手配された、って武林盟主から聞いたよ」


 神鵲京(さんじゃっけん)郊外の川辺で立ち止まると、桃が状況の説明を始めた。



 通行証を求めて武林盟主に会いに行った時のことである。盟主は挨拶もそこそこに、真新しい人相書きを五枚広げたのだそうだ。手配書の罪状には、叛逆者への加担と暴力行為により民心に不安をもたらした、と書かれていたという。


小丫頭(こむすめ)!これを見ろ。今頃になって本朝が残党狩を始めるなんて、一体誰が何をやらかしたんだ?」


 桃には思い当たる節があった。


「山賊相手に陣法を使ったことがあるっす」

「最近か?」

「ここ数日のこってすね」

「それだろうな」

「そすかね」


 桃は苦笑いをした。武林盟主は若者の無鉄砲にため息をついた。


「あんまり派手な動きをして本朝を刺激しないほうがいいぞ」

「けど、こっちは人助けをしたんすよ?犯罪者はあっちすよね?手配するとか酷くねっすか?」

「理屈ではそうなるがな。書院の立場をよく考えてみなければならんぞ」



 魚龍書院は朝敵とされているが、現在の書院関係者は犯罪者とは言えない。書院は自衛のために防犯施設としての陣で敷地を囲んでいる。それは朝廷への挑戦ではない。単なる防犯行為だ。そもそも書院は、鵲国の所属ではないのだ。土地も建物も所属するメンバーも、完全に書院だけに属している。鵲国が建国した時に、書院の土地が中洲島のようになってしまっただけである。


 厄介なことに、魚龍渓谷の山向こうは中原地域である。鵲国の東部に当たる地域と中原勢力との睨み合いは、古代より続いていた。実のところ、豊かな魚龍渓谷の覇権を争っていたのである。勝手に争われていたその土地は、二千年近くの長きに渡り、公輸(こんしゅー)の一族が隠遁生活を送る私有地だった。そこに隠された秘術や宝具もまた、太古の昔から狙われてきたのだ。



 書院は国家ではないが、鵲国から見れば警戒すべき国外の武装勢力である。国外ということは、禁軍が攻め込めば、それは越境行為なのだ。本来なら反撃されても文句は言えない。朝廷勢力に抵抗したからと言って、叛逆罪に問うことも出来ない筈なのだ。鵲国からの要求を書院が拒否することは、単に主権者同士の衝突である。


 一般国民がそう言った複雑な事情を理解していないのは仕方がない。だが、宮廷勢力までがあたかも国内の叛逆組織であるかのように手配書を発行するのは頂けない。


雨雨(ゆうゆう)もあの場にいたから、手配されたみたいだ。どうやって名前まで知ったのかは解らないけど。大師兄が心配してた通りになっちゃったな」


 桃は説明を終えてしょんぼりと顔を曇らせた。


「ごめんな。巻き込んじまって」

「あー」


 山雨は空を見上げた。片手には杖がわりの流木を持っている。澄み渡る空に、燕がくるくると身を翻していた。明山雨は視線を戻し、桃ににこりと笑いかけた。


「いいよ」


 それより他には何も言わなかった。それだけで桃には伝わった。二人は微笑み交わしながら、しばらくの間じっと川風に吹かれていた。



 もうすぐ端午祭である。散仙が謝照児(せーじういー)と約束して実現されなかった、婚姻前最後のデートも端午祭であった。魚龍川は山を下り、都を横断する燕辰江(いんさんこん)の遥か下流へと合流する。二つの川が落ち合う場所で、五月端午の日に川船競走が行われるのだ。


 この競争はナイトレースである。五色に塗られた細長い船は、舳先に龍の頭を飾っている。舳先と艫の双方に提灯を提げての競争だ。これは、燕辰江下流域に点在する鏢局が、実力を競う大会でもあった。鏢局は運送業者であるが、護衛を引き受けることもある。川船競走は、水路での腕前を富貴な人々に売り込む絶好の機会だった。



 見物人は、川沿いの屋台で食べ物や雑貨、灯籠などを買い求めて楽しむ。屋台の中には、着飾ったお嬢さん方が集まる物もある。祭の宵にしか出店しない香袋の屋台だ。そこで売られる香袋には二種類あった。端午香囊と呼ばれるピラミッド型のものは、家族や友人と交換する。


 もう一つが娘たちの目当てだ。それは、空に上げる鳶凧の形をしていた。この宵に年頃の娘たちは、想いを告げたい殿方に凧を模った香袋を贈るのだ。遥かな古代に、公輸の若君に想いを寄せる娘が、当時開発中だった凧が成功するように、と願いを込めて贈ったのが始まりだそうだ。


 尤も桃はそんな風習を知らなかった。両親が生きていた頃も、人里に下りたことがなかったのだ。明山雨も、燕辰江下流域に足を踏み入れてから日が浅い。伝説については全く知らなかった。



「これからどうする?」


 桃が山雨に尋ねた。二人で都の見物を楽しむことは出来なくなってしまった。都の中央には皇宮がある。皇族から命を狙われるようになったので、山雨は鵲国の都市に滞在することが難しい。「いつもの山歩き」は歩法である。眠っている間は目眩しが効かないのだ。こんな事態になる前に少しでも都の賑わいを体験できて良かった、と明山雨は思った。


「どうしようかなあ」


 目の前を時折川船が通る。貨物船もあれば、貴人が川遊びに使う高級な船もある。明山雨は、魚龍渓谷に足を踏み入れた最初の日、院長が乗っていたものを思い出した。竹を並べた筏のような舟だった。


「筏に乗ってみようかな」

「作るの?」


 近くに筏は見当たらない。桃は、山雨が何故そんなことを思いついたのか不思議に思った。


「うん。材料になりそうな物を探してみるよ」

「この辺にあるかなあ」


 桃は首を傾げる。


「なんなら、魚龍山の竹を使いなよ」

「えー」


 山雨は半眼になった。


「なんだよ。親切で言ってんのに」

「書院には入らないよ?」

「あはは、それは好きにしなよ」


 桃は笑った。


「それなら、竹を貰いに行こうかな」


 山雨も半眼をやめた。


「じゃ、行こうか」


 桃は流木に手をかける。いつもながら行動が速い。山雨も特に断る理由がないので、流木を両手で握った。


「うん」


 桃に連れられて摸魚功で移動することに、山雨はすっかり慣れていた。



 魚龍山の竹林へと戻る途中、二人は水を汲むために川へと降りた。丈の高い草が生い茂り、姿を隠してくれる場所を選ぶ。


「コソコソしなきゃいけないなんて、めんどくさいよな」


 密かな行動は、桃の性分に合わない。そんな桃を明山雨は愛しく思った。


「そうだねえ。阿桃は隠れるの苦手そうだよね」

「苦手!苦手だし、嫌いだよ」

「あはは」

「笑わなくてもいいだろ」


 二人が戯れあいながら休憩していると、背後でガサガサという音がした。二人は身を屈めて息を潜める。現れたのは、白い帷帽(いぼう)を被った人物だ。帷帽は、高貴な女性が外出時に着用する。帽子付き面紗のようなものだ。三角の笠に細長い薄絹をぐるりと垂らしてある。


 風が吹くとひらりひらりと薄絹が揺れる。短冊状の薄絹に隙間が出来て、被っている人の姿がちらりと見えた。ほっそりとした小柄な女性である。二人が草の陰から覗いていると、水辺に生える草の葉を集め始めた。


「染め物に使う草だね」


 桃が囁きながら眉を寄せている。何か納得がいかないという顔だ。明山雨も囁き返す。


「どうしたの?何か変?」

「ああいう格好の女の人は、ひとりで行動しないって師父から教わった」

「確かにそうだね。身分の高い人はひとりでこんな所に来ない」

「何者なんだろ」


 二人はまた黙って観察していた。帷帽の人物は、せっせと一種類の草を集めている。


「あの草は、普通の染め物に使うの?」

「それを今考えてんだ。他に使い道があったような気がするんだよ」



大家好だいがあほう

みなさんこんにちは

凧は魯班発明品のひとつとされますが、伝説は架空のものです

現実の端午香囊は三角錐

古代には艾を入れたとか

ボートレースの内容も架空です


Yみたいな漢字は日本語にもある文字で、漢検一級

時代劇では小丫頭、臭丫頭、など愛情を込めた悪口でよく出てくる

爺ちゃんがお転婆娘に言ったり、ラブコメで冷面将軍が野蛮女主に言ったりしますね

元々は頭の両脇にツノみたいな三角お団子を作る童女の髪型を指す言葉だそうです。アーニャみたいなやつ。日本語で揚げ巻きと呼ぶそうですが、日本にはなかった髪型。


後書き武侠喜劇データ集

笑太極

ドラゴン酔太極拳

Drunken Tai-Chi、Xiao tai ji

1984

喜劇 動作

復讐、修行、親子や師弟の恩義、と武侠テンプレを綺麗に展開

恩怨の果てが明るいのが袁和平喜劇の持ち味

ひとつひとつの動作ネタを丁寧に組み立ててある

筆を使った闇闘技場とか、人形劇とか、奇天烈お笑いアクションを好功夫な絶技で展開

シリアスシーンにも笑いが溶け込んでいて、喜劇が主であることを忘れさせない



監督 武術指導 脚本 袁和平

陈村总 甄子丹 ドニー・イェン

役者としてはこれがデビュー作

それ以前に替身はやってる

師父との推手シーンが美しい上に笑える

やはり発想力や魅せる演出に加えて超技術がないと功夫喜劇はできない


陈梅 袁祥仁

師父 瓢箪標準装備


肥婆 沈殿霞

師父の妻 布団屋 高手


大哥 袁日初

主人公の兄 序盤でいつもの面白絶技を見せる


哑巴杀手铁无情 袁信义

殺し屋 孤児院にいる甥を可愛がっている

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